第7話   名も知らぬ貴族様へのお礼



 薬草と熊を四頭売って、お金をもらった。これで、やっと1リア(10フロン)くらいになった。


 洋服代と下着代、靴代は集まったと思う。正確な値段は分からないので、多めに集めた。


 それは、エリザベートの誠意だ。


 兄役はエルペスだ。やはり王子が直接商人の元に通うことは良くない事なので、エルペスに頼んだ。


 プリムスは不機嫌になったが、それでもエルペスにエリザベートの事を頼んでくれた。


 メテオーラー公爵の元には、プリムスが連れて行ってくれると約束した。


 瞬時にイリス宮殿に戻ると、プリムスは外で待っていてくれていた。



「ただいま」


「おかえり」


「目的の金額まで貯まったよ」


「それなら、いつ行こうか?」


「いつなら行けそう?」


「行こうと思えば、いつでも行けるよ」


「それなら明日はどう?もうすぐ、田畑も耕せるでしょう?」


「そうだね、来週までに田畑はできそうだよ」



 季節は進んで、もう秋だ。肌寒なってきて、もう長袖を着ている。


 叔母様が作ってくださった乗馬服は、なんだか仰々しくて、庶民のワンピースにドロワーズにブーツを履いている。シュタシス王宮にいるときは、シルクのワンピースに着替えて、叔母様には決して、出歩いている姿は見せていない。

 似合わないと言われた男装の洋服は、洋服屋に売りに行った。買った値段よりは安かったが、不要品はお金に替わった。



「明日は、きちんとした服を着てくるんだよ?」


「そうね、失礼になるわね」


「この姿も、もう見慣れたけれど、明日は聖女らしくした方がいいかもね」


「うん」



 畑を耕す作業を募集したら、女性も子供も老人も参加をするようになった。そのお陰で、河川ができたエリアは、順調に田畑に人が入るようになった。


 お金ももらえて、炊き出しもあると知って、家族総出で来ている家庭もある。そのお陰か王都の炊き出しの列は少なくなった。残っている民の殆どが田畑エリアに移動している。


 この先、生活するためにはお金が必要になってくる。僅かずつでも貯めなくてはと思えるようになったようだ。


 洋服を作れるお針子を募集したら、何人かが名乗り出てきた。


 元々あった洋服屋で雇って、庶民の服を作ってもらっている。材料は国王陛下に準備してもらい、田畑と同じ賃金で、男性の服も女性の服も子供の服も作ってもらっている。


 靴職人も数人いた。その者にも靴を作ってもらっている。


 材料は国王陛下に準備してもらった。賃金はやはり田畑と同じ金額で雇っている。



 大衆食堂を任せられる者を探したら、元貴族のお抱えシェフが数人名乗りを上げた。


 その者達に、炊き出しの代わりに食事を作ってもらう事にした。


 今は騎士団と混じって、食事を作ってもらっている。メイドだった者達は接客を頼んだ。やはり賃金は、田畑と同じ賃金で始めた。


 コルが先に耕し終わった畑を使って芋を植えた。それは急成長をして、収穫の時を待っている。


 これから来る冬を乗り切るために、必要な物を集めている。


 イリス地区の炊き出しに来ている人数は、約150人程しか残っておらずに寂れているが、生き残った者達は、生きる意欲を持っている。


 その夜にプリムスはシュタシス王宮に戻ってきていた。



「父上、話があります」


「話を聞こう」



 今夜はサロンではなく、国王の執務室にエリザベートも招かれた。



「河川工事も上手くいき、只今、田畑を耕しております。耕したら、エリザベートが豊潤の祈りを捧げてくれるそうです」


「それは、素晴らしい」



 国王陛下は、満足げに拍手している。



「父上、イリス地区に残った貴族は3貴族だけになっております。その3貴族は元の領民とも上手く生活を共にして、その家族は河川工事にも田畑を耕すのも参加しております。民を束ねる力があり、このまま平民にしておくのは惜しい存在です。3貴族には、爵位を与えてもいいかと思いますが、どうでしょうか?」


