第五章
第1話 牢屋のエリザベート
「まったくホタモス王太子がエレナのような女狐に騙されて、エリザベートを婚約破棄し、国外追放するからミミス王国は滅亡してしまったのだ」
ミミス王国の国王の王弟であるメテオーラー公爵は、ベッドで眠る妻を見ていた。
疫病が流行りだして、王宮近くにある邸宅に身を寄せていた。
戦が起きれば、領地ではなくて、王都に集まるのが通例になっている。
高位貴族は王都にも屋敷を持っている者も多くいた。
領地の屋敷に執事を雇い留守を頼んで、たまに見回りに行き、領民を働かせ税金を納めさせて、生計を立てていた。
ミミス王国は絶えず、水不足で、聖女の噂のあるエリザベートを探していた。そのエリザベートを探し出してきたのは、誰でも無いメテオーラー公爵だった。
ただエリザベートには、高額な金額が付けられていて、個人で買うには高すぎた。
シュタイン王国の第三王女であるエリザベートは、聖女の力があると有名だった。
その彼女を誘拐したのは、隣国のバコーダ王国だった。
バコーダ王国もミミス王国と同じで、土地は痩せていて、いつも水不足だった。
まだ幼いと言える13歳の少女を誘拐し、聖女の力を使わせるために、バコーダ王国の国王陛下は力で従わせようとした。
聖女は処女でなければ効力がなくなるかもしれないという噂だけは信じて、それ以外はエリザベートに行ったという話を聞いた。
治癒の力を使わせる為に、何の罪もない民を目の前で傷つけ、「止めて」と泣き叫ぶ彼女の前で、人の死を見せたこともあるという。
それでも力を使わないエリザベートに指や足の爪を剥いだり、鞭で打ったりして体に傷を付けたりした事もあったと聞いた。
どんなに傷を負っても治癒の魔術は使われなかったと聞いた。
戦の場で、戦士の傷を治し、病気の民を治したと噂に上がった程だったのに、実際は、自身に受けた傷さえも治せない。力などない子供だと評価され、メテオーラー公爵がエリザベートを見つけた時は、野獣を捕らえる檻の中に生気をなくした子供が膝を抱えていた。
力はないかもしれないけれど、過去の功績がエリザベートに付加価値を付けていた。
慈愛の雨を降らせ、作物を豊作にする。
疫病を治し、感染を防いだ。
どれも、噂話では聞いた事のある話だった。
生気をなくした子供にそんな力があるのか、メテオーラー公爵も噂は噂かもしれないと思った。
だが、提示されていた金額から、半額の金額を提示され、国に持ち帰り話し合いをしたいとミミス王国の意向を示した。
犬猫のように、食事は硬いパンを牢屋に投げ込まれ、細い腕がそっと伸ばされる。
爪の剥がされた指先が、パンに触れて、痛みでそっと手を引く様子を見て、力で従わせるのではなく、宥めてやれば、もしや心を開くのではないかと思ったのだ。
ミミス王国で議会にかけた。
提示された金額は減額されたが、決して安い金額ではなかった。
ミミス王国の国庫に眠る全財産の三分の一が、エリザベートの金額だった。
無駄金になるか生き金になるか、何週間も議題に上がった。
約束の期日まであと数日という日に、王妃が決断した。
「両親、兄姉をなくし、いきなり誘拐されれば生きる意欲も失せるであろう。心を開かせれば、慈愛の雨も降るでしょう」
王妃は自分の息子の婚約者として招きたいと言った。
メテオーラー公爵は、本当は自分の養女として招き入れたいと思っていた。
心を開かせるのであれば、我が子のように可愛がれば、もしや……と思っていたが、国費を使うとなれば、国王陛下が決める事だった。
メテオーラー公爵と国王陛下は兄弟だった。
「メテオーラー、エリザベートを見せてくれ」
「仰せのままに」
メテオーラー公爵は国王陛下を連れて、隣国に向かいエリザベートを見せた。
「なんと牢屋に入れられておるのか?」
生気をなくした子供が顔を上げて、スッと目を逸らした。
可愛らしい顔立ちをしているが、手足も細く体も倒れそうなほど痩せていた。
切られていない白銀の髪は、伸び放題で薄汚れている。
「其方は、聖女の力はあるのか?」
その言葉に返事はなかった。
「どうしますか?兄上」
「妻が息子の婚約者にすると言っておる。試しに賭けてみてもいいだろう。我が国は、年中水不足だ」
その言葉で、エリザベートはミミス王国のモノになった。
「私が育てましょうか?」
「何を言っておる。国費で買ったモノだ。個人で所有してみろ。議会が荒れるぞ」
あの時、もっと我を通せばよかったと思ったのは、ミミス王宮で見たエリザベートの姿だった。
部屋はなく、牢屋で育てられていた。身につけている物は罪人が身につけるような粗末な洋服だった。
これでは、心は開かないであろうとメテオーラー公爵は思った。
食事も硬いパン一個。
痩せた体は、極度の栄養失調だと思われる。
立場は、王太子の婚約者となっていたが、扱いは罪人だった。
冷え切った心は、きっと温まらないだろうと思えた。
「兄上、彼女は王女であった。誘拐され、虐待された身であるぞ。心を開かせるならば、ベッドを用意し、温かな食事を与えたらどうなのだ?このままでは、頑なに心は閉じていくのではないか?」
「このモノは、口を利かぬ。無駄金だったかもしれぬ」
「それなら、彼女を私に預けてくださいませんか?」
「それはならぬ。大金を払って買った娘(モノ)だ」
結局、彼女は無駄口を叩かず、王妃のお茶会でも静かにお茶を飲むだけだった。
菓子のひとつも出してやれば、心を開いていったのかもしれないが、彼女に与えられる物は、一日に硬いパン一つと王妃が淹れた紅茶一杯だった。
唯一、マシになったのは、お風呂に入ってもいいと言われた事だろうか?
指の全ての爪を剥がされていた彼女に自分の体は洗えなかった。だから使用人が彼女を綺麗に洗った。すると、薄汚れていた髪や肌は、本来の色を現した。
王家に生まれた血統を思わせる白銀の髪と白磁のような透き通る肌。宝石のような黄緑の瞳は美しかった。
メテオーラー公爵は、彼女に年相応の下着と絹のワンピースを贈った。
「名も知らぬ、貴族様、ありがとうございます」
初めて、彼女の声を聞いた。
愛らしく美しい声だった。
「私の名はメテオーラー。公爵だが、国王の弟になる。不便があるようなら、その名を呼ぶがいい」
彼女は淑女の礼をした。
だが、彼女は何も望まなかった。
爪が生えるまで使用人が彼女を洗ったが、爪が生えると彼女は放置された。
メテオーラー公爵は、時々、彼女に会いに行ったが、視線が合うことはなかった。
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