第三章

第1話   ミミス王国へ



 約束の昼食の時間に、エリザベートは、ダイニングで待っていた。


 暫くすると、叔母様とエオン王子がやって来た。


 その後に、国王陛下とプリムス王子がやって来た。


「議会はどうでした?」


 王妃は国王に伺う。


「国境地帯にミミス王国の国民が押し寄せてきて、そこでも感染が起きているようだ」


「まあ」


「他人事では無くなってきた。なんでも、黒死病と言われ、皮膚が黒く変色して高熱が出るそうだ。致死率も高く回復した者はいないと聞く」


 国王は現状を話した。


「わたしが清めましょう。もう手遅れかもしれませんけれど、ミミス王国の中枢の様子は分からないのですね?」


「ああ、国民を銃殺しているという話は聞いたが、宮殿の中はどうなっているのかはわからない状態だ。下級貴族に至っては没落しているらしい」


 エリザベートは、胸の前で手を組む。


「その話は、いつ頃の話ですか?」


「10日間くらい前のはなしになる」


「万が一、国が没落していた場合、どうなさいますか?」


「残った国民を救いたいと思っている」


「ミミス王国が没落していた場合は、シュタシス王国が民を助けるのですね?」


「ああ」


 国王陛下に迷いは無かった。


 その事に、エリザベートは安心した。


「わたしが行ってみます」


「それなら、護衛に、僕が行きましょう」


 プリムス王子は護衛を申し出た。


「だが、万が一、プリムスに何かあれば、この国の後継者が……」


「僕の心配はするのに、エリザベートの心配はしないのですね?」


「そんな事はない」


「それなら、護衛を任せてください。万が一、王宮が滅亡していたとき、ミミス王国を我が国にいたします」


 プリムス王子は、勇ましく言い放った。


「そうですね、この国から騎士団をお借りいたします。誰一人欠けること無く、我が国に連れ戻します」


 プリムス王子は、エリザベートに微笑んだ。


 エリザベートは、満足そうに頷いた。


 プリムスに信頼されているとエリザベートは思えて、嬉しかったのだ。



 +++



 食事の後、エリザベートは、プリムス王子と一緒にお茶を飲んでいた。


「精霊王様に相談に行ってきましたの。わたしに酷い仕打ちをした王宮の者を助けたくないと言ったのです。そうしたら、神でも罰を与える事もあるから、わたしの好きにしたらいいとおっしゃってくださいました。お昼から、少し様子を見に行こうかと考えておりました。もしよければ、一緒に行かれますか?お仕事が忙しかったら、断っていただいてもいいのですけれど」