「プリムスが行ってきて、その目で見たことが正しい事だろう。プリムスの好きなようにするといい」


「いいのですか?」


「それで、こちらから送った貴族はどうだ?」


「屋敷の番をしているに過ぎません。民の監視役をお願いしておりますが、声をかけるわけでもなく、ただ立っているだけです。正直に言って、いなくてもよかったかもしれません。戻りたいと要望があった時は、帰るように言ってもらっても構いません」


「そんな役立たず者だったか」


「はい、目の上のたんこぶのような存在ですね。全くやりづらくなった物です」



 国王陛下は、今度は声を上げて笑った。



「笑い事ではありません。毎日、指揮を執っている僕は、毎日、疲弊しております」


「誰でもいいと言ったのは、プリムスであろう」


「その頃と、今では状況も変わっております。イリス地区は、その地区で自立できるように、今、動き始めております。騎士団は本格的な冬が来る前に、こちらに戻したいと考えております。国境地帯に警備の建物を作らなければなりませんが、材料はありますか?国境を守る為の騎士を新たに送っていただきたい」


「国境地帯の警備の建物は、まだ準備ができてはいない。国境は来年の春まで閉鎖しよう」


「それでも、監視する者を置かないのは心配ではありませんか?」


「では、ミミス王国の国境地帯にあった建物をエリザベート嬢に運んでもらうといい」


「エリザベートの力を頼るのですか?我が国の事ですよ?」



 プリムスは、テーブルにバシッと両手を突いた。



「エリザベートには、確かに神獣が付いていますが、その神獣はエリザベートを守る為にいるのです。我が国の為に使うためではありません」


「我が国を守る事がエリザベート嬢を守る事になる」



 国境を一瞬で作ってしまった神獣の力をあてにしているようだった。


 プリムスが懸念していたように、国王陛下はエリザベートの特別な力をあてにしている。


 誰でも、欲は出てきてしまうのだろう。


 一生懸命にエリザベートを守ろうとしているプリムスの気持ちも、エリザベートにはよく分かった。



『リーネ、力を貸してくれますか?』


『主の頼みならば』



 エリザベートは、腕の中にいる子猫を撫でた。



「わたしがお願いしてみます。でも、建物を移動させる事しかできません」


「それは助かる。騎士は、派遣させよう」


「滞在している騎士達は、かなり疲弊しておりますので」


「ああ、分かった。すぐに国境地帯に向かわせる」


「約束してくださいね」



 プリムスは念を押した。



「話は戻りますが、3貴族にはどれほどの爵位を与えてもよろしいですか?3貴族とも権力を持った貴族であった。公爵家一つ、侯爵家二つです。民に信頼されておりますので、国を纏めるのも上手くやっていくと思われます」


「子爵以上は与えるな。力を持ちすぎると、後々、面倒な事が起きる」


「子爵ですね。働き具合を見ると、伯爵程度を与えてもいいかと思いますが」


「伯爵か……」



 国王陛下は、それっきり黙ってしまった。


 プリムスはエリザベートの捕らわれていた頃の話をした。ただ一人、エリザベートを守ろうとした公爵が残っていて、民とも上手くやっていること。河川工事でも活躍をしていた話をした。



「派遣されてきた貴族に比べても、国を任せられると思えます。この先、まだ河川工事も残っていて、その後に、鉱山の掘り出しもある。民に信頼されている指導者がいれば安心して任せられると思うのです。父上が一任してくださるなら、面談をしてみたいと思います」



