第6話   湖



 9月の終わりに川が2本完成した。


 シュタシス王国に元々あった川と繋がった。水が逆流しないように丸太で止めている。


 ここからはリーネの魔術に賭けるしかない。


「リーネ、お願いね」


「危険だから離れていてくれ」


「分かったわ」


「エリ、行こう」



 杭から、また距離を取った。


 リーネが上空に浮かんで、何かを放った。


 その瞬間、もの凄い地響きと地面が揺れた。衝撃で尻餅を付いた。



「エリ、無事か?」


「ええ、すごく揺れたわ」


「穴が空いたようだね」



 騎士達も呆気にとられている。


 騎士達にはリーネの姿は見えないから、突然の衝撃だったはずだ。


 合流地点にも騎士達が控えている。


 エリザベートは立ち上がるとプリムスとエルペスと湖を覗きに行くと、深い湖の底から水が湧き出してきていた。



「これはすごい」



 プリムスとエルペスは感嘆の声を上げた。



「主、下流に行くぞ」



 リーネがいつの間にか、エリザベートの横にいた。



「はい、お願いします」



 リーネに跨がると、プリムスも「リーネお願い」と言って、後ろに乗った。



「エルペス、ごめんね。ここを任すよ」


「任せて」



 リーネは直ぐに上空に上がって行く。そして、下流に飛んだ。



「すぐに水は川を下るであろう」



 すぐに下降すると、リーネから下りて、待機している騎士達に、プリムスは堰き止めている丸太を撤去するように指示を出した。


 濡れることを前提に、防水のゴム素材のズボンを履いた騎士達は、丸太の撤去を急いだ。


 シュタシス川から水が逆流してくる。


 急いで、騎士達は川から上がった。



『すぐに水が来る』



 エリザベートはリーネに跨がっていた。今は馬の形をしている。



「プリムス乗って」


「ああ」



 プリムスはエリザベートの後ろに乗った。



『リーネお願いね』


『了解した』



 リーネは少し走って、上空に浮かんだ。


 上空から二つの川の様子を見る。二つの川に水が流れていく。まるで滑るように、水が流れていく。


 河川工事をしていた騎士達や民が喜んで、川岸を走っている。


 二つに分かれた水は一カ所で合流して、シュタシス川に合流した。



「なんと見事な事だ」


「成功しましたね」



 これから見事に成功した事を皆に知らせる式典を行うのだ。


 式典会場は湖の見える場所だ。


 湖は聖域にしてしまうので、時間の問題で森の中にするつもりでいる。


 湖から離れた場所で、炊き出し班が昼食を作っている。


 今日は猪鍋だ。民にも振る舞う。


 皆が、炊き出しの場所に向かう。


 下流から騎士達が馬車で移動してくるので、式典は1時間半後になる。


 その間に、シュタシス王宮にある湖に向かった。



「精霊王様、エリザベートです」



 凪いでいた湖に風が吹くと、精霊王様の姿が立った。



「我が子よ、ようやく湖ができたな。約束通り我が子を連れて行くがいい」


「はい、ありがとうございます」



 エリザベートは、ブーツを脱いで、素足で湖に入ろうとしたら、虹色の魚が寄って来た。



「人の体には、今の季節の水は体に毒になる。その子達をリーネ連れて行きなさい」


「了解した」



 リーネは湖の浅瀬に寄った魚を収納した。


 約束では一匹のはずだったけれど、5匹以上いるような気がした。



「精霊王様、ご加護をありがとうございました。こんなにたくさんいいのですか?」


「僕からも、精霊王様、新たな土地にご加護をありがとうございます」


「王子よ、国も我が子も大切にするがいい」


「はい」



 プリムスが返事をすると、精霊王様は静かに水に溶けていった。



「では、戻るぞ。主」


「リーネ、お願いね」


「リーネ、頼む」



 エリザベートは、ブーツを履いた。


 リーネの背中に乗ると、リーネは瞬間移動でイリス湖に到着した。


 地上に降りると、エリザベートとプリムスはリーネの背中から下りた。


 リーネは、精霊王様に戴いた精霊王様のお子の魚たちを放流した。


 虹色に輝く魚は、湖深くに泳いでいった。



「主よ、森を作ります」


「わたしは何をしたらいいの?コル」


「慈愛の雨を降らせて」


「分かったわ」



 コルがクルリと一回転すると湖の周辺がキラキラと輝いた。それと同時に、湖の周辺に慈愛の雨を降らせた。


 芽が出て、それが育っていく。早送りを見ているように、木々が育って、15分もしない間に木が鬱蒼と茂った森ができた。



「雨はもういいわ。夜にまた降らせてくれば」コルが言った。



 エリザベートは、祈りを止めた。


 顔を上げると、吃驚した顔をした。



「コル、すごいわ」


「ここは、今日から聖域だ。立ち入り禁止だ」とリーネが言った。



 +++



 下流にいた騎士達が到着するのを待って式典が始まった。


「騎士達、民の者、皆の努力のお陰で、川が2本、シュタシス川に合流した。残り、3本あるが、先ずはお疲れ様でした。この後、猪鍋を振る舞いたい。今日は休日として、明日から田畑を耕して戴きたい。最初の種や苗は、こちらで準備をする。収穫時期には、必ず種になる物を残して収穫して欲しい。春の収穫を待って、川の周りは田園を作りたいと思っている。田畑を耕したら、また河川工事を続けて欲しい。でき次第、湖から水を流す」



