第7話   イリス地区・狙撃



 朝食前にエリザベートの部屋に、プリムスが来た。


 先に両親の墓に行こうとしていたエリザベートは、今日は無理かなと諦めたが、温室に行こうと誘われて微笑んだ。


「今日は行けないかもしれないと思っていたの」


「習慣は替えない方がいい」


「ありがとう」


 まだモリーとメリーが来る前に洋服に着替えて、出発の準備をしていた。


 リーネを抱き、コルを肩に乗せて、早朝の温室に行くと、プリムスは幾つかの花をハサミで切って、花束を作ってくれた。


 それを持って、王家の墓に向かった。


 前日の花を片付けて、石版に花をたむけ、祈りを捧げる。


 その間は、リーネはエリザベートの横に座っている。


「お待たせしました」


 膝の砂を払い、リーネを抱くと、プリムスにお辞儀をした。


「騎士団の倉庫に行こうか」


「ええ」


 騎士団の倉庫に行く間、二人は黙っていた。


 お互いに緊張して、何を話していいのか迷いながら歩いていた。


 騎士団の倉庫に着くと、以前も会った、総騎士団長が待っていた。


「餅米と味噌と日持ちする野菜を準備したが、水はいらんのか?」


「水は、わたしが出せますので」


「そうだ、聖女様だったな。失礼した」


「いいえ」


 エリザベートはお辞儀をして、リーネを下ろした。


「酒は足りそうか?」


「お酒があると、皆、喜んでいます。もし、あれば、出してください」


 プリムスは、丁寧に言葉を発する。


 王子だからと、威張っている様子は見たことはない。


「王子からの差し入れと書いておこうか?」


「いいえ、総騎士団長からの差し入れで構いません」


 総騎士団長は最初から準備をしていたようで、酒樽が米俵の後ろに置かれていた。


「大変だと思うが、差し入れなら幾らでもするつもりでいる。何でも言ってくれ」


「はい、今の所は、これで足りると思います」


 総騎士団長とプリムスが話している間に、リーネが荷物を片付けてしまった。


「それでは、行って参ります」


 総騎士団長は、口を開けて、吃驚している。


「行ってらっしゃいませ。どうぞお気を付けて」


「行こう」


「はい」


 エリザベートは、リーネを抱きしめる。


『二人は緊張しているの?何か話せばいいのに』コルがコロコロと笑っている。


『緊張しているのよ。なんだか意識しちゃって』


『あら、恋かしら』


 コルは楽しそうに、飛んでいる。


「エリ、両親に婚約を承諾してもらった事を話してもいいかな?」


「わたしの事、好きなの?」


「最初に会ったのは、母と一緒に帰省した時だったね。エリは7歳だったかな?とても可愛らしいと思っていた。二度目に会ったのは、国外追放された白いドレスを着たエリだった。心を打たれたように、エリを好きだと思った。一緒に早駆けをするのも楽しかった。街に出かけた時も、心が躍った。婚約してもいいと言われた時は、幸せすぎた。愛称で呼んでもいいと言われた時は、舞い上がった。今、多忙な時期だが、この気持ちがあるから、苦労を乗り越えられそうなんだ。エリが頑張っているから、僕も頑張れる。この想いを両親に伝えたい」


「わたしもプリムスとなら、いずれ伴侶となってもいいと思っているの。でも、まだ時期ではないわ。結婚をしてしまったら、自由がなくなってしまうと思うの。まだ、この国の鉱山の場所も教えていないわ。新しいイリス地区の鉱山ももっとあるかもしれない。自由に動けないと、探せない。叔母様にお妃教育をしろと言われたら、出かけられないから」


「エリの気持ちは分かった。まだ両親には話さないよ。一緒にいろんな場所に行こう。確かにお互いの気持ちが一番、大切だと思う。一緒にいろんな事をしよう」


「ありがとう。我が儘を聞いてくれて。見ているだけは嫌なの。自分の使命を全うしたいし、やれることはやりたい。拘束されるのは、もうこりごりなの」


「エリは、リーネやコルに守られているけれど、僕にも守らせて欲しい」


「ありがとう」


「エリの両親の墓にも一緒に行くから」


 エリザベートは、頷いて、もう一度「ありがとう」と告げた。



 +++



 朝食後、正装した国王陛下は、正装した従者を二人連れてきた。


 正装したプリムスとエリザベートは、集まって立っている。


『リーネ、この位置で大丈夫?』


『ああ、いつでも行けるぞ』


「では、行きます」


 パッと姿が消えて、次に姿を現したのは、イリス地区のイリス王宮の前庭だ。

 騎士団達が動きを止めて、突然、現れた国王陛下の姿を見て驚いている。


「おはよう」


「おはようございます」


 国王陛下と従者は、すぐにリーネの上から退いてくれた。プリムスもエリザベートも直ぐにリーネの上から退いて、姿を消しているリーネを撫でた。直ぐに子猫の姿に戻って、エリザベートの腕の中に抱かれた。