 国王陛下は黙って、プリムスの話を聞いて、「好きにしろ」と責任を投げ出した。


 責任を投げ出したように見せて、信頼しているのかもしれないとエリザベートは思った。


 国作りは順調で、数ヶ月の間にプリムスは王子の貫禄も出てきている。


 イリス地区の指導者の顔をしている。



「明朝、あちらに戻るのであろう?」


「当然です。戻る途中で、国境の建物を配置してきます」



 国王は笑った。



「では、今夜は早く寝なさい」



 まるで子供扱いをされたような様子に、プリムスは不機嫌に顔を歪めた。



「エリ、行こう」


「ええ」



 プリムスはエリザベートの手を繋ぐと立ち上がった。そのまま部屋から出て行く。



「国王陛下はプリムスの事を信頼しているのよ」


「そんな風に見えなかったよ。国境の建物の資材もくれずに、全く、あれから1ヶ月も国境を放置して、不安じゃないのかと思うよ」



 プリムスは怒りながらも、エリザベートを部屋まで送り届けた。



「おやすみ」


「おやすみなさい」



 プリムスはエリザベートの指先にキスを落とすと、頬を赤らめて手を放した。


 頬を赤らめたエリザベートを部屋に入れると、プリムスは立ち去った。


 プリムスの愛情を受け取って、エリザベートは嬉しかった。


 最近のプリムスは、手を繋ぎ、時々、指先や額にキスをくれる。


 温かな気持ちを胸に抱いて、お風呂に入ると、モリーとメリーがいつもの様に慌てて浴室に入ってくる。



「お嬢様、鈴を鳴らすだけですわ。難しいですか?」


「ええ、だって、自分でお風呂くらい入れるわ」


「お嬢様のお世話ができないな侍女は、王宮から追い出されてしまいます。お嬢様は私どもにと申しているのですよ」


「そんなつもりはないわ。ごめんなさい。これから気をつけるから」


「お願いしますね」



 モリーとメリーの泣き脅しに、エリザベートは申し訳なさそうにした。


 こうでも言わなければエリザベートは、何でも一人で済ませてしまうので、ここまで言うようになったモリーとメリーだった。



 +++



「二人とも気をつけて行きなさい」


「はい」



 プリムスとエリザベートは、国王に返事をした。


 食後のお茶を飲むと、二人は席を立った。


 シェロ叔母様は、逞しくなったプリムスに「寒くなる前に戻っておいで」と声をかけた。


 プリムスは「できれば、そのつもりだ」と答えただけだった。



「帰りのことを考えると、冬のコートを持って行った方がいいかもしれないね。至急、エルペスの家に使いを送るよ」


「騎士団の皆さんの物は、どうしましょうか?」


「総騎士団長にお願いしておくよ。今度も持って来てくれるか?」


「分かったわ」


「エリは、今日はおめかししておいで」


「はい」



 部屋まで送ってもらって、プリムスはモリーとメリーに声をかけた。



「今日は美しく飾って欲しい」


「畏まりました」


「後で、迎えに来るよ」


「はい」



 プリムスはエリザベートの部屋から出て行った。



「お嬢様、今日は特別のお出かけがあるのですか?」


「ええ、お礼をするつもりで出かける予定なの。少し畏まった物がいいわ」



 衣装部屋で洋服を見つめる。


 聖女らしい白いドレスに白いボレロを羽織った。念のためにズロースも履いていく。


 薄化粧をしてもらって、髪も綺麗に整えてもらう。


 用意が調った頃に、プリムスが迎えに来た。エリザベートを見たエルペスは嬉しそうに微笑んだ。



「行こう」


「ええ」