 騎士達から拍手が起きて、民も拍手をする。



「見て気付いたと思うが、湖は聖域とする。聖女様が湖を守る為に森を作った。聖域には近づかないで欲しい。魚は、池に放流するつもりでいるが、先ずは繁殖をさせる事を目的にしてほしい。田畑に関してだが、管理する者を決めていきたいと思う。優先的に河川工事に参加した者達から希望する土地を決めて欲しい。水やりや雑草の管理をお願いしたい。来年の作物の種の採取など。先ずは、田畑を耕してから決めて、こちらに報告してほしい。希望者が殺到した場合は、抽選にするつもりでいる」



 民が手をあげた。



「意見があるなら聞くが」


「田畑はもらえるのですか?」


「先ずは、国の管轄とする予定でいる。作物は国が買い取り、市場に流す予定でいる。この先の事になるので、まだ決定ではないが、農家をしたいと希望があれば、それも聞きたい。農地と河川工事が終われば、金鉱山の工事の募集もする予定でいる。他にもやりたい職業があれば申し出て欲しい。八百屋、床屋、飲み屋、食べ物屋、洋服屋、何でもいい。店舗もずいぶん空いている。今は自分がどんな職業を目指したいのか考える時間だと思って戴きたい。この先の賃金についてだが、今までは1日5タンだったが、明日から1日1ポンとする。1ポンは10タン貯まると1ポンになる。今までの倍の賃金を払う」


 民が拍手をした。歓声も上がっている。


「両替もしていくつもりでいる。我が国では、10タンで1ポン、10ポンで1ゲラ、10ゲラで1オル、10オルで1テシ、10テシで1フロン、10フロンで1リア、10リアで1レギ、10レギで1ロクスとなる。河川工事に参加した者は、王都の空いた家に住む権利を与える。農家として生きて行くと決めた者は畑の近くに家を構えても構わない。その者は申し出て欲しい」



 長い演説をして、プリムスは民を見る。


 騎士団からも民からも拍手が上がった。


 王都から来た侯爵家の次男や三男、伯爵家の次男や三男が、やっと到着して、王都の貴族街が埋まってきた。難色を示して、次男や三男でも、この寂れた地に来たいと思う者は少なく、やっと6貴族が集まった。


 最初に国王陛下が選出した者、リザルト侯爵(50歳)は金庫番だ。カーオス侯爵(45歳)は、金庫番補佐と職業担当と住居の斡旋をお願いしている。


 後から来た貴族達は、まだ20代前後と若い。


 プリムスはいつまでもこの地にいるわけにもいかず、代わりに民を見守る貴族を募集して、やっと集まった貴族だ。


 ヘルダー侯爵は20歳、アクシア侯爵は21歳、バロール伯爵は19歳、サジェス伯爵は22歳。全て、プリムスと同じ貴族学校に通っていた顔見知りだ。扱いやすいかと言ったら、その反対だ。学校で先輩だった者に指示を出すことになる。もっと年上なら、扱いもしやすかったかもしれないが、顔見知り過ぎて難ありだ。


 どんな役割をあてようか、迷っている所だ。


 今の所、監視役しかない。


 猪鍋を振る舞われ、民は久しぶりの肉を食べて、涙を流している者もいる。


 今日の所は、この式典だけで終わる。夕食用に握り飯を三つ配られた。


 炊き出しの騎士達は、片付けを始めている。


 食器を集めて、鍋を馬車に運び入れている。テントも外されている。


 若い貴族達は、早々に馬に乗り帰って行った。


 民も、今日はゆっくり休むのだろう。


 プリムスとエルペスに頭を下げて、テントのある場所に戻っていく。


「エリ、あの二人だよ」


 背の高い細身の紳士だ。


 年の頃はプリムスよりも年上で、物静かな感じがする。


 グレーの髪にグレーの瞳をしている。服装は簡素なシャツとズボンだ。着飾っていなくても良家のご子息だと滲み出ている。


「メテオーラー公爵様によく似ているわ」


「今は、公爵じゃないからね」


「そうだったわね。早くお金を集めないと。そうだ、今日は早めにお風呂を沸かした方がいいかしら?」


「いや、別にいつも一緒で構わないよ。夕食の炊き出しと、お風呂はいつも通りだ」


「それなら、今から狩りに行って来るわ」


「エリは頑張りすぎだよ」


「あともう少しなの」


「僕も手伝うか?」


「大丈夫よ。売りに行くときは一緒にお願いするわ」


 エリザベートは、抱いていたリーネを下ろした。


「いつもの時間にイリス王宮に行くわね」


「気をつけて」


「うん」


 リーネに跨がると、その姿は綺麗に消えた。



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