『リーネ、ありがとう』


『リーネ、感謝する』


『礼には及ばない』


 子猫に似合わない、凜々しい声で、返事を返してくれた。


 お金は、リーネの中に金庫が入っている。


 この国は、一番安い金額はタンと呼ばれるらしい。10タンで1ポン、10ポンで1ゲラ、10ゲラで1オル、10オルで1テシ、平民はオル、テシで経済が回るらしい。貴族社会では、10テシで1フロン、10フロンで1リア、10リアで1レギ、10レギで1ロクスとなるらしい。ロクスまであるのは、最上貴族か王族くらいになるらしい。


 銀行の支店を派遣するまでの間は、この地域に残る貴族が両替をする事になっている。


 なので、金庫の中は、タンの紙幣とポンの紙幣、ゲラの紙幣、オルの紙幣、テシの紙幣が入っている。偽造を防ぐために透かしが入れられ、番号も入っているらしい。


 エリザベートはお金を持った事がなかったので、詳しく知らなかった。


 薬草を売った時に、初めてお金を手にしただけだ。それが、どれだけの価値があるかを知らずにいた。


 金庫を預かるときに、プリムスに教わった。


 先ずは、騎士団長の下に行って、備蓄品をわたす。


 一緒に食料庫に行き、餅米と味噌と日持ちする野菜を出した。


「騎士団長、わたし、熊や猪を持っているのですが、いりますか?」


「あったら、嬉しいね。どれくらい持っているんだ?」


「かなりたくさん、持っています。熊なら、騎士団の皆さんで食べるなら何頭くらい必要ですか?」


「二頭もあれば、肉の入った鍋が作れるだろう」


「猪なら?」


「五頭かな?」


「今、出しましょうか?どちらがいいですか?」


「腐らないのか?」


「はい、大丈夫です」


「では、熊をもらえるか?」


「ここでいいですか?」


「いや、処理をしたいから、外で頼むよ」


「はい」


 エリザベートは、騎士団長と王宮の中庭に入った。


 ここに遺体を並べたが、その痕跡はもうない。


 そこに、二頭の熊を出した。


 まだ息を引き取ったばかりの新鮮な熊だ。


「これは、まだ新鮮だな」


「はい、新鮮のまま保存ができるので」


「直ぐに処理を始めよう」


 騎士団長は走って行って、調理部の騎士達を四人、連れてきた。


「鮮度が落ちる前に、直ぐに処理を頼む」


「はい」


 直ぐに解体作業が行われている。


「聖女様、あとどれくらいの肉をお持ちですか?」


「毎日、食べても一ヶ月ほどでしょうか?また狩りに行ってもいいので、栄養のあるものを食べてください。もし、欲しい物があれば、おっしゃってください。わたしは、熊と猪しか知らないので、教えてくだされば探してきます」


