第6話 お布団
「国王陛下、お待たせしました」
「時間通りだ」
エリザベートは、微笑んだ。
「人数分を集めたぞ」
「たくさんですね」
「100以上あるからな。石鹸とシャンプーも揃えておいたぞ。ついでに酒樽も」
「ありがとうございます。皆さん喜ぶと思います」
エリザベートは、リーネを床に下ろした。
「今日は国を回ってきました。貴族街には、この国の貴族を住ませたいと言っておりました。商店は閉まっておりますので、この国から店を構えてみたい者を募っては如何かと言っておりました。国王陛下は、どのように考えておりますか?ミミス王宮の近辺は殆ど生存者はおりません。建物は清めておりますので、住めると思います。水脈を見つけたので、川を作る計画を立てております」
「プリムスは色々考えておるのだな?」
「それは、もうしっかりとした王子様です」
目の前に積み上げられていた布団や石鹸や酒樽も、いつの間にか綺麗に無くなっている。
それに気付いた国王は、エリザベートの顔をじっと見た。
エリザベートは、微笑んだ。
「国王陛下も考えて下さいと言われております」
エリザベートは、「行ってきます」とお辞儀をすると、ダイニングに向かった。
お昼のバスケットだけ返しておこうと思った。
「シェフ、お昼のバスケットをお返しします。とても美味しかったです。プリムス王子もエルペスも喜んでおりました」
「お帰りなさい」
「また出かけます。行ってきます」
お辞儀をすると、ダイニングルームを出て、自分の部屋に戻った。
寝室の窓から、リーネと出て消えた。
+++
ミミス王宮の上から馬で駆けているプリムスとエルペスを見つけて、王宮の門の前に立って、彼等が帰ってくるのを待った。
「エリ、もう帰って来たのか?」
「お帰りなさい。わたしの方が早かったわ」
プリムスとエルペスは馬を下りると、厩の方に歩いて行く。
「お布団を持って来たわ。どの部屋に置きましょうか?」
夕方になり、炊き出しに並んでいる民は増えている。暗くなる前に終えるように、騎士達は頑張っている。
無料の入浴施設は、時間で男性と女性を分けているようで、今の時間は男性だった。
エルペスが休憩中の騎士団長を連れて来た。
「今夜は雨を降らせるつもりなんです。それで、騎士団の皆さんにお布団で眠って戴こうと、シュタシス王宮の国王陛下からお布団の差し入れがあるのですが、どこに置きましょうか?」
「布団で眠れるのか?」
「はい、部屋割りなど分かりませんので、どこかに置きたいと思うのですが」
「ならば、一緒に参りましょう」
騎士団長は三人の騎士を連れてきた。
「プリムス王子とエルペス様はどのお部屋になさいますか?」
「僕らは一緒の部屋で構わない」
「では、王の間にいたしましょう。警備上も問題ないと思いますので」
「では、その部屋で」
プリムスとエルペスの部屋決まったようだ。
「後は、空いている部屋と廊下でも眠れますので」
「ダンスフロアーもありましたよ」
「それは、広くていいですな」
「お布団はダンスフロアーに置きましょうか?」
「そうですね」
エリザベートがダンスフロアーに進むと、五人も一緒に着いてきた。
ガランと広いパーティー会場は、たくさんの人が眠れそうで安心した。
「僕たちも一緒にこちらにするか?」
「護衛の事を考えると一緒に行動をした方が安全だ。まだ貴族達を完全に信用したわけでは無い」
「そうしていただけると、護衛も安心していられます」
「では、こちらに」
パーティー会場の前面に騎士達の布団を並べた。ついでに酒樽も並べられた。石鹸やシャンプーも並べられた。
「石鹸やシャンプーはお風呂場にお願いします。今夜も沸かしますので」
「それは、助かる」
騎士団長は、嬉しそうにしている。
騎士の一人に、風呂場に持って行けと指示を出した。
「お酒は、国王陛下からの差し入れです」
「これもありがたい」
「何時頃から雨を降らせてもいいですか?」
「外の片付けを至急しますので、二時間ほど戴けますか?」
「分かりました」
騎士団長と騎士達は嬉しそうに、外に戻っていった。
「そんなに力を使って、大丈夫なの?」
「そんなに使ってないわ。リーネが殆どしてくれているの」