「一緒に行けるのか?」


「リーネに聞いてみたら、二人くらいなら容易いと言っておりました」


「それなら、連れて行ってもらおう」


「ありがとうございます。きちんとこの国まで送り届け、感染しないように清めますので安心ください」


 エリザベートが頭を下げると、プリムス王子は、心遣いに感謝し微笑んだ。


 愛おしさが増す。


「では、すぐに出かけましょう」


「ああ、直ぐに準備をしよう。部屋まで迎えに行く」


「はい、お待ちしております」


 プリムス王子は、ダイニングからエリザベートを部屋まで送ると、直ぐに自室に戻って着替えると、腰に剣を携えた。


 一国の王子として、エリザベートを守らなければと心に誓っている。


 部屋まで訪ねると、エリザベートは、着替えてきた勇ましいプリムス王子の姿に、微笑んだ。


「わたしは、お昼寝をしていることになっているの」


 プリズムはなるほどと、部屋の中を見ても、侍女の姿も専属騎士の姿も見当たらない。


 エリザベートは寝室にプリズムを招くと扉を閉めて、寝室の窓を開けた。


 子猫のリーネの姿が大きくなっていく。


「リーネ、頼む。僕も乗せていって欲しい」


『了解した』


 初めて、リーネの声を聞いたプリムス王子は、驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。


 やっと信頼してもらえたような気がしたのだ。


 先に、エリザベートが乗って、その後ろにプリムス王子は乗った。


『行くぞ』


「お願いね、リーネ」


『落ちるなよ』


 すると、リーネの体が、浮かんで窓から飛び出していった。


 コルはエリザベートの肩に乗っている。


 エリザベートの瞳と同じ色をした妖精の姿も初めて見たが、美しい。


 プリムスは感動していた。


「早いわ」


『もっと早くするぞ。王子、我が主が落ちないように、背後から支えよ』


「エリザベート、触れるが許せ」


 小柄なエリザベートを包むようにして、プリムス王子は、リーネの首元の毛に捕まる。


 すると、スピードが一気に速くなった。


 風になったように、空を飛んでいく。


 馬車で1週間かかる隣国まで、あっという間に着いた。


 リーネの上から、エリザベートとプリムスは地上を見た。


 国境地帯には、国民が押し寄せていて、「開けてくれと」叫んでいる。


 亡骸を踏んでいるようで、腐臭もしている。


 エリザベートは、リーネの上から、聖女の祈りをした。


 空が虹色に輝いて、輝く光が降り注ぐ。


 光りのシャワーを浴びている民は、空を仰いで、祈りを捧げている。


 静かに、光りのシャワーが消えていくと、静寂が広がった。


「リーネ、少し下降してくれる?」


『了解』


 民に姿を見せて、「浄化いたしました。もう大丈夫です」と告げる。


 民が聖女様と声を上げている。


「リーネ、次に行くわ」


『了解』


 エリザベートは、上空から絶えず、浄化を続けている。空はずっと虹色に染まり、光りのシャワーが降り注いでいる。ミミス王国の全ての領地を清めると、王宮の上に留まった。


「コル、見てきてくれる?」


『ええ、いいわ』


 コルは王宮の中に飛んで入っていった。


「エリザベート、こんなに力を使って大丈夫なのか?」


「少し、疲れましたわ。まだ体力が戻っていないのかしら?以前の時よりも苦しいですわ」


 エリザベートは、疲れた体をプリムス王子に預けた。


「支えていただけると助かりますわ」


「ああ、それくらいしかできそうも無い」


 プリムス王子は、エリザベートを背後から支えた。


 暫くして、コルが戻って来た。


『死んでいたわ。みんな手遅れね』


「ありがとう」


『我が主、戻るぞ。王子は我が主を落とさぬように、支えてくれ』


「はい」


 来た時のように、エリザベートを包み混むようにして、リーネの首に掴まった。


 すると、リーネは素早く上空を駆けていく。


 風になったように、素早く上空を移動していく。


 プリムスはエリザベートを支えながら、上空から見る景色に感動していた。


 ミミス王国とは違って、シュタシス王国の街並みは美しい。


 明け放れた窓からエリザベートの部屋に戻ると、リーネは動きを止めた。


『我が主は、眠っておる。ベッドに寝かせてくれ』


「任せてくれ」


 持って来だけの剣を、床に置くと、エリザベートを抱き上げて、妖精のコルが掛布のキルトを捲った。


 そこに、そっとエリザベートを寝かせた。


 キルトをかけると、黄緑色の妖精が、エリザベートの額に触れて、キスをした。


『お熱があるわ。でも、加護があるから、眠れば直ぐによくなるわ』


『我が主は、神が与えた聖女、直ぐに熱は下がるが、まだまだ体力が戻っておらぬ故、無理が利かぬ。ゆっくり休ませるように』


 リーネの体が子猫の姿になり、エリザベートの枕元に丸くなった。


『我らの力を与えても、まだ足りぬ』


