迷宮へ(3-2)

迷宮の中に転移した瞬間、空気が一変するのを感じた。施設の清潔で整然とした空気から、湿った土の匂いと薄暗い光が広がる迷宮内へと、まるで別の世界に来たような感覚だ。周囲には不安定に揺れるランタンの光がわずかに照らす、石造りの壁と床が続いている。


足元には湿った苔が生えており、迷宮らしい独特の陰鬱さが漂っているが、心の中ではなんとなく興奮が押さえきれない。こんな場所に入るのは初めてだが、どこかワクワクする気持ちが湧き上がってきていた。


「ここが迷宮か…」


思わず呟いたその言葉に、隣で無言のまま歩いていたセナが、ちらりと視線を向けてきた。


「マティアス、ちゃんと気をつけてね。ここは危険だから…」


セナは普段のおちゃめな態度から一転、真剣な顔をして僕に告げる。その言葉に少し驚きながらも、セナの目がどこか不安そうだったことに気づく。彼女はCランクの冒険者として、かなりの経験を持っているはずだが、それでもやはりこの迷宮には何かしらの恐ろしいものが潜んでいるということを理解しているようだ。


「大丈夫だよ。僕だってFランクでも一応は冒険者だから」


少し自信を持って答える。とはいえ、実際のところは未知の領域ばかりで、どこに何が待ち受けているのかさっぱりわからないのが正直なところだ。だからこそ慎重に、無駄に突っ込んだりせず、確実に前進しようと思った。


「うん、気をつけてね。私も一緒にいるから、何かあったら言って」


セナの声が少し柔らかくなり、少しだけ安心感が増す。彼女がいるからには、多少は心強いと思える部分もある。


僕たちはしばらく黙々と歩き続ける。迷宮の中は静かで、時折どこかで水が滴る音がするだけだ。足音だけが響く静寂の中、進みながらも警戒心を解かないようにしていた。


そして、少し進んだところで、突然、前方からカサカサと何かが動く音が聞こえた。


「…何かいる」


セナが耳を澄ませながら言う。僕もその音に気づいて足を止める。


その時、洞窟の奥からひときわ大きな音が響いたと思うと、突然、視界の端に暗い影が動くのが見えた。すぐにそれが人のような姿に見えたため、驚いて一歩後退する。


「えっ!? あれって…」


セナも目を見開きながら、警戒した表情を浮かべる。僕の視線がその影を追っていくと、徐々にそれが姿を現した。


それは、身の丈ほどの巨大なクモだった。暗い中で光る目がこちらをじっと見つめている。


「うわっ、まじかよ…」


僕は驚きながらも、すぐに背中にある弓に手をかける。セナも身構えているようだが、少し冷静さを保っている。


「い、いけるよね? マティアス」


セナの目が僕を見つめる。彼女の目に少しだけ不安が浮かんでいることを感じ取ったが、それでも僕は前に進まなくてはならない。


「大丈夫、やるしかない」


僕は心の中で決意を固め、弓を手に取る。


「行くよ、セナ!」


言うと同時に、クモがこちらに向かって素早く跳びかかってきた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生エルフ、世界最強を目指す。 鏡つかさ @KagamiTsukasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