第3話 貴族の屋敷 ナルコーゼ侯爵
ミミス王国が墜ちた。
新王が立った日にオリエンス公爵が新王を狙撃した。その結果、オリエンス公爵の一家は皆殺しになった。
その亡骸は今も王宮の前庭に晒されている。
日々、朽ちて行く様子を見ながら、ナルコーゼ侯爵もこれからの事を考えなければならなくなった。
偽物と言われていた聖女は本物で、本物だと言われていた聖女が偽物だった。
笑顔で魅了する愛らしい王太子妃であったが、元は孤児であった。
男爵家の養女になり、王太子の寵愛を受けて、王太子はエレナに夢中になっていた。
我が娘と同い年のエレナは、娘の友人でもあった。
結婚式には、エレナを祝い大々的なパーティーでは、自分の事のように喜んでいた。
我が娘の名は、フラウ。フラウはエレナの味方になるために、エリザベートを貶んでいた。
王家の亡骸を慈愛の炎で燃やし、黄泉の国へ送った様子を見て、フラウは青ざめていた。
毎日、『偽物』『不細工』等と汚い言葉で詰っていた偽物聖女が、実は本物の聖女だったと知って、仕返しを恐れた。
食事の施しをもらいに行くのも、怖いと泣き出す。
紅茶しか淹れられない妻とフラウは、爵位を奪われ、それもショックで、この先、どのように生きて行けばいいのかと絶望している。
我が家には、まだフラウの弟、10歳の息子がいるが、10歳の息子に河川工事に行けと命令することもできない。
資産は0となって、住む家も領地へと行くより仕方が無いが、食べ物がない。
もう使用人を雇うお金もない。
この家にいた使用人は、全て解雇した。河川工事に向かったようだ。
家の明け渡しは7日と言われた。
食事をもらい自宅の邸宅に戻ったナルコーゼ侯爵は、これからどうしろというのかと憤りを感じた。
まだ幼い息子と紅茶しか淹れられない妻と娘を抱えて、資金を貯めることも難しい。
領地に戻れば、炊き出しの施しをもらう事はできなくなる。
恥をさらして生きて行かねばならないなら、黒死病に罹り死んだ方がマシだったかもしれないと思う日もあるが、命は聖女様に救われた。
メテオーラー公爵家は、既に引っ越しをしたようだ。
期日まで、もう数日になって、ナルコーゼ侯爵は家族に引っ越しの用意をするように言い渡した。
だが、妻と娘の姿がない。
妻と娘の名を呼び、屋敷の扉という扉を開けていくと、寝室のベッドに妻と娘、息子も並んで横になっていた。
気疲れから眠りに落ちたのだろうと思い部屋に入ると、血なまぐさい匂いが鼻を突いた。
「おい」
ベッドに駆け寄ると、三人は自害していた。
せっかく黒死病から守る事ができたのに、未来を憂いて旅立ってしまった。
妻が息子を殺し、娘を殺し、そうして、自殺したのだろう。
妻の腕の中には、息子の亡骸があった。
ナルコーゼ侯爵は、愛する家族を失って絶望した。
ナイトテーブルの上には、妻の筆跡の手紙が置かれていた。
『あなた、先に逝きますわね』
まるで、追ってこいと言うような手紙だった。
ナルコーゼ侯爵は、亡骸の前で悩んだ。
全てだ。全て失っても、一人で生きて行くのか?
それとも、ここで命を絶つのか?
もっと早く、出て行く準備をさせるべきだった。
この先も守ると言えなかった勇気のなさに、辟易した。
それなら、妻の望んだように、一緒に旅立つか?