 エリザベートの寝室に二人で入って行くと、モリーとメリーが「行ってらっしゃいませ」と声をかけた。



「行ってくるわ」



 リーネの姿が大きくなる。



「王子、荷物を置け」


「リーネ、頼む」



 リーネはプリムスが持っていた荷物を片付けた。



「リーネ、すまないけど、以前の国境地帯にあった建物を今の国境付近に置いて欲しいんだ」


「まずは確認してみよう」


「リーネ、お願いね。わたし、バコーダ王国の国王陛下が怖いの。今度捕まったら、生きていられる自信がないの」



 リーネはするりとエリザベートに身を寄せた。



「主の事は守る」


「うん。信頼しているわ」


「主、そんなに心配したら、体に悪いわ」コルがエリザベートの額にキスを落とす。


「エリ、僕も守るよ」


「プリムス、ありがとう」


「主、行くぞ」


「はい」



 エリザベートは、リーネに跨がった。その後ろにプリムスも乗る。


 瞬時に以前壊した国境地帯に来ていた。


 国境だった場所から離れた場所にコンクリートの建物が建っていた。


「国境から、少し離れた場所に設置してもらえると助かる」


「了解した」



 リーネはメリメリ音を立てながら、建物を収納した。


 すぐ姿を消すと、今度は新しい国境に来ていた。


 リーネは軽く、地面に衝撃をあてた。砂塵が舞い上がる。


 土地が真っ平らになった事を確かめると、コンクリートの建物をその場所に設置した。


 一度、地面に下りると、建物の周りを確認した。


 ひび割れや欠落もなく安心した。ただ、内装がどうなっているかまでは確認しなかった。


 ひっくり返っていようが、そこまでは関与しない。



「リーネ、助かる」


「主の為だ」


「リーネ、ありがとう」


「では、行くぞ」


「はい」



 またリーネに跨がると、一度、イリス王宮に戻った。


 騎士に今日のお肉を渡すと、騎士達は喜んで肉の処理を始めた。


 エルペスは田畑の警備に行ったのだろう。



「先ずは、爵位について、ここの金庫番と相談しなくてはならない」


「そうね」



 子猫になったリーネを抱いて、王宮の中を歩いた。



 +++



 王宮に残っているリザルト侯爵とカーオス侯爵を探したら、王宮の一室でチェスをしていた。


 全く暢気な物だ。



「少し、話をしたい」


「プリムス王子、田畑の監視に行ったものだと思っておりました」


「昨夜から、シュタシス王宮に戻っていました。父と話をしたかったので」


「ほう、それで、国王陛下はどのように?」



 二人は急いでチェス盤を片付けている。


 プリムスはエリザベートの手を引いて、空いているソファーに座った。



「こちらに残った貴族の事で相談をしてきました。彼等は元領民と良好な間柄で、地域を上手く纏めております。河川工事にも田畑を耕しに来ています。河川工事でも民を促して、仕事をさせておりました。指導者として素質があります」



 侯爵二人は黙って、プリムスの話を聞いている。



「私は彼等に爵位を与えてもいいと思っています。この地域の民のことは、この地域の指導者の方が理解できると思います。田畑の整備が終われば、また河川工事が始まります。田畑の工事の後に、また賃金設定を変えるつもりです。女、子供、老人には、このまま田畑を耕してもらえばいいと思っています。新たに仕事を始めたいと思っている者も申し出るように言っております。私も含めた騎士団一行は、田畑が完成したら、シュタシス地区に戻ります。お二人は、元の貴族に爵位を与えてもいいと思っていますか?」


