第2話   精霊王様の湖



 食事を終えると、プリムスとエルペスが選んでくれた平民のワンピースを着て、バスタオルを持ち、湖にやって来た。


 バスタオルを置くと、靴を脱いで、水の中に入っていく。


 夏なので、膝までは気持ち良く入っていける。


 泳ぎを知らないので、少し恐怖がある。


 今日は精霊王の姿はない。


『精霊王様、お邪魔します』


 ゆっくり湖の中に入っていく。胸の辺りで立つと、髪が湖面に広がっている。


 足元を何かが撫でて通って行った。


 吃驚して片足を上げると、バランスを崩して転んだ。


『助けて』


『主、落ち着け』


 リーネの声がする。


『力を抜いて、目を開けてみるといい』


 言われたように力を抜いて目を開けると、水草が所々に生えていて、澄んだ水の中に美しい魚がいる。


 足が水底に付いて、体が安定した。


『綺麗な魚ね』


 魚は虹色をしていた。


 大きい魚は、子供の背丈ほどありそうだ。小さな虹色の魚もいる。


 息が苦しくなって、顔を上げると、精霊王様が立っていた。


『我が子よ。よく来た。昨日より、顔色はよくなったな。熱は、まだあるな?』


『精霊王様、綺麗な魚がいます』


『イリス王宮の近辺に湖を造るのだったな?湖ができたら、わしの子を一匹、連れていくといい。湖が清浄され、いい水が流れるであろう。だが、わしの子を殺せば、罰が与えられるが、どうだ?』


『精霊王様の子の虹色の魚は、人に簡単に捕まるのですか?』


『まず、捕まらぬ。水を抜き、太陽に晒せば、姿を見せるであろうが、そんなことをすれば、イリス地区の水は途絶える。生命は息絶えるであろう』


『そうしたら、湖で魚を釣るのは禁止した方がいいですか?』


『わしの子は、人の餌には釣られない。釣りはしてもいいが、魚は突然現れたりはせぬぞ』


『湖は聖域にして、池を作り、そこで、繁殖された魚を放流するのは如何ですか?』


『それは、いい考えだ。人は欲深きモノ。特別な魚がおれば、それを探しだし食べたいと思う者も出てくる。湖は森で隠すのがよかろう』


『そうします。プリムスも喜ぶと思います』


『我が子も嬉しそうだ』


『はい、とても嬉しいです。新しい国を一緒に……』


 エリザベートの瞳から涙が落ちる。


『わたしは力になっているのでしょうか?』


『水を出してみなさい』


『はい』


 両手を合わせて、『水を』と心で唱えると、掌から水が出てきた。


 けれど、以前はもっと大量な水を出せた。


『以前より少ないわ』


『我が子よ。泳げるか?魚のように、この湖で泳いで過ごせば、穢れも取れる』


『泳ぎ方が分かりません』


『息を吸ってから潜って、手や足でかき分けて泳ぐだけだ』


 脳裏にその様子が浮かび上がる。


『分かりました』


 息を吸って水の中に潜り、手でかき分けて、足をゆっくり動かす。


 エリザベートの周りに、虹色の魚が集まってきた。


 キラキラと輝く鱗が美しい。


 息継ぎに顔を上げると、湖面にリーネがいた。


「リーネは水の上に乗れるのね?」


「神の端くれなのでな」


 コルは他の妖精と遊んでいる。


 ピンクや黄色、いろんな色の妖精が湖の上や周辺に飛んでいる。


 息を吸って、また水に潜る。


 虹色の魚は、エリザベートを待っていたように、一緒に泳ぎだす。無心で魚たちと泳ぐ。


『我が子よ、そろそろ上がりなさい。お昼からお昼寝をしなさい』


『はい』


 水の中から顔を出すと、精霊王が微笑んだ。そして、姿を消した。


「楽しかったけれど、疲れたわ」


 エリザベートは、水の中から出ると、バスタオルで髪と体を拭くとリーネに跨がることなく、風呂場に転移していた。


『あら、どうして?』


『影を捕まえた』


『リーネは何でもできるのね?すごいわ』


『主、さっさとシャワーを浴びて、髪を乾かし、食事に行き、お昼寝だ』


『はい』


 すっとリーネの姿が消えた。


 髪を洗い、体を洗うと、シャワーでシャボンを流して、肌を整えると、魔道通風機で髪を乾かす。


 長すぎる髪はなかなか乾かない。


 誘拐される前から、美しく延ばしていた髪は、そのまま伸び放題に延びて長すぎる。背中辺りで切った方が手入れが簡単だと思うが、鏡を見る度に、母の姿に似てきた自分を見る度に、髪を切る気が失せていく。


 母の髪は、長くて、とても美しかった。


 髪と瞳の色は、母から受け継いだ。


 髪の長さは、今のエリザベートと同じくらいの長さだった。


 なかなか乾かない髪は、ある程度、乾いたら櫛を梳かした。


 兄や姉達は、父親似でプラチナブランドだった。瞳の色は濃いグリーンだった。エリザベートだけが、母似だった。


『リーネ、夕食は届けてもいいかしら?』


『それまで、眠ると約束するなら、送っていこう』


『ありがとう。お昼に行ってきます』


 リーネは返事をしなかった。


 ダイニングルームに入ると、国王陛下と叔母様とエオン王子が食事を食べていた。


「あちらに行っているかと思っていた」と国王陛下が言った。


「少し熱があるので、暫く、こちらにいるように言われていますの」


「まあ、お熱なら、安静にしなくては」


 叔母様は、慌てて立つと、エリザベートの額に触れる。


「穢れを受けてしまったみたいで、聖なる力が低下しているのです。その影響で発熱しているようです。暫く休めば、治っていくと思います」


「穢れですか?」


 叔母様は首を傾げる。


 説明するのは面倒なので、「はい」と、返事だけしておく。


 国王陛下は、理解したようで、叔母様を呼び戻して、食事を食べ始める。


 食事を終えた後で、国王陛下は、「すまなかったな、エリザベート嬢」と声をかけてくれた。


「国王陛下、わたしに力が戻ったら、晒されている一家を黄泉の国に送ってもいいですか?」


「ああ、いいだろう」


「ありがとうございます」


「それにしても、わしは、ずっと国王陛下と呼ばれるのか?叔父様でいいのだよ?」


「叔母様も本当は王妃様と呼ばなくてはと思っているのですが、叔母様は母のようで」


「それなら、わしは、父のようには見えぬか?」


「わたしの甘えなんです」


「叔父様でも父でも、わしも呼ばれたいな」


 国王陛下は、笑顔でエリザベートを引き寄せて、頭を撫でた。大きな手で、頭を撫でられて、胸がいっぱいになる。国王陛下は、にこやかにダイニングルームを出て行った。


 撫でられた頭を自分でも撫でる。


(嬉しい)


 エリザベートは、シェフに声をかけた。


「夕食を届けたいの。何時頃にできあがりますか?」


「午後の3時過ぎには」


「これから、少し休むので、それくらいに取りに来ます」


「三人分でございますか?」


「はい」


「畏まりました」


 エリザベートは、頭を下げると、部屋に戻った。


 直ぐにベッドに横になった。


 とても眠くて、クタクタだった。


 リーネとコルはエリザベートの枕元で、囁いている。


『今日は悪夢を見てないわ』


『午前中、よく泳いで疲れたのであろう。穢れもすぐに取れるであろう』


 リーネとコルは、眠るエリザベートを見守っていた。



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