第2話 ミミス王国の救済
シュタイン王国からミミス王国の国境まで、馬車で1週間かかる。国境から王都まで三日。移動後から炊き出しをして、どれくらいの民が助かるのか想像ができないが、何も手を尽くさず、民を見殺しにするのは躊躇われる。
炊き出し班と遺体処理班を組み、戦ができるほどの騎士を連れて、プリムス王子は、エリザベートがミミス王国を浄化した翌日、旅立って行った。
「国境地帯まで到着するまでの1週間はかかる。それから王都へ目指す。準備をする期間を合わせても14日以後にしか作業は行われない。それまでの間、エリザベートは、ゆっくり休んで欲しい。気がりなのは分かるが、時間がかかる。発熱は体力が戻ってないから起きたとリーネも言っていた。無理をしてはしていけない」
プリムス王子は、出発の準備をすると見送りに来たエリザベートに言った。
分かりましたと返事をするまで手を握られて、エリザベートは頬を染めて「分かりました」と答えた。
いつもより強引なプリムス王子に、エリザベートは胸がドキドキしてしまう。
「14日後、美味しそうな食べ物を持って、プリムス王子の元に向かいます」
エリザベートに言える約束をすると、プリムス王子は、側近のエルペスを連れて、馬に乗って出かけた。
コルが飛びながら手を振っている。
『我が主よ、まだ熱は下がっておらぬ。休まれよ』
『ええ、分かったわ』
二人の姿が見えなくなった頃、リーネに注意され、エリザベートは自室に戻りベッドに横になった。
早く治さなければ、14日後にプリムス王子の元に行けない。
本当は一緒に行きたかったのだ。けれど、まだ体力の戻っていない体で無理ができないことも分かっていた。
エリザベートは、よく眠り、よく食べて、よく眠った。
侍女や専属騎士は、具合の悪そうなエリザベートを休ませるために、寝室に入ってこなくなった。
熱が下がった、10日目から昼寝の時間に窓から飛び出して、リーネと狩りを始めた。
街で教わった、熊や猪をリーネが仕留め、空間収納に収めた。食材になる野草や薬草も集めた。
14日目の朝には、差し入れの食事をシェフに作ってもらった。テーブル一杯の料理をリーネの空間収納に片付け、お皿まで無くなったテーブルの上を見たシェフを驚かせた。
総騎士団長の元に向かい、追加の食材はないのか聞いた。
積み上げられた食材を紹介されて、騎士がよそ見をしている間に、リーネに片付けてもらった。
吃驚している騎士に、エリザベートは、微笑んで、他にありますか?と尋ねた。
それではと、調味料置き場に案内された。
それも、リーネに片付けてもらった。
「魔術でしょうか?」
「はい」
「でしたら」と、洗濯済みの騎士の制服も出された。衛生用品など色々……。
それも片付けてしまう。
「よろしくお願いします」
「はい」
エリザベートは、笑顔で返事をした。
14日目のお昼寝の時間に置き手紙を置いて、窓からリーネに乗って飛び出した。
プリムス王子の元に行きます エリザベート
と、書かれた手紙を見て、国王陛下と王妃は微笑んだ。
+++
ミミス王国の国境で、まず閉鎖した扉を開くと、遺体が積み上がっていた。
騎士団が手に手袋して、タオルで口元を塞ぎ、別の騎士達が穴を掘った中に遺体を放り込んでいった。
遺体は腐敗が酷く、手で持てないモノは、スコップで移動させた。水は魔道具で出し、簡易の風呂場を作り、そこで野営をした。
生きている民が匂いを嗅ぎつけやって来た。民にも食事を振る舞った。
残った湯で、体を清め、清潔になった民は、プリムス王子を拝んでいた。
「手伝いに来てくれるなら、食事は与えよう」
プリムス王子は、食事に飢えている民にそう告げた。
民は「一緒に行きます」と言い、同行することになった。
目的地は、まず王都だ。
ミミス王国の王宮をこの手に収めなければ、他の国に後れを取ってしまう。
生きている民は王都に集まってくる。
プリムス王子一行は、できるだけ早く王都に急いだ。次の野営でも、民がやって来た。民にも食事を与えて、食事が欲しければ王都に向かうように指示を出す。明け方を待って、走り出す。昼食は非常食と休憩だ。
国境を通過して三日目に、王都に到着した。
炊き出し班と遺体処理範囲に分かれて、準備をする。
王都の周りには、数え切れないほどの遺体の山が朽ちていた。それを公園に集めた。
炊き出し班は、王宮の手前の広場を使った。
食べ物の匂いに釣られて、民がやってくる。
徐々に行列ができていった。
+++
王宮の中は所々に、遺体が転がっていた。
使用人の服を着た者達を外に運び出して、肝心の国王陛下と王妃、王太子を探した。
腐敗が酷いので、顔では判断できない。身につけた洋服で判断するしかなかった。
王太子と王太子妃の遺体は、王宮の奥の部屋で一緒に並んで倒れていた。
王妃は祈りの間で倒れていた。
国王陛下は離宮で発見された。
王宮内に騎士団はいなかった。守る者も残さず、王家の者は籠城していたのかと不思議に思った。
それでも使用人の数の方が多い。
王族は民への見せしめのために、中庭に並べて置いた。
