第2話   囚われの身



 ひんやりとした冷たい空気に、エリザベートはブルリと体を震わせ、目を覚ました。


 体中が痛いのは、高い場所から落ちた衝撃だと思った。


 足が痛むのは、狙撃されたのだと思った。


 オイルランプに照らされた、そこは鉄格子のある牢屋だと気付いた。


 逃げ出すためには、足の傷を治さなければならない。


 手探りで、傷の位置を確認する。


 ぬるりとぬめるのは出血だろう。かなりの血が流れているようだ。


 スカートがぐっしょり血で濡れている。


 銃で撃たれて、貫通して、それがリーネを傷つけたのだろう。傷は太股に三カ所あった。


 手に意識を集中させて、傷を治していく。


 本来は傷を視て、両手で治すのだけれど、暗闇の上に身動きが取れない。


 手探りで、動く右手だけで治療を始めた。


 血管を繋ぎ、筋肉や腱をくっつけるイメージで、ゆっくり治していく。


 体はできるだけ動かさないように気をつけて、まだ意識を失っているように慎重になる。


 ゆっくり足の傷を治すと、今度は肩が痛むことに気付いた。


 地面に接する側の肩が外れている。腕も折れている感じがする。


 ゆっくり仰向けになり、痛みを堪えながら、動く手を肩に触れる。


 骨を動かす処置は、以前の戦争中にした事があったが、治療をした戦士は、途中で痛みに意識を失ってしまった。その処置を自分の体にできるだろうかと、不安に思いながらも、外套を噛みしめながら、声が出ないように治療をしていく。


 脂汗が、全身に出て、また意識が飛びそうになる。


 動けるようにならなければ、逃げる事はできない。


 歯を食いしばり涙を流しながら、なんとか適正の位置に骨を動かすことができた。


 ここで、骨がずれないように、固定をすべきだが、固定をするための布や包帯はない。


 外套の下のカーディガンを脱いで固定をできたら、幾分楽になるだろうが、今、動いても大丈夫だろうか?


 全身痛は、時間が治すしかない。


 オイルランプがゆらゆら揺れているが、監視役はどうやら寝ているようだった。


 寝息といびきが聞こえる。


 治すなら、今しかないと思った。


 外套を脱いで、慎重にカーディガンを脱ぐと、肩を保護して折れた腕を固定した。それから、もう一度外套を身につけた。


 肩に手を置き、何度も『治癒』と繰り返す。


 徐々に肩の痛みが薄れてきた。


『浄化』


 全身にかいた脂汗がわずかに綺麗になった。


 怪我の影響で、魔力は確実に落ちている。


 リーネは死んでしまったのか?


 血にまみれて倒れていた神獣の姿を思い出すと、悲しくて心が痛む。


 国境地帯は危険だと言われていたのに、つい油断してしまった。


 肩に手を当て、続けて『治癒』と繰り返す。


 もし、腕を捻られたら、折れた腕の骨はずれて、まだ腕は肩から抜けてしまう。


 時間は、きっとあまりない。


 陽が昇れば、国王陛下がやってくるに違いない。


 また、爪を剥がされるのだろうか?


 あの痛みを我慢できるだろうか?


 いたぶるなら、いっそ殺して欲しい。


 バコーダ王国の国王陛下は自分に何を求めているのだろうか?


 怖い。


 プリムスと一緒に鉱山探しをしたかった。


 完成したイリス地区を見たかった。


 いろんな未練が脳裏を駆け巡る。


 痛みで朦朧とする意識をつなぎ止めるのは、難しそうだ。


 エリザベートは、目を閉じると意識を手放した。



 +++



「起きろ!」



 バシッと鞭の音が間近でして、エリザベートは目を開けた。



「国王陛下の御前だ。起き上がれ」


「恐れながら、国王陛下、体が痛くて動けません」


「どこが傷むのだ?」


「全身が痛みます」


「治癒魔法で治せばいいであろう?」


「治せる物と治せない物があります」


「その全身痛は、治せない物なのか?」


「はい、自然治癒でしか治せない物です」


「では、これはどうだ?」


「きゃっ」



 体を鞭で打たれて、全身が痺れたように痛む。


 エリザベートは、言葉を発する気力もなくし、目を閉じた。



「気を失ったか?」


「……」


「治せる物と治せない物があるのだな?」



 その答えには、答えなかった。


 気を失ったと思われているならば、その方がいいと思った。



「動けるようになったら、この土地を豊かにしろ」



 リーネやコルのいないエリザベートには、限界がある。



 +++



 コルはすぐにプリムスの元に飛んだ。



「エリが怪我をしたって?」


「リーネは一緒じゃなかったのか?」


「突然、一斉に銃で撃たれたのよ。リーネは怪我をして、そのまま落ちたわ」


「リーネに乗ったエリも撃たれたのか?」


「ええ、撃たれたわ。バコーダ王国の国王陛下に連れて行かれたわ」


「怪我の状態はわからないの?」


「分からない。リーネも血だらけで意識がなかったの」



 コルはポロポロと泣いている。


 シュタシス王宮まであと一日の所まで、やっとやって来た所だった。


 今から、イリス地区に戻るには騎士達も自分も疲れ切っていた。


 プリムスは目を閉じて、必死に考える。



「エリは生きている?」


「分からない」



 コルは混乱して、涙を流している。


 リーネの姿も現れない。


 リーネが生きていればエリザベートも無事に帰還できると思えるが、リーネの存在も分からない。


 プリムスは自分でできることを考える。



「ここから、精霊王様のところに向かおう」


「それがいいわ。私には分からないけれど、精霊王なら主の事もリーネの事も分かるわ」



 プリムスは馬に乗り、精霊王の湖に向かった。



「エルペス、騎士達を頼んだ」



 後を追いかけようとしたエルペスに、プリムスは自分の代わりに、疲れ果てた騎士団達を委ねた。


 エルペスは騎士団長の元に急ぐと、至急出発をすることを伝えた。


 緊急事態が起きた事も告げると、すぐに、出発の声が上がった。


 テントを張ろうとしていた騎士たちは、素早くテントを片付けた。


 先ずは無事に、皆をシュタシス王宮へ届けなければならない。




・・・・・・・・・・


新年明けましておめでとうございます。

綾月のお話を読んでいただきありがとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る