ケダモノ食堂

犬屋小烏本部

暇人、友人を飯に誘う

俺たちの住んでる町の、隅の隅の、すみーの方。端っこの端のそのまた端。普段ならだぁれも行かないような所にさ。

すんげぇ美味い料理が出てくる屋台があるんだよ。


知ってるー。


行ったことあるー。


うますぎ。


そうそう、そこだ。

しかも、とんでもなく安い。

多分ちゃんとした営業してる店じゃないんだろな。でも、そんなの気にしないくらい美味い。

地元民なら聞いたことくらいあるだろ?


山の麓にある謎の屋台。


営業は不定期。


美味いし安い。


でも、いつやってるかはわかんない。


そう、そこだ。

看板もないから、俺たちはそこをこう呼んでる。


ケダモノ食堂!


ケモノではなく!


ケダモノ! 食堂!


屋台だが!


みんな大好き! ケダモノ食堂!


…あ、腹へってきた。


落ち着け落ち着け。

よぉし、落ち着いたな?

そこはほんとに穴場で、行ったとしても知り合いになんて会わないだろうって所だ。

なんてったって、町のすみーの方にあるからな。行ってもやってないことだってあるから、特別な時じゃなきゃ行かねぇわ。


何回か行き損したー。


ちょっと遠いよねー。


バスもないしー。


でも美味いんだよなぁ。


それそれ。


安いし、大満足!


また行きたいって思う。


リピーター続出なりー。


そんな食堂、いや屋台か? 次も行きたいって思うんで、俺は特別な時はそこを利用するんだ。

まあ、行ってやってなかったらそういう運命だったんだなって諦めるんだけど。

俺の特別な時っていうのは、友人、それも町の外、要は余所者とこの町で会う時。


彼女はー?


彼氏はー?


深く聞くなよなー。

もちろん含まれるに決まってんだろー。友人ってのは深い仲…

おいやめろ。ニヤニヤすんな。

親密な! もっとそいつのことを知りたい! 自分のこと知ってもらいたいって奴のこと!

肉体関係想像すんな!


デートだぜー、あなた。


デートよねー、おまえ。


変な想像やめろ!

つまりだ。

わざわざ遠いとこからこんな田舎にやって来て、しかもその田舎の端っこにあるよくわからん屋台で一緒に飯食おうって奴だぞ?

どんだけ暇人だよ。


ぼっちー。


暇人の極みー。


俺なんかに付き合ってくれるそんな暇人はさ。ちゃぁんと俺のこと理解してくれんの。理解しようとしてくれんの。

だから俺の方からも理解してやりたいって思うわけよ。

一回さ。それまでで一番だってくらいの親友を誘ったことがあるんだよな。喧嘩してて。でもそいつもうすぐ引っ越しちまうって時で。今仲直りしないと次はないって思ったんだ。後悔だけはしたくない。

お前らだってそうだろ?

喧嘩別れなんて真っ平ごめんだ。

だから、最後の試しでメールしたんだよ。ここに来てみろ。美味い飯が食えるぞ。ってな。

そいつもわかってたんだろな。

ちゃぁんと来てくれたよ。


ええ話や。


はい終了ー。


解散かいさーん。


おい待て、まだ続くぞ。


はい集合ー。


喧嘩してたんだよ、俺らは。それなのに飯誘ったくらいではい仲直りー。んなわけねぇだろ。

その日はちゃんと屋台も出てた。

あの屋台ってさ、注文の仕方が変だろ?

メニューはなくて、店員がこう聞いてくる。


『キツネですか?』


『タヌキですか?』


にっこり笑って、それだけ聞いてくる。俺はタヌキを選ぶ。タヌキ好きだからな。で、あいつはキツネを選ぶ。キツネ好きだからな。

喧嘩の原因は些細なもんなんだよ。俺はあいつの好きなキツネが嫌い。あいつは俺の好きなタヌキが嫌い。

ほーんと、くっだらない些細なこと。

最後の最後に、好き嫌いで大喧嘩なんてさ。

バカだったよ。

椅子に座って俺が注文したのはタヌキ。あいつはキツネ。何にも言えないし、顔も見れないし、もちろん挨拶もなし。最低な客だっただろうさ。不貞腐れた顔でやって来て、椅子に音を立ててどっかり座る。あげくの果てには机に肘をついたまま無言。

そんな俺たちの前に出てきたのはうどんとそば。


もちろんタヌキうどんとキツネそばだろ?


逆だってば。


真っ赤な赤いキツネうどんと。


は?


赤い?


一面緑色の緑のタヌキそば。


は?


緑?


ちょ、何が乗って。


その日は夏だった。最高気温を更新した炎天下の真夏だった。なのに、出てきたのは熱ーいうどんとそば。更に、キツネうどんには赤い唐辛子がたっぷり。それとちょこんと乗った小さなお揚げ。

タヌキそばには青唐辛子がこれまたたっぷり。それと気持ち程度に乗った揚げ玉。

下を向いていた顔を上げたら、そこには笑顔で店員が立っていた。笑ってなかった。


それ、めちゃくちゃ怒ってんじゃん。


マナー最低じゃあ仕方無し。


うはぁ。


俺たちが悪かったからさ、ちゃんと食った。激辛だった。

二人して泣きながら謝ってさ。泣きながら屋台ののれんを潜って、目が合ったんだ。顔を真っ赤にして鼻水まで出てる。バカな顔だよ。俺もそうだっただろうな。そんだけ辛かったから。

あいつも俺の顔見て、多分おんなじこと思ったんだろうよ。


破廉恥?


真っ赤なほっぺでちゅね?


ちげぇわ。

もっと単純。俺たち、なにバカなことで喧嘩してたんだろって。

タヌキだキツネだ言っても、化かされてみりゃ大して変わんねぇよ。あいつら、俺たちからかって笑ってやがる。


『ケーンケーン』


『ワンワン』


だから俺たちも笑って、全部水に流したんだ。

また来いよ。

また来るよ。

また、会おう。

そう言って、手を握ったんだ。


『ケーン』


『ワオーン』


その後、俺はその屋台に二回行った。

一回目は秋に。注文したのは、キツネ。あいつが好きだったキツネだ。

聞いてくれよ。あそこのキツネうどんってさ、本当は紅葉の形に飾り切りされたニンジンや赤いオクラ、赤い大根が添えてあるんだ。それにふんわり膨らんだお揚げが乗ってる。

二回目は春に。注文したのは、タヌキ。俺が今でも好きなタヌキだ。

タヌキそばはさ、山菜と葉野菜が山ほど乗ってて緑の山になってんの。蕾が開きそうな花野菜がかき揚げにされててちょこんと乗ってる。

どっちもすんげぇ美味い!


『ケンケン!』


『ワッフン!』


一年経った夏にさ、思ったんだ。

去年一緒にうどんとそばを食べたあいつに会いたいなって。

また、一緒に食べに行きたいなって。

今度はちゃんと美味いキツネうどんを食べさせてやるぞ。

そう思ったんだ。

よし! お前ら、食べに行くぞ!

あの屋台に行って冷やかしてやろうぜ!

今なら絶対やってる!


あたし赤いキツネー。


俺もー。


僕、緑のタヌキがいいなー。


私もタヌキー。







また、笑って隣で食おうな。

そう伝えられなかったあいつを思いながら、俺は件の屋台に向かった。

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