籠城に成功した貴族も宮殿に現れて、新しい王に跪く。
生き残った貴族にも、炊き出しを与え、新しい任務を言い渡す。
「ミミス王国は落ちた。亡くなった者を探し弔い、生き残った者に新王が立ったと報告すること。我は、シュタシス王国のプリムス王子である。この国はシュタシス王国になった」
貴族だけはなく、平民も跪き頭を下げた。
その様子を上空からエリザベートは、見ていた。
「プリムス王子、素敵ですね」
『惚れたか?我が主?』
「どうかしら?」
王宮の影で、地上に降りると、エリザベートは、子猫を抱きながら、プリムス王子の元に歩いて行った。
「お疲れ様です」
「エリザベート、来ていたのか?」
エリザベートの姿を見た貴族は、頭をまた下げた。
「聖女様、お救いありがとうございます」
エリザベートは、ニコリと微笑むと、見せしめに横たわった四体の遺体の前に進んだ。
「散々、嫌がらせを受けた身だが、もう亡くなったのなら、これ以上の罰は必要ない」
そう言葉に出すと、亡骸に聖なる炎を点した。青白く燃える遺体は、数刻には遺骨もなく灰だけになった。
奥に並べて置いた使用人の亡骸も公園に集められた亡骸の山も同じように燃えて、同じように灰だけになった。
「風よ、黄泉の国へ」
強風が吹くと、その灰は巻き上がり、綺麗に無くなった。
一連の様子を見ていた誰もが、エリザベートに頭を垂れた。
散々嫌がらせをしていた貴族達は、恐れおののき、逃げだそうとしている。
「心、改め、新しい国の為に力を注ぐのなら、罰は与えません。どうしますか?」
逃げだそうとした者達は、急いで跪き頭を地面に擦りつけた。
「新しい国の為に力を注ぎます」と声を合わせるように、宣誓した。
「新王」
エリザベートは、呆然としているプリムス王子を呼んだ。
「新王、プリムス王子」
「はっ」
「指示を」
我に返ったプリムスは、威厳を保つように立った。
「さほど言い渡したように、遺体処理を速めてくれ」
「畏まりました」
残った貴族が声を合わせて言った。
「名簿を作りたい、名を書き記して欲しい」
従者のエルペスは、羊皮紙を持っている。
テーブルの上に置くと、貴族達が並び始めた。
名を記し、血判を押す。
爵位剥奪、反逆した場合は、一家揃って公開処刑と書かれている羊皮紙に順に名前を書いていく。
エリザベートは、微笑んでいた。
王宮の近く寄ると、王宮に触れて、「浄化」と口にした。
古ぼけていた王宮が光り輝く。光りは王宮を駆け巡り、全てを新品同様に替えていく。
「王宮も綺麗になったと思う。残った邪念も浄化されたと思う。亡骸の痕も消えていると思うわ」
「エリザベート、すごい力だ」
「あまり派手にすると、また誘拐されてしまうから」
「もう誘拐などされないように、僕が守る」
「……プリムス王子」
「そろそろ、プリムスと呼んでくれ」
「それなら、わたしはエリでいいわ。家族にはエリと呼ばれていたの」
「エリ」
「はい」
「僕と結婚して欲しい」
「結婚はまだ早いわ。婚約ならいいわ」
エリザベートは、微笑む。その微笑みに誘われるように、プリムスも微笑む。
(お姉様達、許してくださいますか?)
姉達の声は聞こえないけれど、健在だった頃の笑顔の姿の姉達を思い出した。
(きっと許してくださいますね?お父様、お母様、わたしは自分で選んでいいですよね?)
心の中で、家族に許可をもらう。
エリザベートは会えない間、ずっとプリムスの事を考えていた。
早く会いたい。
どうか無事でいて欲しい。
その心が、恋心だと分かるほど、プリムスを想っていた。
やっと会えて、この気持ちが真実だと確信した。
「それなら、婚約だ。いいか?嘘だとは言わせないぞ」
「一緒に早駆けをしたいわ」
「一緒にしよう」
「リーネが鉱山を見つけたと言っているの」
プリムスは微笑む。
「この地区でも、鉱山の地図を書かなくてはな」
「この地域は産業がないの。鉱山の一つを掘り出したらいいと思うの」
「そうなのか?」
「雨が降らないから、わたしは買われてきたの。作物も育たなくて、池や湖や川がないから、土が痩せているの。分かっているけれど、わたしは生きるために反抗してきたの。この国がプリムスの国になるなら、慈愛の雨を降らせて、池を作ってもいいわ」
「国作りは楽しそうだ。一緒に作って行こう」
「はい」
好きな人と一緒に国を創るのも楽しそうだ。
家族を殺したソトム王は、もういない。
エリザベートは、リーネに頼んで、この地に来る前に、ソトム王が治めていた国に瞬間移動してもらった。
寒い国だった。
雪が降り続き、雪に埋もれた村が残っていた。
残党も残っておらずに、数少ない民が住んでいた。
王宮も寂れていて、誰もいなかった。
ソトム王の肖像画が残されていた。その肖像画を睨んで、燃やしてきた。
エリザベートの復讐は、終わった。
これからは、自分の為に、自分の幸せのために生きていきたいと思った。
きっと家族もそう願ってくれると思えた。
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