第4話   寝坊



 目を覚ますと、午後の4時近くだった。


『リーネ、どうして、起こしてなかったの』


『主を回復されるためには、眠るのが一番の治療』


 急いで顔を洗って、支度をする。


『リーネ、お願い』


 子猫の姿のリーネを抱きかかえると、急いでダイニングルームに向かう」


『髪が跳ねているわ』


 コルがコロコロ笑っている。


『髪は跳ねていてもいいわ。早くしなくちゃ』


 ダイニングルーム入ると、シェフが待っていた。


「寝坊してしまって、ごめんなさい」


「すぐに、並べますね」


「お願いします」


 手櫛で、髪を梳かす。跳ねていても笑われないと思うけれど、身だしなみの一つだ。


 素早く、料理が並んでいく。


「今日もご馳走ね」


 リーネが素早く片付けてしまう。


「シェフ、ありがとう」


「いいえ」


 急いでダイニングルームから、私室に戻るとベッドルームの窓を開ける。


 リーネはもう大きな体になっている。


 急いでリーネに跨がると、コルが、エリザベートの髪を一房掴んだ。


 その瞬間に、イリス宮殿に到着した。


 直ぐに、地上に降りると、宮殿の敷地に入っていく。


 炊き出しの水瓶が空になっている。


 急いで、そこに水を入れた。


 昨日は入れられなかったし、午前中は少ししか出なかったのに、今は水が出た。



「聖女様、ありがとうございます」


「お肉は、遅いですよね?」


「直ぐにでも欲しいのですが、もう暫くしたら日没ですので、できれば、明日の朝にでも」


「分かったわ。今日はプリムス王子は、お出かけですよね?」


「河川工事に向かっております。そろそろお戻りになるかと思います」


「ありがとう」



 急いで宮殿内に入っていく。



「浄化」



 まず、宮殿内を浄化する。


 昨日は三回かかった浄化も一度でできた。


 大浴場に入ると、もう一度、浄化をした。


 汚れていたお風呂が綺麗になる。


 水を入れるタンクは、空っぽになっていた。


 そこに、水を入れる。


 今度は大きな湯船に向かった。


 浄化をしたので、湯船の水は綺麗になっているが、今日で3日目のお湯は気持ちいいだろうかと悩む。万が一、抜いてしまって、水が出なくなったらと考えて、リーネに聞く。


『お水、入れ替えた方がいいかしら?抜いてしまって、水が溜まるかしら?』


『試したら、どうだ?』


『そうよ、試したらいいわ』


 コルまでコロコロ笑いながら答える。


 昨日のように止められなかったので、水を入れ替える事にした。水が抜けるまで時間がかかる。


 その間に、灯りを点して、シャンプーや石鹸は足りているか確認する。既に新しいシャンプーや石鹸が出されていた。騎士達が準備をしたのだろう。ボイラーのスイッチを入れておくと、大きな湯船に戻った。水が抜けた湯船の栓をしっかり閉めると、「水」と唱えた。