エリザベートは、子猫を撫でた。
「それよりも、お風呂の準備をするわ。それから……」
プリムスとエルペスの前に着替えの入った鞄が出現した。
「お着替えを持って来たの。今、着ている物も後ほど浄化しておきます」
「ありがとう、エリ」
「ありがとう、エリザベート」
「いいえ、エルペスもエリでいいのですよ?」
「いいえ、愛称は特別のサインですので、ここはプリムス王子の為に」
「大袈裟よ」
エリザベートは、クスクス笑うと、「お風呂場に行きます」と言って、先に歩き出した。
プリムスとエルペスは、鞄を持ち、エリザベートの後を追った。
「浄化」
風呂場で、エリザベートお風呂を清め、お風呂の水を捨てた。この国にはシャワーはないようで、お湯を汲んで使うようだ。水を温めるボイラーのスイッチを入れて、水を蓄えるタンクに水を注ぐ。一杯まで水を入れると、大きな湯船に新しい水を入れて、適温まで温めていく。手ですくって、湯加減を確かめると満足した笑顔が浮かぶ。
「プリムス、エルペス、入って来て」
「毎日、すまないな」
「いいのですよ。これくらいは容易くできます。わたしはダイニングルームにいますわ」
エリザベートは、颯爽と歩く。エリザベートの隣には、子猫の姿をしたリーネが片時も離れずにいる。
その後ろ姿を見送って、二人は一番風呂に入った。
エリザベートは、脱いだ洋服を浄化した。
騎士達の洋服も後で、浄化しようと思っている。
そして、ふと気がつく。お風呂から上がった時に、濡れた体を拭くタオルがない。
「リーネ、シュタシス王宮に飛んで、大切な物を忘れていたわ」
「了解」
瞬時にシュタシス王宮に着いて、自室のタオルを掴んだ。
「戻って」
お風呂場の脱衣所の上にタオルを置いて、もう一度、飛んだ。
「国王陛下、至急、人数分のタオルを手配して下さい。タオルを洗うときはどうするのですか?」
「まずは、タオルだな」
使用人に言いつけて、使用人達が走る。
「タオルは魔道具で洗っている」
「それをください」
「こちらにおいで」
倉庫に連れて行かれた。
「これは洗濯機という魔道具だ。水と洗剤で洗える。洗剤は……ここにあったぞ」
「これを持って行っていいですか?」
「ああ、いいだろう」
リーネが全て収納した。
「ありがとうございます」
「国王陛下、タオルはこちらに」
ワゴンに積まれたタオルを、そのまま収納した。
「ありがとうございます。失礼いたします」
エリザベートは、少し駆けて、リーネに跨がると、瞬間移動をした。
お風呂場の脱衣所の前に、タオルの乗ったワゴンを置いた。
それから、先ほどの騎士団長のもとに急いだ。
「洗濯機をお持ちしました。三台ですが、どこに置きましょうか?」
「今夜は雨が降るんだったな?」
「はい」
「では、こちらに」
案内されたのは、王子の部屋だったかもしれない部屋だった。お風呂があった。
「ここでなら、使えそうだ」
「では、ここに置きますね」
三つ並べて置くと、騎士団長は「助かる」と言った。
「他に不足している物はないですか?タオルは、先ほど人数分用意しました」
「では、餅米と味噌を明日で構わない。補充を頼む。日持ちする野菜も頼む」
「分かりました」
心のメモに書き込んで、ダイニングルームに向かうと、二人ともお風呂から上がっていた。
「騎士達に声をかけてくるよ」とエルペスが出て行った。
「今日はタオルがあったな」
「先ほど、気付いて、至急、飛んできました。洗濯機も三台と洗剤を国王陛下に戴いてきました」
「ありがとう。だんだん、快適になってきたよ。リーネもありがとう」
プリムスは普段着に着替えていた。
「先ほどの洋服も浄化しておいたので、清潔になっていると思います」
プリムスは微笑んだ。
「ありがとう、エリ」
「いいえ、こんな事しかできません」
エルペスが戻って来た。彼も普段着を着ていた。
「食事にいたしましょう」
リーネが食事を並べてくれた。
「今夜も豪華だ」
「エリザベートは、最高だ。リーネも最高だ」
リーネは床に寝そべっていた。
返事を返すつもりはないらしい。
食事を終えて、魔道具のポットに入った紅茶を飲みながら、明日の予定を聞いた。
「明日は河川工事の募集をするよ。川が流れれば飲み水も困らないだろう?」
