第4話   塔の上の牢獄



 国境を作っていただいた後、お風呂に入ったエリザベートはイリス王宮に急いだ。


 補給用の水瓶に水を補充すると、宮殿内に入っていく。


 既に宮殿内に灯りが点っていた。


 騎士達が点してくれたのだろう。



「浄化」



 宮殿内を浄化する。


 これでお風呂も綺麗になっているはずだが、お風呂場でもう一度浄化する。


 水も飲めるほど綺麗になっているはずだ。


 まず、水を補充して、ボイラーのスイッチを入れる。


 湯船の水を足すとお湯を温める。


 気持ちのいい温度にすると、やっと役目を果たせたような気がする。


 後は、プリムス達を待つだけだ。


 ダイニングルームの灯りを点すとやることは無くなってしまった。


 騎士団長は、今日は一緒に国境に来てくれたので、足りない物資が何か分からない。


 静かすぎて、落ち着かない。


 どうしようか迷って、オイルランプを一つ持つと、リーネを抱きながら、エリザベートが住んでいた牢屋へと進んで行った。


 長い廊下を歩いて、長い階段を上っていく。


 せっかくお風呂に入ったのに、汗が流れてくる。


 窓がないので蒸し暑くて、空気が重い。


 背後を振り向くと真っ暗だった。


 こんな暗くなってから来る場所ではなかったと反省しても、もう遅い。


 戻るのも怖くて、ゆっくり、ゆっくり階段を上っていくと、捕らわれていた牢屋が見えた。


 鍵は開いているようだ。


 ギーッと嫌な音がする扉を開けて中に入ると、自分の持ち物だった物を見る。



『ここは何?』コルが聞いてくる。


『ここに住んでいたのよ』


『まあ、暗い部屋ね』


『そうね』



 たった一つのオイルランプがあっただけの部屋だ。


 クローゼット呼べるような物はないが、洋服掛けはあり6着のワンピースがかけてある。


 それを懐かしく見る。



(あの時の貴族様は生きているのかしら?)



 この国で唯一、優しくしてくれた貴族様だった。


 確か、国王陛下の弟と言っていた。


 公爵様で、お名前は……メテオーラー公爵様。


 ランプを小さなテーブルに置くと、洋服掛けの前まで戻った。


 洋服を6着取って手に持つと、今まで黙っていたリーネが「持ち帰るのか?」と聞いてきた。



「お値段を知りたいの」


「服の値段か?」


「そう。この国で一人だけ優しくしてくれた公爵様が生きていたなら、お返しをしたと思って」


「私が持って行こう」



 リーネが腕から飛び降りて、空間収納に入れてくれた。



「ありがとう」


「戻るのか?」


「戻りたいけど、暗くて怖いわ」



 エリザベートは辺りを見渡して、両手で体を抱く。その体が小刻みに震えている。



「私に跨がれ」



 リーネは体を大きくしてくれた。


 エリザベートは、オイルランプを持つと、リーネに跨がった。すぐにダイニングルームに到着した。



『王子達は風呂に入っているぞ』


『戻って来たのね』


『暫し待て』


『はい』



 オイルランプを元の位置に戻すと、椅子に座る。リーネはエリザベートの膝の上に座った。


 エリザベートは、リーネを抱きしめた。


 リーネを抱いていると、エリザベートは安心するのだ。



 +++



「エリ!」


「きゃ」



 ダイニングルームの扉が開くと、プリムスが抱きついてきた。


 リーネは膝から素早く飛び降りた。



「帰ってしまったのかと思ったのだ」



 ギュッと抱きしめられて、頬が熱くなる。



「まだ食事を並べていないわ」


「ああ、お腹も空いた」


「プリムス王子、エリザベート嬢が驚いているよ。会いたかったのか、お腹が空いたのかも、分からないよ?」


「会いたかったに決まっているだろう」



 リーネがテーブルの上に出来たての食事を並べてくれる。



「美味しそうだ」


「ほら、愛情か食欲か?疑われるぞ」


「エルペス、僕はエリに会いたくて、お腹も空いているんだ」



 プリムスはエリザベートの前髪にキスをして、体を離した。


 エリザベートは頬を赤く染めて、椅子に座り直した。隣にプリムスが座り、プリムスの前にエルペスが座った。


 三人で一緒に「いただきます」をして、食事を食べ始める。



「エリは以前より食べられるようになったね」


「そうね、この王宮にいた頃も、バコーダ王国にいた頃も、一日パン一個しか食べられなかったの。それもカチカチになったパンよ。バコーダ王国にいた頃はカビの生えたパンの時もあったわね。さすがに空腹でも食べられなかったわ。その頃に比べたら、たくさんの食事を食べさせてもらっているわ」


「バコーダ王国ってどんな国?」


「ミミス王国のように土地が痩せた貧しい国よ。雨も降らないし水瓶になる湖も川もない国で山はあったような気がするけど、時々山から獣が村を襲っていると聞いた事があったわ。


