(仮)

上場企業への研修依頼(仮)

※1 法曹ほうそう 本文での意は、裁判官、検察官、弁護士、3職の総称


映像事業の話は、時系列の関係で、この研修の話か終わった後に、またアップします。


宅建に合格した話を書いてなかったかも。受かっています。いずれ追記します。


***


【大学2年2月】


 12月初旬に、俺は上場企業である、食品メーカーA社の社長宛に手紙を書いた。社長名は、会社のホームページで確認した。



○○株式会社 御中

代表取締役社長

○○○○様


拝啓


 冬晴れが心地よい師走の候、貴社におかれましては益々ご発展のこととお喜び申し上げます。


 突然、このような手紙をお送りした非礼をまずはお詫びします。


 私は、T大学文科1類2年の○○○○おれと申します。今年の9月に司法試験に合格し、大学卒業後は司法修習生となり、将来は裁判官になりたいと思っております。


 世の中では、裁判官は世間知らずだとよく言われます。私もこのまま大学を卒業し、法曹(※1)の道に進めば、世間の事をよく知らずに職にくことになると思います。


 そこで、大変、図々ずうずうしいとは思いましたが、貴社にお願いがあり、このようなお手紙を差し上げました。


 私は、2月から春休みになりますので、春休み中に、私を貴社で研修させていただけないでしょうか。具体的には、お客様相談室で働かせて頂きたいと希望しています。


 私には企業の事はよくわかりません。ただ、お客様相談室で働けば、人間の本質について、何かつかめるのではないかと、素人しろうとながらに考えました。


 将来、貴社への就職を希望する訳でもない私が、このようなお願いをするのは、はなはだ、筋違いであると重々じゅうじゅう承知しております。


 ただ、将来、日本の司法制度を担う一人の若者の願いを、どうかかなえていただけないでしょうか。


 公平な判決を下せる裁判官になりたいと日々、勉強しておりますが、在学中に学べる事には限りがあり、今は、その事にとても悩んでおります。


 お忙しい中、大変、恐縮ではございますが、ご検討いただければ、幸いに思います。


 乱筆乱文お詫び申し上げます。


                                敬具


東京都文京区○○○○○○

T大学文科1類 2年

○○○○おれ


電話 000-0000-0000



 裁判官って・・・。弁護士はどこ行ったという気がするが、嘘も方便ほうべんである。手紙の書き方として、いろいろ問題があるかもしれないが、素人臭い方がいいと思ったので自分なりに書いた。文面を誰かにチェックしてもらっていない。


 俺は、法務省から取り寄せた司法試験合格証明書をコピーして、赤い「COPY」というスタンプを押して同封し、手紙を送付した。


 なぜ、このような事をしたかというと、大きな企業というのは、どんな感じの所なのか、体験してみたいと思ったからだ。俺自身、すでに小さな会社の社長ではあるが、世間知らずなのはいなめない。経験出来るなら、学生のうちに何でもやってみたいと思っている。


 1か月を過ぎても、返事が来なかったので、俺はダメだったかとあきめる事にした。今度は、夏休み前にB社へ手紙を送ろうと思った。


 ところが、A社の人事担当の人から電話がかかってきた。


「ウチの社長に手紙を送った、T大の○○おれさんですか?」


 なんか、電話の声が不機嫌そうだったので、これは、怒られるかなと覚悟した。


「はい、そうです」


「手紙の件ですが、上の許可が下りまして、春休みに、ウチで働いていただく事が可能です。ご都合はよろしいですか?」


「はい。こちらからお願いした事ですので、願ってもない事です」


「わかりました。ただ、研修をご希望との事でしたが、それだと、ウチの方でいろいろ問題があるので、アルバイトという形になりますがよろしいですか」


「はい。かえって申し訳ないです」


「それでは、一度、面接に来て頂きたいのですが、1月○日の午後○時は大丈夫ですか?」


「はい、その日時にうかがわせていただきます」


「その際に、履歴書りれきしょとマイナンバーカードをご持参下さい。ああ、後ですね、親御さんはいいとして、ご友人などに、ウチでアルバイトする事は伏せていただけますか。社長宛に手紙を送れば、アルバイト出来るというような噂が広まると、ウチへ就職を希望する学生さんが同じ事をされるかもしれません。今回の○○おれさんは、特例中の特例です。内緒でお願いしますね」