「熊と猪で構いません。一ヶ月分の量があるなら、暫くは大丈夫でしょう」


「では、明日は猪を出しますね。朝がいいですね?」


「そうですね」


「分かりました」


 エリザベートは、頭を下げると、プリムスを探した。


 炊き出しの列が遠くまで並んでいる。その中央部分で光る物が見えた。


「コルあれは何?」


『銃よ、隠れて』


「国王陛下とプリムスを守って、リーネ」


 腹に響くような弾ける音がした。


「捕まえて」


『仰せのままに』


 リーネが跳躍した。狙撃者に噛みついている。騎士達が駆けつけていく。


 エリザベートも駆けた。


『プリムス、プリムス、無事でいて』


 国王陛下が、膝をついていた。


「国王陛下、怪我をしたの?」


「エリ、狙撃された」


「プリムスは無事?」


「僕は無事だ」


「リーネが狙撃者を捕まえているわ」


 ゆっくり国王陛下に近づき、ホッとした。


 傷は肩だった。


 胸を撃たれていたら、助ける自信はなかった。


「陛下、触れても構いませんか?」


「エリザベート嬢、頼む」


「はい」


 陛下は従者に抱えられて、王宮の中に横たえられた。


 撃たれたのは、左の肩だ。


 服を脱がせようとしたら、従者が、上半身の服を脱がせてくれた。


 弾は貫通したようだ。


 両手を広げて、意識を集中させる。


 破れた血管を繋ぎ合わせるように、筋肉も繋げていく。頭にイメージさせて、傷を治していく。


 細胞、一つ一つが繋がるように、綺麗に治していく。


『もう少しよ』コルが声をかけてくれる。


「大丈夫のはずですが、痛みますか?」


 陛下は起き上がると、左腕を動かし、回している。


「治ったな」


「よかった」


「素晴らしい力だ。ありがとう、エリザベート嬢」


「いいえ、治ってよかったです」


 熱くなっていた掌が、徐々に冷えていく。


 足元にリーネが戻って来た。


「リーネ、ありがとう」


 陛下は血で汚れた正装の服を着た。


 そうして、何でもないような顔で、民の前に立った。


「陛下、狙撃者です。犬が、噛みついて逃げられないようにしていてくれました」


「そうか」


 陛下は、刀を抜くと、逃げられないように、取り押さえられ、跪かせた狙撃者の太股に刀を突き刺した。


「うくっ、ひと思いに殺せ」


「其方の名は何という?」


「デラトラ・オリエンス公爵である」


 太股から下肢まで刀を突き刺された男は、貴族らしく、凜とした声で名前を告げた。


「プリムス、羊皮紙を持て」


「はい」


 背後で、エルペスは、羊皮紙を出して、それをプリムスに手渡した。


「条件を読み上げろ」


「爵位、取り消し。反逆した者は一家、公開処刑とする」


 プリムスは王子らしく凜としている。


「オリエンス公爵家の者達を連れてこい」


「はっ」


 この国の残党貴族だろうか?声を上げて、走って行く。


「誰も逃がすな」と指示を出し、騎士団も後を追う。


 数刻後、オリエンス公爵一家が連れて来られた。


 まだ幼い子もいた。四人の子供と彼の妻、その父と母。


 国王は、太股に突き刺していた刀を抜くと、まず、老人二人の首を刎ねた。


 オリエンス公爵は目を見開き、涙をこぼしている。


「民、残された貴族の者、この署名に名を書き記したという事は、どうなるかよく見ておけ」


 次に、恐怖で顔が引き攣っている妻の首が落とされた。


 そうして、次に泣き叫ぶ長男の首、長女の首、次女の首、最後は、まだ幼い三女の首が転がり落ちた。


 オリエンス公爵は泣いていた。


「どんな罪を犯したか理解したか?」


「私を殺してください」


「簡単には殺さない。立て」


 足を刀で貫通された彼の足は、血にまみれていた。


 それでも、歯を食いしばり、立ち上がった。


 その傷を負った足の兄首に錘の着いた鎖が取り付けられた。


「終身刑だ。死ぬまで働け」


 男は我が子の頭を拾おうとしたが、それも鎖を引っ張られ、転ぶ。


「我はシュタシス王国の国王、テクシア・シュタシスである。我に逆らう者は、年寄りも女も幼子も逆賊として処罰する。この国は、シュタシス王国になった。この地区はイリス地区と名を付けた。ミミス王国で貴族であった者も平民とする。この地区にはシュタシス王国の貴族がやってくる。貴族街に住む者は荷物を纏め、屋敷を明け渡すように。期限は7日だ。この土地は痩せている。植物が育つように、河川工事を行う。一日働いて、賃金は5タン支払う。買い物ができるように、今、手配をしている。暫くは河川工事を行うように」


 民が跪き、頭を下げている。貴族だった者達も同様に、跪き頭を下げている。


「今は、我が息子プリムス王子が指揮を執っているが、いずれは、王都から派遣した貴族が、この土地を見守る事になる。実りの多いよい国にしていこう」


 民から拍手が湧き上がる。


 オリエンス公爵は陛下の演説が終わると、隠し持ったナイフで陛下に飛びかかった。護衛の騎士が、槍をオリエンス公爵の体を突き刺し、槍がクロスに交わった。


 オリエンス公爵は口から血を吐きながら、幸せそうに笑った。


 足首から鎖を外された遺体が、7体並んでいた。


 最終的に、見せしめの為にオリエンス公爵の首も落とされた。


 エリザベートは、気分が悪くなり、プリムスに付き添われ、王宮の中で休んでいる。

 プリムスは式典に出なければならないので、代わりにエルペスが付き添ってくれた。

 エリザベートは、リーネを抱きしめて震えて泣いている。コルは外の様子を見に飛んで行った。


 暫くは、遺体は見せしめの為に置かれるという。


「国を建て直すときは、犠牲が必要なんだよ」


「うん」


「国王陛下もしたくてしているわけじゃない。最初に銃殺をしようとした貴族が悪いんだ」


「分かってる」


 それでも、泣き叫ぶ子供を殺すときに、自分の兄や姉達を思い出し、悲しみが溢れてきた。


 一家皆殺しは悲しい。最後に殺された幼子が、エリザベート自身だったら、家族と逝けたのに。


 悲しいけれど、羨ましくもあった。


「エルペスも式典に出て、やることがたくさんあるはずよ?」


「エリザベートの事をプリムスに頼まれている。こんな重要な任務はないよ」


「ありがとう」


 外では、河川工事に参加する民を集め、名簿を作っている。



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