第5話 河川工事 2
両親のお墓参りに行ってから、朝食を戴くと、総騎士団長のところに出かけた。
工事に必要な機材が集められていた。
かなりの量だ。
リーネを下ろして、総騎士団長に挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう。ずいぶんたくさんあるが、大丈夫か?」
「はい。そう言えば、食料の備蓄、シャンプーや石鹸が、そろそろなくなるそうです。魔道具の水がなくなったと言っていました」
「それは、明日までに準備をしておこう」
「お願いします」
ピョンとリーネが、エリザベートの腕に戻ると、大量にあった機材が綺麗に無くなっている。
「これは、素晴らしい。さすが聖女様だ」
エリザベートは、ニコリと微笑んで、「ありがとうございました」と声をかけた。
部屋に戻ると、イリス王宮に飛んだ。
まだ、プリムスとエルペスは、朝食を食べていた。
「おはようございます」
「おはよう」
二人はエリザベートの姿を見ると、嬉しそうな顔をした。
「機材を持って来たわ」
「それは助かる」
「昨日、国王陛下とお話をしたんだけど、資金不足になってきて、こちらの金鉱山を掘りたいとおっしゃったの。でも、こちらでは、食糧不足でしょう?だから、あちらの地区で鉱山があったらいいなって、おっしゃっているの。イリス地区がこれほど貧困だとは思っていなかったらしいの」
「この間、見つけた鉱山を父上に教えるのか?」
「迷っているのよ。宝玉のある鉱山がいいとおっしゃっていたの。確かに、この間の鉱山は、宝玉のある鉱山だったけれど、あの鉱山はプリムスにもらって欲しかったの。時間を見つけて、もう少し探してみようかと思うの。まだわたしの穢れは完全に取れていないから、精霊王様のところに通わなくてはならなくて、お昼寝も必要だけれど、鉱山探しもしなくてはならなくては……」
はぁ~とため息が出る。
あれもこれもしなくてはならないと、一日24時間では足りなく感じる。
「エリは、まず体調を整えろ」
「そうだよ、無理をして倒れてしまったら、本末転倒だ」
「そうよね?」
また聖女の力が使えなくなったら、水の補給もできなくなってしまう。
イリス地区の水瓶がどうにかなれば、軌道に乗ってくる。
エリザベートが考えている間に、ふたりは食事を終えた。
食器を片付けに立った時、エリザベートも一緒に炊き出しの場所に出かけて、「お肉いりますか?」と声をかけた。
「是非、ください」
調理部の騎士が、喜んで声を上げた。
「熊と猪、どちらがいいですか?」
「では、今日は猪で」
騎士達と中庭に移動をすると、新鮮な猪を五頭、リーネが出してくれた。
「ありがとうございます。聖女様」
「いいえ」
調理部の騎士達は、急いで解体作業に入った。
「エリ、狩りも行っているの?」
「これは、以前に狩った物なの。新鮮なまま保存が利くの」
「あまり無理はしないで欲しい」
「分かったわ」
「そろそろ河川工事現場に向かうけど、一緒に来てくれるか?」
「勿論よ。でも、機材はあちらに置きっぱなしにするの?」
「それも、心配なんだよ」
「何だか盗まれそうな気もして」
プリムスもエルペスも、かなり頭を悩ませている。
「それなら、馬車を二台ほど持って行ったらどうかしら?面倒だけど、毎日、運ぶしかないわね」
「それしかないかな?」
「プリムス王子、馬車の手配、してきます」
エルペスは、騎士達の中に入っていった。
騎士達は既に、出発の準備をしている。
「二台分の機材もあるのか?」
「王宮にある物を集めたみたいに、たくさんの機材を準備してくださったの。あちらの王宮では新しい物を買うように宰相様とお話をしていたわ」
「そうか、こちらに運ぶ物資もかなり多いから、王宮の備蓄金が減ってきたんだな。シュタシス王国の国民の税金を増やすわけにいかないから、新たな事業を探さないと資金不足は埋められないのだろうな」
「そう言っていたわ」
プリムス王子は、納得した顔をしていた。
「この地区を放置するわけにもいかない。シュタシス王国の一部になったのなら、この地区で食べ物くらいはまかなえるようにならなくてはな」
「精霊王様が、湖の周辺は聖域にして、森で隠してしまうほうがいいとおっしゃったの。精霊王様のお子のお魚を一匹くださるそうよ。その魚を食べたり殺したりしたら、この地区は破滅を起こすらしいけれど、大切にできるなら、加護をくださると言っていたわ」
