第3話   国境



「おはようございます」


「おはよう」



 お墓参りをして、朝食に向かうと、もう国王陛下も叔母様もエオン王子も来ていた。



「遅くなってすみません」


「いいのよ、朝起きて、墓地に行っているのでしょう?」


「ええ」



 秘密にしていたのに、叔母様は知っていたようだ。



「すみません、専属騎士と行く約束をしていたのに」


「そうね」


「シェロ、そう責めるな。エリザベート嬢はいつも子猫を抱いているだろう。あの子がエリザベート嬢を守っているのだろう?」


「ええ、まあ」



(国王陛下は、気付いていたの?)



「今はいないようだが」



 エリザベートの椅子の横に子猫が姿を現した。



『あら、リーネ』


「これは凄い事ではないか。片時もエリザベート嬢から離れない。その忠誠心は、専属騎士よりも信頼できるであろう」


「専属騎士も信頼していますけれど、リーネはわたしの守護神ですから」


「ほう、神か」


「ええ」



 精霊王様の事は秘密にした方がいいとプリムスが言っていたので、黙っておく。


 料理が並べられて、朝食を戴く。


 少しずつ食事の量も増やされて、朝食の量は、皆と同じ量を食べられるようになった。



「エリザベート嬢、プリムスは国境について、何か言っておったか?」


「いいえ、国境については何も伺っておりません」


「プリムスに会いに行きたいのだが、連れていってもらえるか?」


「ええ、構いません。いつ行かれますか?」


「都合がよければ、早めがよかろう」


「では、食後に」


「エリザベート、こちらにいらっしゃい」


「はい」



 食後の紅茶は、最近では、エリザベートが淹れている。


 茶葉を入れるところから、お湯を入れるところまで、じっとシェロ叔母様は見ている。砂時計はエリザベート用に戴いた物がある。部屋で自主練できるように用意されている。


 カップに注いで、テーブルに運ぶのもエリザベートの仕事だ。



「いい香りね。上手になってきたわね」


「叔母様、ありがとうございます」


「お姉様に教わったお茶の淹れ方をお姉様の娘に教えるのは、遺された私の勤めよ」


「叔母様、本当にありがとうございます。心から感謝します」



 カップを持ち、口にすると、母の味のお茶が口の中に広がる。


 お茶の時間が終わると、シェフに声をかけて、出かける準備をする。



 +++



 国王陛下を後ろに乗せて、イリス王宮の上空に浮かんだ。



「これは素晴らしい」


「下りますね」



 人影の無い場所に下りると、リーネは子猫の姿になる。リーネを抱いて、国王陛下と一緒にプリムスとエルペスが朝食を食べている場所に移動する。



「おはようございます」


「おはよう」


「え、おはようございます」



 二人は吃驚した顔をした。


 国王陛下は軍事の時の地味な軍服を着ている。他の騎士達と紛れてしまう。



「父上、突然、どうしたのです?」


「確認しておきたい事があってな。先ずは食事をしなさい」


「はい」



 プリムスとエルペスが、慌てて、食べ始める。