 ああ、不機嫌そうな理由は、これだったのか。


「はい、勿論もちろん、他人には言いません」


「お願いしますね。では、当日、お待ちしております」


 なんか、特例中の特例という言葉が引っかかったが、気にしない事にした。


***


 俺は今まで履歴書など、書いた事がなかった。在学中にアルバイトもした事がない。


 とりあえず、市販の履歴書を買ってきたら、写真が必要だとわかった。わざわざ、スーツに着替えて、証明写真の自動販売機で写真を撮ってきた。600円って高いと思う。


 履歴書の学歴は、小学校から書いた。何年に卒業したかを調べるのに、ネットがとても役に立つ。高校卒業後の下に(※ 1年間、英国○○に語学留学)と一行、入れた。


 資格は、自動車免許、宅建、司法試験予備試験、司法試験と書いたが、趣味、特技で悩んだ。正直に、競馬とは書けないので、英語に堪能、映画鑑賞と書いておいた。


 服装については、何も言われなかったので、紳士服チェーン店でビジネススーツを2着買った。2着だと安くなると言われたので思わず買った。


***


 本社は中央区にあり、ウチのビルとは、ちょっと離れていたのでよかった。


「アルバイトの面接で、人事課の○○さんと○時にお約束した○○おれと申します」


 受付で、何と言えばいいのか悩んだが、要件を言うと内線で対応してくれた。


「○○が参りますので、しばらくそちらでお待ちください」


 受付の女性は、皆、美人だった。さすがは上場企業だと妙な所に感心した。


○○おれさんですか?」


 しばらく待っていると、30代くらいの男性が、俺に声をかけてきた。声は、電話の人だった。


「はい。○○おれです。本日はよろしくお願いします」


「それじゃあ、移動しましょう」


 エレベーターに乗って、小さな打ち合わせ室のような部屋に案内された。俺は、事前に言われた書類を人事担当者に渡した。


「既に採用は決まっていますので、今日は面接というより打ち合わせです。具体的な仕事の内容は、後でお客様相談室の者が来るので、そこで聞いてください。勤務に関しては、教える方も仕事がありますので、週2回の出勤で、午前9時~午後5時、食事休憩が1時間で1日7時間勤務の契約になります。時給は東京都の最低賃金より少し高い1100円です。交通費は別に支給します」


 7時間勤務か。アルバイトが正社員と同じ勤務契約時間だと、いろいろ問題があるのだろう。


「わかりました。研修させて頂くのに、時給までいただけるのは申し訳ないです」


「今の時代、いろいろあるから、今回はアルバイトの方が都合がいいんですよ」


「そうですか。ちなみに交通費というのは、やはり定期を買わないとダメなんでしょうか」


「あー。そうだね。月に8回くらいしか来ないから、定期を買うまでもないか。時給に上乗せする形にしておきます。今日、ここに来るのに片道、幾らかかった?」


「○○○円です」


「それじゃあ、雇用契約書をすぐに作り直してくるから、ちょっとだけ待ってて」


 さすがに上場企業ともなると、雇用契約書を結ばずに、後から書かせるという事はしないんだな。


 しばらく待っていると、新たな雇用契約書を持って戻ってきた。


「交通費の欄は消して、時給を100円、上乗せしたから、これでいいかな」


「ありがとうございます」


 俺は、内容を確認したうえで、2枚ある雇用契約書ら署名捺印しょめいなついんした。人事担当者はチェックして、1枚を俺に渡してくれた。


「それと、スマホを持っていたら、このサイトにアクセスして、マイナンバーカードを登録してくれるかな。ウチが委託いたくしているデータ管理会社だから、変なサイトじゃないよ」


 人事担当者は、説明を書いた用紙をくれた。大きな会社だと、マイナンバーカードの番号管理も外部に委託するのか。


 説明書通りにそこにアクセスして、俺は、自分のマイナンバーカードの写真を撮って送った。


「出来たみたいですね。今日の私の用事は、これで終わりですが、最初の2日は、人事で社会人としての基本的な研修をします。次に来る時も、また、私を訪ねて来てください」


 担当者は、俺の研修予定表をくれた。こんなモノまで用意しているのか。


「はい。ありがとうございました」


「ちなみに、○○おれ君の研修は、社長直々の業務命令なので、何か困った事があったら、何でも聞いてください。こちらもあるので」


 あー。なんか申し訳ない。きっと、俺のせいでこの人の仕事が増えたんだろうな。いろいろあるというのは、俺への嫌味だろう。


「それじゃあ、相談室の人が来るまで、ここで待っていてください。打ち合わせが終われば、今日は、帰っていただいて結構です」


 俺は、無言で深々と頭を下げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

隼町へ向かう道 ハヤシチーズ @hayashicheese

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