 バサッと水が湯船に入った。


 今度は、水を温める。


 慈愛の熱で、温めていく。手で湯をかき混ぜて、気持ちのいい温度まで上げていく。


 今は夏なので、熱すぎるとのぼせてしまう。


 気持ちのいい温度まで上げた。


「できた。リーネ、コル、できたわ」


 エリザベートは飛び上がって、喜ぶ。


『もう暫く、湖で体を清めたら、聖なる力も元に戻るだろう』


『明日も行くわ』


『お昼寝も大切よ』


『分かったわ』


 お風呂の準備ができたので、プリムスとエルペスを迎えに行こうとしたら、二人がお風呂場を覗いていた。


「お帰り」


 エリザベートは、声をかけた。


「今日は来ないかと思っていたんだ。体調は大丈夫なの?」


「お昼寝をたくさんして、寝過ごしてしまったの。お陰で、大分よくなっているわ。午前中は精霊王様のところに行っていたの」


「心配していたんだ」


「今日のプリムス王子は、どこかうわの空だったな。でも、元気そうで安心した」


「二人ともお風呂に入っておいで」


「そうさせてもらうよ。汗、ぐっしょりなんだ」


「ものすごく暑くて」


 エリザベートがお風呂から出ると、代わりに二人が入って行った。


「ダイニングルームにいるね」


「うん」


 ダイニングルームに向かうと、テーブルは昨日のままの状態だった。リーネが灯りを点していく。


 片付けてもらうのも悪いほど、お皿が汚れている。


「浄化」


 強制的に綺麗にしてしまうと、リーネがお皿を片付け始めた。


 二人の洋服も「浄化」とする。


 今度は騎士団長を探して、不足分の備品はないか確認する。



「今日は水がなかったから、魔道具の水の備蓄がなくなってしまった。シュタシス王宮に戻るときに困るから、ついでの時にもらってきてもらえるかな?」


「シャンプーや石鹸、食料は大丈夫ですか?」


「それも、残り少なくなっている。急ぎじゃないけど、ついでの時にお願いしたい」


「分かりました」



 ダイニングルームに戻ると、二人は普段着を着ていた。



「汚れた洋服まで綺麗にしてくれて、ありがとう」


「暑いけど、民の前では正装をしないといけないから、とても助かる」



 リーネを下ろすと、リーネはテーブルの上に料理を並べる。



「騎士団長のところに不足分がないか聞いてきたの。二人は、不足分はない?」



 いただきますをして、食事を食べ出す。



「実は民が持っている土を耕す物が、木製で、ちっとも掘れないんだ。土を運ぶ為の台車も足りない。足りない物ばかりだよ」



 食事を食べ出すと、プリムスは、参ったと本当に困った顔をしている。



「騎士団と一緒に働かせると、作業の差を見て、手を止めてしまうんだ」



 エルペスも困った顔をしている。



「元貴族も家から出ていかないし、かといって、工事に来るわけでもないし、困ったよ。地図ができてないから区画整理もできない」



 二人は、「美味しい」と愚痴を交互に言っている。


「もし、困っている事があるなら、国王陛下にお手紙を書いたらどうかと思うの」



 カップに紅茶を注ぎながら、提案してみる。



「わたし、朝は熊か猪を届けに来るけれど、暫くは精霊王様のところに通って、穢れを取っていただくの。昨日は水が出せなくなってしまったの。ショックで先に帰って精霊王様のところに行ったの。今日は水を出せたけれど、穢れが取れるまで、精霊王様のところに通って、お昼寝をするように言われているの。夕食は届けに来るわ。備品も届けるけれど、わたしに着いた穢れを取らなくては、聖女の力は出なくなってしまうの」


 リーネが食べ終わった食器を片付けると、便箋と羽ペンを出した。


「熱は下がったの?」


「どうかしら?」


「下がったわ」とコルが言う。


「主は栄養失調であった。体力も落ちていた。まだ体力は完全に戻ってはいない故、無理はできない」


「そうだったの?」


「主は自覚がなくて、我々も困っておる」


「リーネ、わたし、困らせているの?」


 リーネは珍しく、笑った。


 コルもコロコロ笑っている。


 エリザベートは、少し不機嫌に頬を膨らます。


「直ぐに、手紙を書くよ。少し、待っていて」


 プリムスは、手紙を書き始めた。


 紅茶のお代わりを入れて、紅茶を飲む。


 エルペスもゆっくりお茶を飲んでいる。



 +++



 手紙を持って帰ると、まず、ダイニングルームに行って、テーブルにお皿を二日分出した。


「たくさんで、すみません」


「構いませんよ。これが、我々の仕事ですので」


 シェフは怒らなかった。


 その事にホッとしながら、自分の仕事を考えた。


 エリザベートは、聖女だ。


 心が不安定になると、聖女としての仕事ができなくなる。


(心が弱いのね?)