「先に、お肉を渡してくるわ」


「ああ」


「ほう、肉か、わしも見てこようか?」


「国王陛下、そんなに珍しい物ではありませんよ」



 いつもの騎士に声をかけると、嬉しそうな顔を見せて、エリザベートの背後を見て、敬礼をしている。



「今日はどちらのお肉にいたしましょうか?」


「では、熊を二頭いただけますか?」


「はい」



 いつもの庭で、リーネが熊を二頭並べた。



「これは立派な熊だな。まだ、血が出ているではないか」


「狩りたての肉ですので」



 エリザベートは、国王陛下に肉の状態を話す。


 叱られると思ったけれど、叱られなかった。



「血抜きをすれば、ステーキでもできそうだ」


「100人以上の騎士の食事にステーキはさすがに無理があります」


「そうか」



 食材処理班の騎士達が、素早く熊を取り囲んだ。



「父上」


「どこか部屋を借りられるか?」


「分かりました」


「河川工事には行ってもらうように話しておきましたので」



 プリムスはいつも綺麗になっているダイニングルームに国王陛下を招いた。



「茶はありませんが」


「茶はいらん。先ほどエリザベート嬢が淹れた紅茶を飲んできたからね」



 プリムスはムスッとした。


 紅茶は飲んでいるが、エリザベートが淹れたお茶は飲んだことはないプリムスは、少し僻んだのだ。


 国王陛下は椅子に座ると、その対面にプリムスとエルペスが座った。エリザベートも二人の横に座った。




「プリムス、国境は見に行ったか?」


「国境ですか?」


「我が国の国境では無くて、西側に面しているバコーダ王国の方の国境だ」


「まだ見ておりません」


「すぐに、国境を塞いでおきなさい。今、攻められたら、この地は奪われる」



 プリムスは蒼白になる。



「忘れておりました。本日は国境の視察と警備体制、国境封鎖を行います」


「一緒に参ろう。私もうっかりしておった。バコーダ王国は、エリザベート嬢を誘拐した国だったね?」


「……はい。冷酷非道な国王でございます。わたしもうっかりしておりました。河川工事の前に、国境をどうにかすべきでした」


「では、直ぐに参ろう。騎士達はどれくらい国境に行けそうだ?」


「河川工事に出てしまったので、河川工事現場を迂回して行かなくてはなりません」


「監視は10人ほどでいいでしょうか?」



 エルペスは、国王陛下に確認する。



「この地には50名が食事担当をしております。河川工事に約50名ほどが参加しております。10人ほどで順番に監視するのが精一杯だと思います」



 プリムスは現状を話す。



「10名しかいないのなら、それ以上は望めないだろう」


「では、後続に食料班から10名を国境地帯に行くように伝言をお願いしてきます」


「それでよかろう」


「はい」



 エルペスは、すぐに立ち上がると、ダイニングルームを出て行った。



「さて、プリムス、バコーダ王国は簡単な国ではないぞ。エリザベート嬢の噂を聞き出し、また誘拐を企てる恐れもある。この地も我が物にしようとする可能性もある。危険と隣り合わせだと自覚するように」