腰に携えたナイフを抜き、首にあてるが、涙が溢れる。
「どうして死んでしまったのか?」
爵位などなくても、家族で平民として生きて行くことはできたはずだ。
その悔しさに、涙が溢れる。
ナイフを置いて、妻や子供達を抱きしめる。
既に冷たくなった息子を抱いて、庭先に連れて行く。
順に娘、妻と庭先に並べて、ナルコーゼ侯爵は、王宮に出向いた。
できれば、聖女様に安らかに黄泉の国へ送ってもらいたいと思ったのだ。
けれど、聖女様は、いなかった。
炊き出しの騎士に、聖女様は夕方に来られると言われた。
夕方、もう一度王宮に足を運んだ。
聖女様の前には、王子とその側近がいた。
「ごめんなさい。今はできないの」
聖女様は申し訳なさそうに、頭を下げた。
「いつならできるのですか?」
「聖女様は、今は体調を崩されておる」
側近が言葉にしたが、どう見ても病気には見えない。
「力が戻るまで、待っていただけますか?」
聖女様がそう言った。
牢屋に入れられていた小娘だ。
黙って言う事を聞けばいいのに、今はできないと言う。
哀れな妻と子供達を黄泉の国に送るのは、そんなに難しい事なのか?
「力はいつ戻るのですか?」
「分かりませんが、力が戻ったら必ず送ります」
ナルコーゼ侯爵は、憎しみを込めて聖女を睨んだ。
この聖女が娘を追い詰めたのだ。
怖いと泣いていた姿を思い出し、腰に手を持って行く。
王子と側近が聖女を守るように、素早く前に出た。
ナイフは部屋に置いて来たことを思いだした。
なんと惨めことだろう。
娘の敵を討つことすらできない。
無力な父を許してほしい。
「エリ、行こう」
「はい」
立ち尽くしていると、王子は、聖女を連れて行ってしまう。
ナルコーゼ侯爵は邸宅に戻り、亡骸にベッドカバーを乗せて、見えないように隠した。
それから、資産になりそうな妻や娘に贈った宝石を集めた。
宝石を見るたびに、妻や娘の笑顔が思い出された。どの宝石にも思い出が詰まっている。この宝石を売って一人で生き延びるのは辛すぎる。
残りの食料を掻き集めて、引っ越しの準備をし始めた。
もっと早くに引っ越しの準備をすればよかったのだ。
悪いのは自分だが、この邸宅は誰が何と言おうが、ナルコーゼ侯爵の物だ。
どうして、明け渡さなければならないのか、納得がいかない。
部屋に戻らず、夜は家族の亡骸の傍にいた。
何日、日にちが過ぎたのかわからない。屋敷の明け渡しの日付は過ぎていたが、聖女様が王子とその側近を連れて、屋敷にやって来た。
「遅くなってすみません」
「ナルコーゼ殿」
側近に肩を揺すられ、正気に戻る。
「今から、大切な奥様やお子様達を黄泉の国に送ります」
聖女は深く頭を下げた。
「……お願いします」
ベッドカバーを捲ると、愛する家族の亡骸はウジが湧き、美しい面影は少しもなかった。
「どうして私の愛する家族は、これほど醜く死んでしまったのだ?何の罰だ?それほど深い罪を背負ったのか?」
ナルコーゼ侯爵は、声を上げて泣いた。
愛する家族の亡骸に青白い炎が灯ったとき、ナルコーゼ侯爵は、ナイフで自害した。
一緒に旅立ちたい。
一人は嫌だ。
息を飲む聖女を庇うように前に出た王子の姿を見ながら、意識は吸い込まれるように無くなっていく。
「一緒に逝かせてやってくれ」
王子の声だろうか?
その声にナルコーゼ侯爵は、心から安心して意識を手放した。
エリザベートは四人一緒に聖なる炎で包んで、灰にまで燃やすと、突風を巻き上げ、その灰を黄泉の国に送った。
それから、屋敷を浄化した。
+++
約束の期日を迎えた後、プリムスは騎士に命じて、貴族の家の中を捜索させた。
屋敷で亡くなっている貴族も多くいて、亡骸は集められた。エリザベートは亡骸を黄泉の国に送った。
15貴族しか残されなかった貴族なのに、貴族街から旅立ったのは、たったの3軒だった。後は自害してしまった。
プリムスとエルペスはエリザベートに穢れが残らないか心配したが、穢れは残らなかったようだ。
プリムスは父王に貴族の顛末を書いて、エリザベートに届けてもらった。
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文章を書き足しました。
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