 まだ家族や民を死なせてしまった事を自分の責任だと思っているから、公開処刑の場面を見て、自分の家族と重ねてしまった。それで、心が不安定になってしまった。


(もっと強くならないと、わたしは聖女なのだから。今のわたしを見て、家族が認めてくれるように頑張ろう)


 気持ちを新たに、ダイニングルームを出ると国王陛下を探した。


 以前は、サロンにいた事を思いだして、サロンの扉をノックする。


「どうぞ」と叔母様の声がした。


 扉を開けて、お辞儀をした。


 今夜も二人はバスローブ姿だった。ゆったりと寛いでいるのだろう。


「国王陛下に、プリムス王子からお手紙を預かっています」


 手紙を差し出すと、「どれ、ありがとう」と、国王陛下は直ぐに受け取って読み始めた。


 鈴をチリンチリンと鳴らすと、使用人が入って来た。


「お呼びでしょうか」


「宰相を呼んでくれ」


「畏まりました」


 お暇しようとした時、叔母様が「お茶をどうぞ」と勧めてきた。


「でも」


「いいのよ、さあ、エリザベートお座りなさい」


「はい」


 勧められた椅子に座ると、綺麗なカップに紅茶が入っていた。


 カップを手に取り口に付けると、懐かしい味がする。叔母様の紅茶は母の味に似ている。


 ノックの音がして、叔母様がどうぞと声をかけると、あまり見かけない宰相が入って来た。


「お呼びでしょうか?」


「農機具をあるだけ、準備して欲しい。新たに、この国の物を買い足して欲しい。イリス地区には、農機具もないようだ」


 国王陛下は、プリムス王子の手紙を見せた。


 宰相は、それを読んで納得したように頷いた。


「金銭的に不足してくる。エリザベート嬢、金鉱山は確かにあるのだな?」


「はい」


「こちらの地区から、派遣させて、金鉱山の発掘も同時に行おうかと思うが、どうだ?」


「大丈夫だと思います。ただ、あちらに、食べ物がないので、大勢が生活するのは難しいと思います」


「食料か、大きな問題だ」


「作物の種など、ございましたら、慈愛の雨である程度は育つと思いますが、やはり、河川工事を先に行わなければ、いい物は育たないと思います」


 資金が足りないと言われて、エリザベートは悩んだ。


 この地区にも、鉱山があるにはある。


 プリムス王子に預けると言った場所もある。


 ただ、今は即答をするのを避けた。


「国王陛下、資金が足りなくなってきているのですか?」


「魔道具も高い。市民の税率を上げると、不満も出る。今まで、平穏に暮らしてきた。イリス地区の為に、この地区に負担をかけるわけにはいかない」


 尤もなことを言われて、納得する。


「もし、この地区に鉱山があれば、助けになりますか?」


「かなり助かる。正直、イリス地区があれほど貧困だとは思わなかった。いずれ、この地区と生活水準を同じにするなら、今、資金が必要だ」


「どんな鉱山をお求めですか?」


「鉱山を選べるのか?」


 国王陛下は、エリザベートの顔をじっと見る。


「金鉱山があるから、宝玉でもあれば、加工し、輸出もできるだろう」


「少し、探してみます。お時間をいただけますか?」


「ああ、無理をしない程度に、動きなさい。まだ体調は良くないだろう?」


「はい」


 エリザベートは、素直に返事をした。


 まだ本調子ではないのは事実だ。


「機材は明日の朝までに、あるだけは揃えさせる。騎士団長のところに行ってくれ」


「はい、お願いします。では、わたしは、休ませていただきます」


 国王陛下と宰相と叔母様にお辞儀をすると、サロンを出て行った。


『リーネ、コル、どうしたらいいのかしら?』


『先ずは、風呂に入って、眠れ』


 頭の中に、リーネの声がした。


 今のエリザベートに必要なのは、食事と睡眠だ。



 

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