「はい」


「では、出発の準備をしなさい。エリザベート嬢は留守番だ。姿を見せるわけにはいかない」


「姿を消せば行っても構いませんか?」


「できるのか?」


『リーネ、できる?』


『可能だ』


「できます」


「では、許可を出そう」



 エルペスが走って戻って来た。



「さて、行こうか」


「はい」



 三人は返事をして、厩に急ぐ。



 +++



 国境には高い壁などは無かった。


 ただ、古い家屋が建ち、申し訳程度に柵がある程度で、道には可動式の柵があるだけだった。



「これはいかん」



 国王陛下は、その状態を見て、あまりのお粗末さに声をあげた。



「河川工事中の騎士団は、至急、こちらの作業にあてるように。門は、……エリザベート嬢、運べるか?」


「どれほどの物でしょうか?」


「かなり大きくて、かなり重いぞ」


『リーネ、できる?』


『不可能はない』


「不可能はないそうです」


「では、今すぐに運ぶとしよう。騎士団の移動をさせなさい。食料班も半分、こちらに寄越しなさい」


「はい、父上」



 後から駆けつけた騎士団が、馬を操りかけていった。



「ここに、コンクリートでできた門を作る。残った者は、国境地帯を平坦にしておきなさい」


「はい、分かりました」


「エリザベート嬢、シュタシス王宮に飛んでくれ」


「はい、後ろにどうぞ」



 国王陛下は、エリザベートの後ろに乗った。


 直ぐにシュタシス王宮のエリザベートの寝室に到着した。



「エリザベート嬢、一緒に来てくれ」


「はい」



 王宮の外まで歩いて、外にある倉庫の中に入ると、背の高い壁があった。


「この壁をあるだけ、運んでくれ」


『リーネできる?』


『容易い』



 エリザベートはリーネを下ろした。


 リーネが大きな壁を飲み込んでいく。



「地面に埋め込むレールだ。これも頼む」



 リーネは言われた物を全て飲み込んだ。


 それから、国王陛下は、山積みになった袋を指さした。



「コンクリートの粉末だ。これも頼む。接合に使う」



 リーネはそれも飲み込む。


 機材の山も指さした。


 それも指さした。リーネは全て飲み込んでいく。


 今夜の夕食は大丈夫だろうか?と夕食の心配をしてしまう。



「この国にある備品、全てだ。さて、足りるか?もう一度、イリス地区の国境に飛んでくれ」


『リーネ、大丈夫?』


『大事ない』



 リーネは体を大きくして、エリザベートを乗せて、その後ろに、国王陛下を乗せて飛んだ。



「ここにコンクリートの粉末の入った袋を出してくれ。機材も一緒にだ。テントを張れ」


「はい」



 リーネは言われた場所に、言われた物を出す。騎士は馬車からテントを運び出した。



「レールを埋められるように、しっかり掘ってくれ」


「はい」



 騎士達が素早く土を掘る。


 国境の壁を支える場所も掘っている。


 75名の騎士が一斉に動き出したので、動きは速い。


 その間に、馬に乗った国王陛下は国境の状態を見に行く。それを追うようにプリムスとエルペスとエリザベートが後を追う。



「平坦な国境だな。これは壁が足りぬな。ミミス王国との国境地帯にあった物を使うか?エリザベート嬢、できるか?」


『リーネできる?』


『見てみなくはな』


「見てみなければ分からないそうです」


「では、見に行こうぞ」



 国王陛下は馬を止めると、手綱をプリムスに渡した。



「父上、僕が行きます。ミミス王国の国境地帯を壊してもいいのですね?」


「ああ、いいだろう。今、危険なのはこの地とエリザベート嬢だ」


「分かりました」



 プリムスはエリザベートの後ろに跨がった。



「ミミス王国の国境地帯に頼む」


「お願いね」



 エリザベートはリーネを撫でた。


 リーネは空を駆けていく。



 +++



 ミミス王国の国境地帯には、高い壁ができていた。上空からその様子を観察する。



「この様な国境を作りたい。端から端まで持って来られるか?」


「そんな無茶な」



 端から端は目で見ることもできない。


 いくら無限の空間収納があるとはいえ、限界はあるのではないかと思う。



「できぬ事はない」


「リーネできるの?」


「ここを壊すがいいのか?」


「壊してもいい。今、危険なのはバコーダ王国だ。エリを奪われる可能性がある」



 エリザベートはブルリと震える。



(もうあの国には行きたくない。連れ去られるなら死んだ方がマシよ)



 バリバリギシギシともの凄い音を立てたと思ったら、国境は消えていた。



「では、戻る」



 リーネが言葉にすると、イリス地区の国境地帯に来ていた。



「みんな、一端離れてくれ」



 プリムスは大声をあげた。


 75人の騎士達と国王陛下、エルペスが国境から離れると、轟音と共にすごい地震がした。


 国の端から、壁が立った。



「残った場所に壁を立てる」



 レールの所は粉砕して使えなくなったが、他は使えそうだ。


 すぐに壊れたレールの場所は取り外され、今度は国境地帯の方から順番に壁を立てていく。国境には新しいレールを敷き、そこに壁を通して、一端、国境を封鎖すると、順に壁を立てていく。騎士達がコンクリートで隙間を覆っている。順番に壁を立てていく。リーネもコツを掴んだのか、上手く立てていく。