「頭を冷やした方がいいのか?」


『我らがしておる、寝かせておけ。食事の時間になったら、迎えに来るがいい』


「ああ、わかった」


『其方は後始末があるだろう?ミミス王国は滅亡した。シュタシス王国にするのであったな?』


「明日にも出発いたします」


『我が主の為に働け』


「はい」


 プリムスは、リーネに深く頭を下げた。


 剣を拾うと、エリザベートの部屋から出て行った。


 エリザベートの力を間近で見て、その力強さと慈愛の精神を見て、自分の未熟さを実感した。


 エリザベートが救った命を守らねばならないと、プリムスは心に誓った。


 だが、父に何と説明をしようかと、プリムスは悩んだ。



 +++



 エリザベートの発熱を心配しながら、プリムスは自室の執務室で溜まっている事務仕事を片付ける。


 父も同じ仕事を自室でしているので、ミミス王国の事情は食事の時にでもすればいいかと、溜まりすぎた仕事を片付けていく。


 夕食の時間になったので、エリザベートを迎えに行った。


 ベッドで横になっていたエリザベートは、もう起き上がっていた。


「プリムス王子、今日は一緒に行っていってくださりありがとうございました。一人だったら、眠ったわたしは帰って来られなかったかもしれません」


「素晴らしい聖女の力を見せてもらった。まだ体は回復していないようなので、ゆっくり休んでいただきたい」


「はい」


 エリザベートは、清々しい笑顔を見せている。


「それで、国王にはなんと説明しようか考えていたのだ。正直に話せば、リーネの事も精霊王の事も話さなくてはならなくなる。それは避けたいのだ」


「それなら、わたしが空を飛べるようになったと話せばいいわ」


「見せろと言われたら?」


「リーネに協力してもらうわ」


「それなら、そのように話を進めようと思う」


「ええ、残った民を救ってください」


「努力しよう」


 一緒にダイニングに歩いて行く。


 ダイニングに入ると、国王も叔母様もエオン王子も既に椅子に座っていた。


「お待たせしました」


 二人で言うと、「仲がよろしいですわ」と叔母様にからかわれた。


 エリザベートは、頬を染めた。


 プリムスも頬を染めていた。


 プリムスは、食後に話があると国王陛下に話した。


 今夜の料理は、特別に美味しく感じられた。エリザベートは、とてもお腹空いていたので、いつもよりたくさん食べられたような気がした。


 食後のお茶の時間にプリムスは、父上と声をかけた。


「本日、午後からエリザベートとミミス王国に行ってきました。エリザベートがミミス王国を清め、王宮の様子も確認してきました。王宮には生きている者はおりませんでした。国境地帯にいた民は助かったと思います。国中を回ったので、生き残った民を救わなければなりません。ミミス王国の王宮は殲滅されておりますので、我が国となさいますか?」


「そんな短時間でどのように移動して、清めてきたのだ?」


 国王陛下は不思議そうに、プリムスを見て、それからエリザベートを見た。


「恐れながら、国王陛下、わたし、空を飛べるのです。この国に来て、体を休めるようになってから、飛べることに気付きました。午後から、プリムス王子に手伝ってもらいながら、ミミス王国を回って来ました」


 エリザベートは嘘と本当の事を混ぜて話した。


「国土は清められております。病気も治ったと思います。どうか、民をお救いください」


 エリザベートは、頭を下げた。


「嘘のような話だが、本当の事なのだな?プリムス」


「はい、エリザベートの言う通りです。救済という意味で、我が国が手助けをして、ミミス王国無き今は、我が国の所有としてもいいかと思います。明日から、炊き出しと遺体処理の班を作り、民を救いに行きたいと存じます。エリザベートは、過労で無理はできませんので、この国で休ませてください。父上には回された書類をお返ししますので、それを片付けていただけると助かります」


「プリムス王子、わたしは動けるわ。一緒に行きます」


「それなら、エリザベートとは、体調が戻ったら合流しよう。いいね?」

「……はい」


 プリムスに手を握られて、一人で置いて行かれると焦ったエリザベートは、最後までプリムスの言葉を聞いて安心した。


 移動の間、休んでいなさいと、優しい瞳が言っていた。


 馬車で移動するには、ミミス王国は遠すぎる。


 エリザベートには、リーネがいる。


 ミミス王国に行こうと思えば、すぐに行けるのだ。


「あちらの国の管理をする者の選出をお願いしたいです」


「了解した」


 エリザベートとプリムスは、国王陛下が信じてくれたことに、ホッとして微笑み合った。


 その後、エリザベートは、部屋に戻りお風呂に入り、ゆっくり眠った。


 プリムスと国王は騎士団の選出、炊き出しの準備を行った。



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