「陛下はどのように?」


「私の好きにしたらいいと言いました」


「王子は、どのように考えておりますか?」


「公爵だったメテオーラー殿には伯爵の位を。侯爵だった者には子爵の位をと考えております」


「伯爵に子爵ですか?」



 リザルト侯爵は、うーんと唸った。



「陛下がお許しになったのなら、異存はありません。我々もずっとこの地にいるのは不本意ですので」


「新たにこちらに派遣された者達に、金庫番は任せられないと私は判断しました」


「本日、メテオーラー殿の元を訪ねて、面談をしてこようかと考えております」


「王子のお心のままに」



 侯爵二人は、プリムスに反対するつもりはなさそうだ。



「チェスの邪魔をしたね」


「いいえ、我々にはやれることは、あまりありませんので」



 リザルト侯爵とカーオス侯爵はにこやかにお辞儀をした。



 +++



 リーネに跨がって、メテオーラー元公爵の領地を見に来たら、田畑が耕されていた。


 この地までは、印だけで人手はでていない。


 自分たちで炊き出しをしているのか、お昼過ぎに行くと、民が田畑の周りに集まり鍋を囲んでいた。


 リーネと地上に降りて、エリザベートは子猫になったリーネを抱いて、プリムスとその集団に近づいた。


「これは、プリムス王子」



 流れるように貴族の礼をしたのが、メテオーラー元公爵なのだろう。



「顔をあげよ」


「はい」



 灰色の髪に同色の瞳をしたメテオーラー元公爵は、息子達と瓜二つだった。その妻も一緒に頭を下げていた。


 民は跪いている。



「メテオーラー元公爵、話をしたくて訪ねて来た。屋敷に招いてくれるか?」


「仰せのままに」



 メテオーラーは、民の背中を撫でると、「立っても構わない」と耳打ちして、その集団から離れて行った。



「妻のアミリスです」


「アミリスと申します」



 奥さんはまだ若く見えるが、美しく綺麗な指先が傷つき、痛そうに見えた。


 きっと今まで、紅茶しか淹れられなかったのだろうと想像がつく。貴族の奥様は、自分で厨房に立つことはまずない。



「この地の田畑は、メテオーラー元公爵が耕したのでしょうか?」


「ええ、ええ。息子達が働きに出ておりますが、時々、我々の様子を見に来てくれるのです。その時、田畑を耕していると言うので、花の印ができてから、元領民達と田畑を耕しております」


「それなら、賃金をもらう資格がありますよ?」


「いえ、いいのです。この地が豊かになれば、飢えもなくなり良い国になるでしょう」


「元領民はどれくらい残っているのですか?」


「この地は、あまり被害に遭わなかったようなので、100人近くおります」


「名簿は作れますか?」


「可能です」



 畑の真ん中に屋敷が建っている。


 屋敷は木に囲まれているが、その木はこざっぱりと切られている。



「あの家が、我が家です。薔薇園だった場所に畑を作り、鶏小屋や山羊の小屋もあります。自給自足できるように、庭を替えました。公爵家ではなくなったので、飾る必要もなくなり、食べる事に必死です」



 門は奥様が開けて、先に扉を開けてくれた。



「どうぞ、何もありませんが」



 奥様は入り口で頭を下げてくださった。


 きっと位の高いお嬢様だったはずなのに、自分の息子よりも年下の王子に頭を下げてくれる。



「お邪魔する」


「お邪魔します」



 応接室に案内された。


 ソファーがあり、壁には絵画が飾られたシンプルな部屋だった。



「お出しできる物は何もありませんが、申し訳ございません」


「いいえ、分かって、こちらに伺わせてもらいました。今日はどうしてもお話をしたくて、突然、申し訳ございません」



 プリムスは丁寧に言葉を発する。



「王子の隣にいるのは、聖女様でしょうか?」


「はい、エリザベートと申します。牢屋に投獄されていた時に親切に洋服や下着などを差し入れしてくださった事をお礼したくて、今日は王子に無理を言って連れてきてもらいました。あの時は、本当にありがとうございます。人として生きることを諦めていたわたしに、王女だった頃の気持ちを思い出させてくださいました。それで……」



 膨らんだ袋が、ソファーの横に落ちた。それを手に取り、メテオーラー元公爵様にそっと差し出す。



「何だろうか?」


「わたしが貯めたお金でございます。あの時、わたしにくださった物の代金を調べてもらいました。自分で山に入り、薬草を売りに行き貯めたお金です。どうか受け取っていただきたいと思います」



 エリザベートは、メテオーラー元公爵の手を取り、紙幣の入った袋を持たせた。



「あれは、私が不甲斐ない為に、苦労をかけた罪滅ぼしだったのだ。本当は私の養女にしたかったのだ。だが、国費で買われた聖女を一人の貴族が独り占めにすることを責められた。我が兄であったが、聖女様への扱いは酷いものだった。説得できなかった自分が情けなかった。だから、最低限の事しかできなかったのだ」


「それでも、わたしは救われました。どうぞ、今のこの時代だからこそ約立てると思います。もう暫く我慢すれば、このイリス地区も安定してきます。その時に使っていただきたいのです」


