第2話 街に出かけます
リーネを胸に抱いたエリザベートは、一応、モリーとメリーに平民の洋服はありますか?と聞いてみた。
「エリザベートお嬢様、用意しておりません」
「分かったわ」
普段のように、ワンピースとドロワーズを身につけたエリザベートは、ダイニングに向かった。
プリムス王子は既に来ていて、普段着のシルクのシャツとズボンを履いている。
「おはようございます」
「おはよう」
席に着くと、国王陛下と叔母様とエオン王子がダイニングに入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
緊急事態がない時は、皆で食事をする習慣なのか、使用人が食事を運んでくる。
今日も温かな食事が食べられる。その事が嬉しい。
神に感謝して祈りを捧げる。
皆で、「いただきます」をして、朝食を食べる。
食事が終わった後に、国王陛下がプリムス王子に「そろそろ公務に戻りなさい」と注意をなさった。
プリムス王子の年齢は19歳と聞いていた。
既に公務をしていてもおかしくは無い。
エリザベートはうっかり失念していた。
毎日、早駆けをして山の中を探検していた日々は、公務をサボって、エリザベートに付き合っていたのだと、その時初めて気がついた。
「本日は予定がありますので、明日からでも構いませんか?」
「ああ、エリザベート嬢を案内しているのは知っているが、公務を覚えなければ、次期国王にはなれないからね」
「分かりました」
「エリザベート嬢、すまないな。出かける時は、専属騎士を連れて行くようにしてもらえると助かる」
「国王陛下、毎日、プリムス王子に甘えて、案内をお願いして申し訳ございませんでした。これからは、自重いたします」
エリザベートは、深く頭を下げて謝罪した。
「父上、母上、僕はエリザベート嬢に心寄せております。できれば、少しでもエリザベート嬢とデートをする時間を戴きたく存じます」
「それは、構わない。仕事は仕事、プライベートは好きにしたらいい。父も母もエリザベート嬢とプリムスが結婚してくれれば嬉しい」
「ありがとうございます」
プリムス王子は深く頭を下げた。
結婚と言われて、エリザベートは緊張する。
まだ、そこまで、心は躍らない。
プリムスのことは嫌いではない。どちらかといえば好きだが、プリムスの事を好きだと言っていた姉の事を思い出すと、自分がプリムスと一緒になってもいいのか迷うのだ。
エリザベートの上の姉は、プリムス王子と同じ年齢だった。下の姉は、一つ下だった。
プリムス王子が、遊びに来たとき、素敵な王子様の姿に心をときめかせていたのだ。その時、エリザベートはまだ7歳だった。
両親からは、三人姉妹のうちから、プリムス王子の伴侶になるのだと言われていた。エリザベートは、二人の姉のどちらかが伴侶になるものだと思っていたのだ。
姉達二人とも既に亡き今、エリザベートがプリムス王子を好きになっても誰も文句は言わないと思うけれど、姉達の事を思い出すと、心にストッパーがかけられてしまう。
(明日からは、自分一人で行動しなければならないのね?)
意識的に気持ちを切り替える。
リーネと出かけるとなると、専属騎士は邪魔になる。
今日は街を案内してもらって、これからは一人でやりたいことをやっていかなければと心の中で誓う。
「そう言えば、ミミス王国で疫病が流行っているらしい。国境を封鎖した」
「疫病ですか?この国にも兆候が出てきているのですか?」
「いや、まだ国境地帯までは、感染はしていないようだが、王都付近までは感染が進んでいるようなので、我が国に避難しに来る者もいるかもしれない。感染者が押し寄せれば、我が国でも感染が起きる」
「そうですね」
国王陛下とプリムス王子は、二人で話していた。
会議をサボっていたので、プリムス王子は、国のあれこれが分かっていない。
捕らわれていた国の事だが、このまま見逃していいのかと、エリザベートは考える。
神に与えられた使命を全うすべきなのか?