「作物も水が無ければ、育たない」
「そうね、でも夜だけ雨を降らせる事は可能よ」
「毎日、エリの力で雨を降らせるのも無理がある。自然に育つ方法を考えた方がいいと思う」
「確かに、そうね。ずっとここにいるわけにもいかないから」
「一度、父にこの地に足を運びいただき、国王の名と存在を知らしめる必要もある。一度、国に戻り、父と相談したい」
「それなら、一緒に戻りますか?二人を乗せることはできませんが、一人ならできるとリーネも言っていたので」
「リーネの存在は秘密にしたいのだ」
「わたしが飛んでいる事になっているの。リーネ、存在を消して国王陛下をお連れする事は、できるかしら?」
「不可能はない」リーネが答えた。
「どうするの?」
「変幻自在と申した。気球でも絨毯でもなんでもなれる」
「気球?」
「空を飛ぶ物だ」
「運べるのは、二人よね?」
「馬形の時は二人だが、絨毯なら四、五人ならできぬことはない」
リーネはテーブルの上に載り、形を変えた。
「絨毯になり姿を消せば、我の姿は見えぬ」
リーネはシーツのように、薄っぺらになってしまった。
「上に乗ったりして、痛くはないの?」
「不快に思う程度だ」
エリザベートは、薄っぺらになったリーネを撫でた。すると、元の子猫の姿に戻り、エリザベートの腕の中に収まった。
「プリムス王子、一度、戻って来いよ。明日の朝は僕が指示を出す。一度は国王陛下と話をしなくてはならない。馬で戻っていたら片道で14日はかかるよ。指示をもらって戻ってくる頃には軽く一ヶ月以上経つだろう。リーネに不便はかけるけれど、直ぐに戻れるなら戻った方が手っ取り早い」
「指示は待ってくれ、父に話してくる」
「わかった」
「そうだな、リーネ申し訳ないけど、お願いしてもいいかな?」
「我の主人はエリザベートだ。主の指示があればする」
エリザベートは、リーネを撫でる。
「力になってください」
「よかろう」
「エリ、直ぐに準備をする。待ってくれるか?」
「ええ、いいわ」
プリムスは、ダイニングを出て行った。
「主、雨の時間だ」
「ありがとう」
エリザベートは、リーネをテーブルに下ろすと、胸の前で手を組み祈りを始めた。
直ぐに雨が降ってきた。
ザーッと雨の音がする。
乾いた地面に雨は吸い込まれていく。
「浄化」
宮殿の中の浄化をした。
宮殿内も騎士の洋服も綺麗になっただろう。
「エリザベートは、すごいな」
エルペスは感心したように呟いた。
「リーネやコルがいるから、今は安心して使えるのよ。誘拐されて、保護されてからも、ずっとこの力を恐れていたのよ。家族も亡くしてしまったのも、この力のせいだもの」
リーネがエリザベートに擦り寄ってきて、リーネを抱きしめる。
「そうだったね」
「明日は、きっと早くここに来ると思うわ。プリムスは責任感が強いもの。国王陛下もきっと直ぐに動くはずよ」
プリムスは先ほど着ていた正装になり、駆け戻ってきた。
「エリ、お願い」
「はい、リーネ、お願いね」
リーネの姿が大きくなる。
エリザベートが跨ぐと、その後ろにプリムスが跨がった。
「エルペス、後は頼む」
そう告げた瞬間、姿が消えて、シュタシス王宮のエリザベートの部屋にいた。
「飛ぶんじゃないのか?」
「最近、瞬間移動になったの」
「それは、すごい」
「我が主の体力が戻って来たから使えるようになったのだ」
「そうなのね」
「エリ、無理はするな」
「はい」
リーネは子猫の姿になっている。
窓を閉めて、部屋の外に出ると、モリーとメリーが驚いた顔をしていた。
「王子!」
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「驚かせてすまないな」
「いいえ」
プリムスは微笑んだ。
エリザベートは、その横顔を見て、少しだけふて腐れた。
格好いいけど、格好いいから、誰彼構わずに微笑むのは不快なのだ。それが焼き餅だとは、まだエリザベートは気付いていない。
「国王陛下の所に行って来るわ」
「行ってらっしゃいませ」
モリーとメリーは、深く頭を下げた。
+++
プリムスは王宮の中を足早に進んで、きっと寛いでいるだろうと思い、サロンの扉をノックした。