「ありがとうございます」



 メテオーラー元公爵は、一生懸命なエリザベートの気持ちを汲んでくださった。



「奥様、お手を貸していただけますか?」


「……はい」



 エリザベートは、アミリスの手を握ると、『治癒』と心の中で念じた。


 そっと手を放すと、アミリスは自分の手を見て、目を瞬かせ、涙を浮かべた。



「奥様、もし、水瓶があるのなら、そこに水を入れましょう」


「水瓶?」


「では、頼む」



 メテオーラー元公爵はアミリスより早く反応した。



「こちらに来ていただけますか?」


「はい」



 メテオーラー元公爵は、キッチンに向かうと、空の水瓶を紹介した。



「お願いします」


「はい」



 心の中で家中を『浄化』すると、水瓶の中に水をたっぷりと入れた。



「心から感謝いたします」



 メテオーラー元公爵とアミリスは、深く腰を折った。


 お鍋や水差しにも水を入れておく。


「お風呂はありますか?」


「こちらです」



 メテオーラー元公爵は浴室に案内してくれた。


 そこにたっぷり水を入れておく。



「ありがとうございます」


「後で、領民の方の水瓶も満たしましょう」


「その前に、メテオーラー元公爵に重大な相談がございます」


「はい」



 もう一度、応接室に戻ると、今度はプリムスが話し出した。



「メテオーラー元公爵の人柄、人望、息子達の働きを見て、私はこの国の為に力を貸して戴きたいと思います。一度、剥奪した爵位ですが、私の責任で伯爵の位を与えたいと思うのですが、如何ですか?」


「爵位を戴けるのですか?」


「与えるだけではありません。この国の為に力を貸して戴きたいと思っています。今は田畑を耕し、賃金を与えていますが、洋服店や食堂等の準備を始めています。我々もいつまでも炊き出しをすることは不可能です。家族を置き去りにして、派遣されてきている騎士達もそろそろ疲労も気力も限界になってきております。この地に、貴族を呼びましたが、あまり当てにならなさそうな者達でした。きっと、すぐにでも根を上げるでしょう。この地を守る者が必要です。田畑を耕したら、聖女様が豊潤の願いをしてくださいます。田畑に作物が実ります。それが終われば、また河川工事を始めていただきたい。その時、賃金設定をまた変える予定でいます。河川工事が終わったら西側地域の田畑を耕して欲しい。賃金設定は、定期的に変更していく予定でいます。最終目標はシュタシス地域と同等にしていくつもりです。来年の春までに、田畑を耕していただければ、春にはまた作物を作ることができます。金庫番もお願いしたい。決して楽をさせる爵位ではありませんが、如何でしょうか?」


「大変な役を任せていただけるのですね」


「はい、とても大変で重要な役でございます。この地に残った貴族は、あと2組、ブラッチョ元侯爵とアンデクス元侯爵だけです。後は自害をしてしまいました」


「そうですか、自害を?」


「はい、屋敷を明け渡すのが嫌だったのか、この先に未来を見つけられなかったのかもしれません。せっかく黒死病から命が救われたのに、残念です」



 プリムスは落ち着くように、息を継いで、ゆっくり話し出した。



「私は残りの元侯爵を知りません。協力していただけそうですか?」


「ブラッチョ元侯爵もアンデクス元侯爵も穏やかな人柄で、領民にも慕われております。3組しか残らなかったのなら、協力していきたいと思います」


「メテオーラー元公爵の事は聖女様から聞いておりましたので、信頼できると思っておりますが、よろしければ、ブラッチョ元侯爵とアンデクス元侯爵を紹介していただけませんか?」


「私でお役立てるのでしたら、紹介させていただきます」


「二人には、子爵を与えるつもりです。功績次第で、爵位は変わっていくかもしれません。今は私の一存で決めております。父である国王陛下が認めれば、変化はあるでしょう」



 メテオーラー元公爵は静かに頷いた。



「国境地帯はコンクリートの壁を作って、今は封鎖しております。国が落ち着くまでは国境は封鎖しておくつもりです。管理者として、シュタシス地区から騎士達が来る予定です。管理棟はなるべく早く作りたいと思っています」