「それは素晴らしい」
「そうだわ、コル、池の位置を考えて、印を替えてくれる?」
「任せて」
コルはエリザベートの肩から飛び上がると、空中を一回転して、キラキラ煌めく光りを点した。
「池の周りに花を咲かせたわ。池は深く掘ってね。魚を放流するのよ」
コルはコロコロ笑いながらプリムスに指示を出した。
「コルありがとう」
「いいえ、主の頼みですもの」
「後は掘り進めるだけだな」
「大変そうだけれど、それは、わたしにはできないわ」
「ああ、後は任せてくれ」
プリムスは、先が見えてきたように微笑んだ。
「プリムス王子、厩に行きますよ。馬車の手配は終わりました」
「ああ」
エルペスの声にプリムスは答えた。
プリムスとエリザベートは、並んで歩く。
「機材を運んだら、一端、戻ります。夕食の時間になったら、またこちらに来ます」
「すまないな」
「いいえ、今のわたしには、これくらいの事しかできないの」
「これくらいの事ではなくて、素晴らしい事だ。エリ、胸を張れ。エリは素晴らしい聖女だ」
「ありがとう」
プリムスの言葉に、エリザベートは胸が温かくなった。
聖女として、胸を張ろうと、心に強く思った。
+++
河川工事の現場を見て、これはなるほど、プリムスとエルペスが頭を抱えると思った。
一日、働いても僅かに上っ面を舐めた程度にしか進めていない。その反面、騎士達が掘った方は、かなり進めている。この差を見たら、やる気も失せるだろう。
農機具は大量に地面に置いた。
「いいか?この器具は貸し出しだ。持ち帰った者は罰を与える。しっかり働いた者には、賃金を払う。しっかり今日も働いてくれ」
「はい」
民はしっかりとしたスコップや鍬を手渡され、工事に取りかかかった。
工事が始まったので、エリザベートは、「戻るわ」とプリムスに告げて、姿を消した。
+++
王宮に戻ると、モリーが買ってきてくれた市井に住む平民の洋服を身につけた。
綿素材で、可愛らしい花柄のワンピースだ。
何着か買ってきてくれたが、どれも可愛らしい物ばかりで、エリザベートは、心が躍った。
お金の入った袋を返してもらったが、それほど減った感じはしなかった。それをリーネに預けた。
「リーネ、精霊王様のところに行くわ」
エリザベートは、リーネに跨がる。
専属騎士に見つからないように、寝室の窓から出て行く。
午前中、湖で虹色の魚たちと泳ぐ。精霊王様に「戻りなさい」と言われるまで泳いで、シャワーを浴びて、お昼を戴くとエリザベートは眠る。
エリザベートの穢れは1週間ほどで取れた。
聖女の力も元に戻ったような気がした。
先ずは、晒された公爵家の家族を黄泉の国に送ろうと思った。
朝、河川工事に行く前に、エリザベートは朽ちかけている遺体を前に、聖なる炎で焼いた。
炊き出しに並んでいた民が、祈りを捧げている。
プリムスとエルペスは、エリザベートの背後を守っている。
灰まで焼かれた遺体は、旋風に乗って黄泉の国に旅立った。
漂っていた腐臭もなくなり、今夜は慈愛の雨を降らせる予定でいる。
エリザベートは国王陛下に、野菜の種や苗をもらえるか尋ねていた。
朝食後に、「準備ができた」と国王陛下に言われて、騎士団倉庫に食後に取りに行った。
農家に芋や野菜の種を配布して、植えるようにプリムスは指示を出した。
河川工事には、主に男性が働きに来ている。女性に自宅の農家を耕してもらい自給自足できる環境を作り始めた。
エリザベートが穢れを落としていた1週間の間に、騎士団達が掘り進めている川は池まで到着している。
民も新しい農機具を使い始めて、しっかり河川工事が始められた。
地図もできあがって、区画整理が始まった。
川に沿って、田畑を配置していく。
リーネやコルが、色々教えてくれる。
監視を騎士に任せて、イリス王宮で地図を広げて、三人と二体は話し合う。
コルがピンク色と黄色の花を咲かせて、田畑の区別をした。
「後は、掘り進めるだけだ」
最終的にイリス地区の川はシュタシス地区の川と繋がる。
「先ずは、川が二本できあがったら、湖を作ろう」とリーネが言った。
一度に五本の川を作ることは難しい。
少しずつ開発していけばいい。国作りは始まったばかりだ。
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