それから、扉を開けた。
思った通り、国王と王妃はお茶を飲んでいた。二人ともバスローブ姿だ。
「至急、話があって、エリザベートに連れてきてもらった」
「分かった。執務室に行くか?」
「ここでも構わない」
プリムスは椅子にどかりと座って、エリザベートは、空いた席に座った。
「順調に生き残った民に、配給をしている。エリザベートが水脈を見つけてくれたから、明日から河川工事を行う民を雇うつもりでいる。どうやら、王宮の周りあった店は、全滅のようだ。王宮も全滅していた。見せしめの為に遺体を晒したが、民の前で、エリザベートが聖なる炎で焼き尽くし、黄泉の国に送った。新たな事業を行う前に、シュタシス王国の国王の姿を民と生き残った貴族達に見せつけたい。僕は王子だが、まだ威厳がない。生き残った貴族は公爵家や侯爵家のような家柄のいい貴族だ。爵位は取り上げたが、未だに貴族の家に住んでいる。できれば、王宮の周りにはいて欲しくはない。いつ反乱を起こすか分からない。こちらの貴族の次男や三男でもいいから、あちらに派遣して戴きたい。店を出したいと思っている者にも、あちらに店を構えるように勧めて戴きたい。後、いつまでもミミス王宮と呼ぶのもよくない。新たな名前を付けたい。名付けの報告は、国王でなければならないだろう。父は気楽にしているようだが、あちらでは、エリザベートが手伝ってくれないと、かなり切羽詰まった状態だ」
「騎士団長から、餅米と味噌、日持ちのする野菜をお願いされています」
エリザベートは、隙間を縫って、進言した。
「水が無い地域だから、エリザベートが水を補給してくれている。エリザベートの力ばかりをあてにしていいと思っているのか?」
どうやら、プリムスはかなり怒っているようだった。
「先ずは、明日の朝、私がそちらに赴き、新たな工事を始めることを告げるのだな?その後、こちらに戻って、貴族を選別して、そちらに向かわせればいいのだな?店を出したい者を探して、行かせるのだな?」
「その通りです」
「屋敷は全て浄化してありますから、綺麗な状態です。遺体の痕跡もありません」
エリザベートは、家の状態も説明した。
汚い、怖いというデマは、いい印象を与えない。
「後、民に払う賃金です。鉱山があるとエリザベートが探してくれました。いずれ、そこで収益を出すことは可能ですが、今、払う賃金を幾らに設定し、どのように払うかです。今、あの地には賃金等ありません」
「どんな鉱山だ?」
『金鉱山』リーネの声が頭の中に聞こえた。
「金鉱山です」
「河川工事はどれくらいかかるのだ?」
「あの地は水瓶がありません。土地が痩せていて、作物も育ちません。水脈から水を出し、川を作らなければならないので、完成まで何十年とかかる可能性があります」
「最初は1日5タンだ。街が発達してから、値段設定を変えていこう」
鈴を鳴らすと宰相が現れた。
「小銭をあるだけ揃えてくれ。一人5タンで支払う。騎士団長に明朝までに、餅米と味噌と日持ちのする野菜を準備させてくれ」
「畏まりました」
「貯まったら両替ができるように、銀行も支店を出させよう。さて、名前だがどうするか?」
「シュタシス王国の西にあたりますので、西の都でも」
「それでは華がない」
「イリス地区では如何ですか?」
「よい名だ。イリス地区としよう」
名も決まった。
『リーネお願いね』
『我が主の思うままに』
リーネの言葉が頭の中に流れる。
「移動はどうするのだ?」
「国王陛下はお一人でいらっしゃいますか?」
「威厳を出すなら、従者を二人は連れていくぞ」
「それなら、わたしが送ります。瞬時に到着するので、朝食後で大丈夫だと思います」
「では、そのように準備をする。餅米やらは明日でいいか?」
「はい、早起きします」
「朝までに騎士団の倉庫に置いておくだろう。総騎士団長がいると思うが、場所は分かるか?」
「たぶん、分かると思います」
「それなら、僕が案内します」
プリムスは直ぐに声を上げた。
「今夜は早めに休むといい」
「はい」
プリムスとエリザベートは声を揃えた。
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