エリザベートは、リーネやコルに相談しようと思った。それでも結果が出せなければ、精霊王に相談してみようと考えた。
囚われの身になるのは怖い。
この国から出れば、捕まる可能性も出てくる。
食事を終えて、美味しいお茶を飲みながら、エリザベートは考える。
「エリザベート嬢、今日の予定だが、準備ができたら出かけよう」
「はい、プリムス王子」
プリムス王子は既にお茶を飲み、エリザベートがゆっくりしているのを待っていたようだ。
いつの間にか、国王陛下も叔母様もエオン王子もいなくなっていた。
エオン王子は勉強があるようで、殆ど家庭教師に勉強を教わっているようだ。
初日に甘えてきたが、あれ以来、王子らしく立ち居振る舞いをするようになった。
きっと叔母様に叱られて、家庭教師の指導が入ったのだろう。
幼いのに、王子教育を受けなければならないのは可哀想だが、エリザベートも幼い頃から、家庭教師がついて、王女としても勉強をしてきたので、王族に生まれた責任の重さは知っている。
「すぐに準備をして参ります」
「ああ、急かせるようですまない」
「いいえ、多忙なのに、気付かず申し訳ございません」
「その事はいい。僕がエリザベート嬢と一緒にいたかっただけだ」
二人でダイニングを出て、プリムス王子はエリザベートを部屋に送っていく。
「鉱山の探索は、プリムス王子が休みの日にいたしましょう。プリムス王子がお仕事の間は、リーネと出かけようと考えておりました」
「危険な所に行かないように、できれば、騎士を護衛に、この近辺を散策していただきたいが」
「ええ、でも、リーネやコルの事は秘密にした方がいいでしょう。リーネはわたしの守護神、きっと大丈夫だと思います」
部屋の前まで送ってもらい、お辞儀をする。
「すぐに支度して参ります。厩でよろしいでしょうか?」
「ああ、厩で待っている」
「では、のちほど」
エリザベートは部屋に戻った。
モリーとメリーが「お帰りなさいませ」と頭を下げる。
「今日も出かけてきます」
「お帽子はいりますか?」
「いいえ、プリムス王子と一緒に出かけますので、また早駆けをして参ります」
モリーとメリーは嬉しそうな顔をする。
二人とも、エリザベートがプリムス王子と一緒に行動をすることを応援している。
言葉に出しては言わないけれど、表情がそう伝えてくる。
心が流されそうになってしまう。
コルがわたしの肩に乗り、リーネが、足元に寄ってくる。
歯を磨き、顔を洗うと、モリーとメリーが軽めのお化粧をしてくれる。
長すぎる髪を綺麗に梳かされるとお出かけの準備は出来上がりだ。
加護を受けてから、エリザベートの不健康な顔色もよくなり、体力も付いてきた。
傷んでいた髪も艶か出て、輝くような髪色になったような気がする。
(一度、精霊王にお目にかかってきた方がいいかもしれないわ)
疫病の事が心配だ。
エリザベートを捕らえていた国の話だが、民までは罪は無い。
仕返しをするなら、エリザベートに悪口を言っていた元婚約者やエリザベートの地位を狙っていた女や牢獄に住まわせて食事を与えなかった国王陛下や王妃ではないかと考えた。
エリザベートはリーネを抱き上げて、「行ってきます」と声をかけて、部屋から出て行った。
厩で待ち合わせをしていたプリムス王子は、温室にいた。
エリザベートが花を摘みにやっていると思っていたのだろう。プリムス王子は優しく微笑む。
数本、美しい花をハサミで切ると、その花束をエリザベートに手渡す。
「ありがとう」
「待ち合わせは、温室と言えばよかったと後悔したのだ」
「そうね」
毎日、エリザベートが両親の墓に参るのを知っているプリムス王子は、一緒に墓参りに付き合ってくれる。
その事を知っているのか、専属騎士は付いてこない。
エリザベートは前日の花を片付けて、新しい花をたむける。
祈りを捧げた後、プリムス王子と厩に向かう。
「わたし、お金を持ってないの。平民の洋服を買うことができないの」
「それは僕が準備する」
プリムス王子は既に、平民の洋服を身につけている。
綿のシャツに綿のズボン。長袖のシャツの袖は、肘の所まで折り曲げている。質素な洋服を着ていても、プラチナブランドの髪や青い瞳は、貴族めいていて隠しようが無いのが実情だ。
男爵家や子爵家の御曹司くらいには見えてしまう。
厩に着くと、エルペスも似たような服を着ているが、やはりいいところの坊ちゃんを隠すのは難しいと思った。
エルペスは侯爵家の次男だという。やはり血統は隠しようが無い。