 夕方までに国境はできあがった。


 国境はこのまま封鎖しておくことにしたようだ。


 国境の詰め所は、作りなさなければ使う事はできないだろう。


 残った騎士達はボロの詰め所を砕き、焼き払っていた。


 コンクリートの壁を作る機材はシュタシス王宮の横にある騎士団駐留地の中にある。そこで、制作してもらい、この地に持ってくることになるだろう。



「エリザベート嬢、機材の片付けを頼む」


「はい」


『リーネ、お願いね』


『了解した』



 プリムスを地上に降ろして、エリザベートはリーネを撫でる。



『ありがとう』


『主の為だ』


「では、エリザベート嬢、私を国に連れて帰ってくれ」


「はい」



 国王陛下は、エリザベートの背後に跨がると、プリムスにニコリと笑った。



「寒くなる前に戻っておいで」


「できたらな。今日はありがとう。エリを危険に晒すところだった」


「エリと呼んでいるのか。仲良きことはいい事だ」



 国王陛下は、エリザベートの頭を愛おしげに撫でる。


 プリムスは不愉快そうに、国王陛下を睨んだ。


 その眼差しは、僕のエリに手を出すなと訴えている。



「そう心が狭くては、嫌われてしまうよ」


「プリムス、食事は届けるわ」


「ああ、待っているっていうか、ここから王宮まではかなりある。待たせるかもしれない」


「お風呂を沸かしておくわ」



 パッとリーネが姿を消した。



「国王陛下、荷物はあった場所でいいのかしら?」


「そうだね、できたら壊れたコンクリートは、廃棄場において欲しいが」


「では、案内をお願いします」


「壁は全部、使ったのかな?」


「全て使った」リーネが答えた。


「これは、財政難だな。至急、新しい壁を作っておかなければ、万が一の時に困るな」


「廃棄場はどこだ?」リーネが低い声で聞く。


「外だよ、ちょっと離れているから、案内させてくれるか?」


「さっさとしろ」



 リーネは空に浮かんだ。



「瓦礫が重なった所だ」


「了解」



 瞬時にその場に飛び、コンクリートの瓦礫を落とした。



「世話かけたね。神様」



 リーネはもう返事はしなかった。瞬間移動でエリザベートの寝室に飛んだ。


 エリザベートと国王陛下は、リーネから下りた。


 すぐに子猫の姿に戻ったリーネをエリザベートは抱きかかえて、体を撫でる。



「国王陛下、今日はありがとうございました」


「いや、我が国も戦は避けたいからね。それよりも、体がヒリヒリしないか?顔も腕も足も真っ赤だよ」


「そう言えば、ヒリヒリします」


「着る物を新調しよう。日焼け予防になる洋服をね」


「国王陛下」


「専属騎士も要らなそうだ。通常業務に戻させるよ」


「ありがとうございます」


「神獣殿、エリザベート嬢を頼むよ」



 リーネは大きなあくびをした。



「国境から宮殿までは3時間はかかるだろう。先にお風呂に入っておきなさい」


「はい」


「ではな」



 国王陛下は、エリザベートの寝室から出て行った。



「リーネ、今日はありがとう。夕食は無事かしら?」


「大事ない」


「ありがとう」



 リーネを抱きしめると、ずっと黙っていたコルが大きなため息を吐いた。



「主、日焼けは火傷と同じだと教わったでしょう。もう鏡を見てごらんなさい。酷い有様よ」


「そんなに酷いの?」



 寝室から出ると、モリーとメリーが、「お嬢様、日焼けは火傷と同じと申し上げたでしょう。自力で治せないのなら、お薬をお持ちしますよ」と捲し立てる。


「治すわ。治癒」



 チラリとドレッサーを見ると、見事に真っ赤になった肌がキラキラと光りを浴びて、元の肌色に戻ってく。



「さあ、お嬢様、国王陛下からお風呂の時間だとうかがいました。綺麗にいたしましょう」


「はい」


「最近はシャワーばかりでしたから、綺麗にいたしましょう」


「シャワーでもいいのよ。まだ暑い季節ですもの」


「体の疲労はゆったり湯船に浸かって取る物ですわ」


「……はい」



 そう思うから、イリス王宮で働くプリムスやエルペスにお風呂を用意するのだけれど、自分の事は御座なりになってしまう。


 モリーとメリーは気合いを入れて、エリザベートを綺麗に磨いてくれた。


 汗ぐっしょりだったので、とても気持ちがよかったけれど、お風呂から出るとあくびが出る。


 モリーとメリーは、あまりに眠そうなので、ネグリジェを着せてくれた。



「お休みなさいませ」


「おやすみなさい」



 モリーとメリーはエリザベートを寝室のベッドに寝かすと部屋から出て行った。


 けれど、


 まだ食事を届けていないし、お風呂の準備もしていない。


 眠い目を擦りながら、ネグリジェからワンピースとドロワーズに着替えると、ベッドで眠っているリーネを抱き上げた。



「イリス王宮に連れて行って」


「このまま寝てしまえばいいものを」


「お風呂の支度もしなくちゃ。お水も補充できてないのよ」


「魔道具でも、よかろう」


「だめ、魔道水は美味しくないって、言っていたもの」



 抱き上げているリーネを揺すると、リーネはふわりとあくびをしてから、腕から飛び降りた。


 それから、リーネはやっと体を大きくさせてくれた。


 そこに跨がって、エリザベートはプリムスとエルペスが待つイリス王宮に向かった。



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