わたしの母国のシュタイン王国と隣接していたけれど、移民者が多くいたわね。バコーダ王国は、シュタイン王国の半分くらいの大きさの国だったわ。


シュタイン王国は川が流れていて水には恵まれていたの。海に面していたから漁業が盛んだったわ。田畑もあったし、バコーダ王国とは雲泥の差だったわ。


両親が死んでシュタイン王国が墜ちたのなら、バコーダ王国に占領されたかもしれないわね」


「実はそうなんだ。父上は今のシュタイン王国について言わなかったけれど、父上が軍隊を率いて王宮を捜索していた後に、バコーダ王国の軍隊も来たそうだ。


シュタシス王国とシュタイン王国が隣接していたらよかったけれど、離れすぎて領地にするには、バコーダ王国とミミス王国と戦わなければならなかったんだ。


だから、父上は遺骨だけ持ち帰って、戦争は回避した。シュタイン王国はたぶんバコーダ王国に吸収されたと思うよ」


「やはりそうでしたか」



 美味しい食事の味に、涙の味が混ざる。


 もう母国はないと思うと、エリザベートは寂しさを感じずにはいられなかった。


 一通り食事を終えると、エリザベートは話を続けた。



「わたしは13歳の時に医療ボランティア中に誘拐されたの。そのまま野獣を閉じ込める牢屋に入れられたの。バコーダ王国の国王陛下は力で従わせようとする暴君だったわ。


わたしは誘拐されてから聖女の力を封印したの。泣き脅しもされたわね。父親が病気だから治して欲しいと。


流行性の疫病なら治せるけれど、老化や疲労から来る病気は治せないのよ。従わなかったら、見ず知らずの男性を連れて来て、暴行を始めたの。その傷を治せと言われたわ。でも、治さなかった。


そうしたら、今度は刃物で、男を切り刻んでいったの。治せと言われたわ。でも、わたしは治さなかった。


次は指を1本ずつ落としていったわ。くっつけろと言われたわ。わたしにはそんな力は無いわ。


できないと言うと、今度は手足を切り落としたの。


死んでしまうぞと脅されたけれど、切られた手足をくっつける手段はないの。もしあったとしても、一つをくっつけるだけで、わたしの力は固結してしまうと思ったの。


できないと言うと、腹を何度も刺したわ。切り傷なら治せると思うけれど、……国王陛下が肩を撃たれた時に傷を負ったでしょう?わたしには、その程度の治癒力しかないの。


何度も刺し貫かれた男を治す力はなかったの。男は目の前で死んでしまった。わたしは何もできなかった。


その後、罰として毎日、一枚ずつ爪を剥がされたわ。生えてくると、また爪を剥がされた。爪がない時は鞭で打たれたわ。そうして二年間、バコーダ王国の国王陛下にわたしは弄ばれたの。


冷酷非道だと思えたわ。


わたしがどんなに泣き叫ぼうと、痛みを残すような方法で、爪を剥ぐの。その傷はわたしの治癒力で治せない物だったの。痛みを取ることはできても、爪を生やす事はできないわ。


わたしは、自分を守る為に痛みも取らなかった。今、こうして爪がある生活が夢のようよ。


ミミス王国では、牢屋に入れられて、食事をパン一個にされただけだったから、買われて、多少マシになったのよ。


囚人の服を着ていたけれど、国王陛下の弟だという公爵様が、国王陛下をお叱りになっていたわね。その方、わたしを王女として扱うようにと言ってくださったの。そのお陰で、ベッドが入れられて、ブランケットを入れてもらえた。


国王陛下がくださったのは、古くて壊れかけたベッドだったけれど、床で眠るよりはマシだった。ブランケットも古びた物だったけれど、何もないより、ずっとマシだった。


女王として扱うことは却下されてしまったけれど、公爵様はわたしにシルクのワンピースを6着もくださったの。夏用と冬用の3着ずつ。下着も靴も一緒に。


時々、わたしを見に来てくださった。不自由はないか?と声をかけてくださった。わたしは返事をしなかったけれど、本当は嬉しかったの。だから、もし生きていたら、恩返しがしたいの」


「名前はなんと言うんだ?」



 プリムスはエリザベートの手を握りながら聞いてきた。



「メテオーラー公爵様だと思うわ」


「その名は残っていたよ。領地があった場所に戻って、敷地内を畑にしているようだよ。もと領民とも良好な間柄で、息子達は河川工事に来ている」


「そう、恩返しができそうだわ」


「何をするつもりなの?」


「ワンピースや下着の値段を調べて、お金を返すわ」


「また狩りや薬草を集めるつもりなの?」


「ええ、そのつもりよ」



 エリザベートは意志の強そうな顔で微笑んだ。



「お金なら僕が払うから、無茶な事はしないでくれないか?」



 プリムスはエリザベートにお願いしたけれど、エリザベートは首を左右に振った。



「された恩は自分で返したいの。毎日、少しずつすれば済むことだわ」


「この地区はこれから麦や野菜の種付けも行うんだよ」


「きちんと両立するわ」



 宝石のようなデザートを口にして、エリザベートは嬉しそうに微笑んだ。


 プリムスはオイルランプの灯りの中で、エリザベートの指先を見た。爪が綺麗に生えていてホッとした。


 何としてもエリザベートを守ろうと心に誓った。


 食事を終えると、リーネがさっさとテーブルを片付けて、「主、帰るぞ」と言った。


「分かったわ、プリムス、エルペス、また明日ね」


「おやすみ」


「おやすみ」


「おやすみなさい」



 リーネに跨がったエリザベートは、瞬時に消えた。

 



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