「エリザベート嬢、今日は僕の事、王子と呼んでは駄目だよ。プリムスと呼んでくれ、僕もエリザベートと呼ぶから」
「分かったわ」
プリムス王子とエルペスは、馬を引きながら、今日の約束を口に出した。
市井に下りるのだから、当然だと思う。
リーネを下ろすと、リーネの体が大きく変貌していく。プリムス王子達が馬に乗ると、エリザベートもリーネ跨がった。
コルはエリザベートの肩に乗り、エリザベートの髪を一房掴んだ。
今日の先頭はエルペスだ。その後に、プリムス王子、最後にエリザベートが続く。
市井に下りると、馬から下りて、旅館の厩に馬を預けた。
リーネは子猫の姿になる。
初めて見る街の様子に、エリザベートは笑顔になる。
街には活気があり、人が多くいた。
最初に向かったのは、女の子の洋服が売っているお店だった。
古着から新品の洋服まで、たくさん並べられていた。
「エリザベート、気に入った物はあった?」
「どれがいいかしら?」
エリザベートは初めて見るシュタシス王国の平民の洋服を前に、戸惑っている。
プリムス王子とエルペスは、二人で選んでくれた。二人が選んだワンピースにすることにした。
薄桃色の膝丈のワンピースだ。綿でできていて、シンプルで可愛らしい。
直ぐに着替えて、リーネに着ていたワンピースを片付けてもらった。靴も平民の靴を履いた。靴もリーネが片付けてくれた。次は薬草を売りに行く予定だ。
人が溢れた市場は危険だからと、プリムス王子が手を繋いでくれた。
初めて見る市場の様子に、エリザベートはワクワクしていた。
いろんな物が売っている。
野菜や果物、色とりどりで、甘い香りもしている。
いろんな魚や動物も売っている。
「プリムス、あれは森で見たことがあるわ」
「ああ、熊だね。猪やキジも置いてあるね」
「あれは、どうするの?」
「肉は食べて、皮は洋服や鞄にしたり防具にしたりするんだ」
「山で捕まえてきたら、買い取ってくれるかしら?」
「エリザベート、もしかして狩りでもするつもりか?」
「森にいたわ。リーネなら狩れると思うの」
「危険な事は止めて欲しいけれど」
エリザベートの腕の中であくびをしている神獣を見ると、なんだかやりかねないような気がしてきた。
「そんなにお金が必要なの?」
「この国は、貧困層はいないの?」
「いるにはいるが」
「寄付をして差し上げたいの。今は夏だけれど、冬は寒いのでしょう?」
「ああ、冬は雪が降るほど冷えるよ」
プリムス王子は、親切に教えてくれる。
「わたし、寒い冬でも古いブランケット一枚しかもらえなくて、食べ物もパン一個だったの。とてもひもじくて、寒くて、そんな人が少しでも減ればいいと思っているの」
「そうだったのか」
プリムス王子は、エリザベートの頭を優しく撫でた。
「それなら、教会に寄付したらいいと思うよ」
「教会ですか?」
「冬になると、炊き出しをするんだ。手当たり次第に寄付をしても、中には、お酒を飲んで飲み潰す者もいる。博打をしてお金をすってしまう愚かな人も一部にいる。人の為にしたいのなら、炊き出しの足しにして欲しいと持って行った方が、喜ばれると思うよ」
プリムス王子は、エリザベートの心情を理解して一番いい方法を教えてくれる。
「因みに、教会で孤児も育てている」
「そうなのね、今日は教会も教えて」
プリムス王子とエルペスは、微笑んだ。
エルペスは薬草を買い取るお店と動物を買い取るお店を教えてくれた。
お客は男性で、女性はいなかった。
「売りに来るときは、一人で行ってはいけないよ」
プリムスとエルペスに注意をされた。
「どうして?」
「狩りは男がする物だ。普通、女性は狩りには行かない」
「女性差別だわ」
二人は困った顔をした。
「薬草も男性が採るの?」
「女性も採る者はいるけれど、女性が売りに来ることは、この国ではまずないと思うよ」
「国の決まりを変えなくてはいけないわ」
「確かにそうだね」
プリムス王子は答えたけれど、簡単にはいかないのかもしれない。
その土地に根付いた風習なのかもしれない。けれど、次からは一人でしなければならないと思った。いつまでも甘えていられない。
薬草は珍しい薬草で、高値で売れた。
半分を自分の資金にして、残りは教会に寄付した。
孤児院に寄付すると、ホッとした。
エリザベートはこれからやることが見つかった気がした。
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