「そんなに立派な物ができたのですか?」


「はい、我が国は戦争をしたいとは思っていません。隣国のバコーダ王国は聖女様を誘拐した国ですので、聖女様を必ず守る覚悟を持っています」


「この国でも騎士が集まれば、訓練もしてほしい。全てにおいて、今は準備期間なのです」


「私も聖女様をバコーダ王国には、渡したくはありません」


「意見があって嬉しく思います」


「では、どこで紹介いたしましょうか?」


「メテオーラー元公爵の王都の屋敷は空いております。そちらに移動していただいても構いません。他の2貴族も移動していていただいて構いません。ただ、王都だと食料が調達できるかが不安になってきます」


「でしたら、私だけ、一時的に王都に戻りましょう。そこで、ブラッチョ殿とアンデクス殿を紹介いたしましょう」


「それは助かる」


「メテオーラー元公爵の息子達には、民の為に前線で指揮をしていただきたいと思っています。如何でしょうか?」


「息子達は、河川工事も田畑を作る事も嫌がっておりません。民の見本になれているなら、私は息子達を誇りに思います」


「ありがとうございます」



 プリムスは誠実に頭を下げた。



「できれば、正式に紹介していただけると嬉しく思います」


「分かりました。では、私は明日からでも動き始めます。彼等に連絡が行きましたら、王宮の騎士に伝えましょう」


「それは助かる」


「では、私の事はこれからは、メテオーラー伯爵とお呼びください」


「公爵から伯爵では、文句も言いたいと思うが、堪えて欲しい」



 メテオーラー伯爵は、深く頭を下げた。



「謹んで、爵位を戴きます。プリムス王子と聖女様の推薦に恥じぬように、勤めて参ります」



 奥様も、深く頭を下げた。



 +++



 その後、エリザベートとプリムスは領民の家を訪ねて、水瓶に水を入れて歩いた。


 メテオーラー伯爵は一緒に歩いて、名簿を一緒に作って行った。


 メテオーラー伯爵が治める領地は豊かで、自分たちで食事を作れるほどの備蓄があった。


 名簿の横に農家と記入して、今まで使っていた土地をそのまま与える約束をした。



『コル、後で地図に書き込んで』


『分かったわ』



 それから、農地の賃金は花を咲かせた後からの賃金で計算するようにすると約束した。


 コルは麦と野菜の種を撒いた。



「数日後に芽が出ます。それを育ててください。今夜は雨を降らせますので、雨に濡れないように気をつけてください」



 領民達が深く頭を下げた。


 名簿をもらいプリムスとエリザベートは、リーネに乗って暫く駆けて、姿を消した。

 

 

 +++



 三日後にはブラッチョ殿とアンデクス殿に会えることになった。


 家族で集まってくれた三家族は、河川工事から参加してくれている息子達がいて、プリムスの顔を見ると、深く頭を下げた。娘もいるようで、エリザベートの姿を見ると、恭しくお辞儀ができる淑女のようだった。悪口を言っていた者達とは違うおとなしいお嬢様だ。


 ケーキを焼いてきたと、紅茶を淹れて出してくれた。


 きっと、僅かしかない材料を使って作ってくれたと思うと、感謝しかなかった。


 荒れた手を治し、王都の彼等の家の水瓶に水をいっぱいに淹れる事しかエリザベートにできることはなかった。


 メテオーラー伯爵から話を聞いたのか、顔合わせも順調で、息子達には、民を導く事をお願いした。


 領地を教えてもらったので、視察に行く約束をした。


 翌々日、領地を見ると、やはり農地は耕されていた。名簿を作り、彼等が使っていた場所は農地として使用許可を与えた。


 今度のプリムスは予測していたのか、予め計算した賃金を準備していった。


 コルが麦と野菜の種を撒き、エリザベートが慈愛の雨を降らせた。


 水瓶が遠いので、先に池を作った。


 彼等の領地に一つずつ。


 リーネが深く穴を掘り、エリザベートが雨を降らせた。この池はいずれ川と繋がる。



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