第二章

第1話   神獣に乗って



 精霊王に加護を戴いたエリザベートがいる場所は作物がよく実り、雨も降る。


 疫病の噂は聞くが、シュタシス王国には疫病の兆しは無い。


 エリザベートは、リーネに跨がって、プリムス王子とその従者であるエルペスと国を駆ける。珍しい薬草がある場所は、妖精のコルが教えてくれる。


 リーネは空間収納ができて、採った薬草を新鮮な状態で保存できる力を持っていた。その容量は無限だと聞く。



「プリムス王子、この先に鉱山があるようです。行ってみますか?」



 国を案内してもらうつもりが、リーネやコルが色々、教えてくれる。



「ああ、行ってみよう」



 プリムス王子もエルペスも苦笑を浮かべている。


 山にぶち当たって、エリザベートの姿が消えた。



「一人で行ってしまわれた」



 置き去りにされたプリムス王子とエルペスは馬から下りて、馬を休ませる。


 エリザベートが乗っているのは神獣とだと言う。


 疲れないのか、いつまでも走って行く。


 二人の馬の速度に合わせて走っているのは、見ていて分かる。きっと神獣なら空も駆けるだろう。


 エリザベートは、シュタシス王国にやってきて三ヶ月くらいになるが、日に日に明るくなり、毎日、プリムス王子と早駆けを楽しんで、この国を探検している。


 時々、怪我人を見かけると、そっと治癒を行い、治療費ももらわずに行ってしまう。


 病人がいると知ると、その家を訪ねて、治療も行ってしまう。


 ため池に水が無いと、雨を降らせる。


 国民は、神のご加護だと手を合わせている。


 父上や母上は、明るくなったエリザベートを見て微笑んでいるが、外で行っているあれこれを口止めさせるのは、プリムス王子の役目だ。


 国民は、まだ聖女の事を知らない。


 エリザベートが精霊王に祝福された神の子だと知る者もいない。


 プリムス王子とエルペスは、密かに、エリザベートを守っている。


 もう、誘拐されては困る。


 プリムス王子は、国境でエリザベートを見て、心を打たれた。


 凜として、美しい。


 容姿もそのたたずまいも。


 白いドレスを身につけたエリザベートは天から舞い降りた天使のようだと思ったのだ。


 13歳で誘拐された彼女は、16歳にまで成長していた。その苦労も見えたが、初めてときめいた女性だった。


 痩せ細った体に、心に鎧を纏った彼女の支えになりたいと思った。


 食事の量も、少しずつ食べられるようになり、最近では顔色もよくなった。


 ワンピースの下に、ドロワーズをはき、下着が見えない工夫もしている。


 お転婆な所も魅力的だ。


 両親や兄姉達の死を受け止められるか心配していたが、精霊王に会ってからは、元気を取り戻している。


 毎朝、墓地に花を供えてはいるが、瞳に力が増したような気がする。


 エリザベートとは、エリザベートが幼い頃に、会っていた。


 覚えているかは分からないが、三女の末っ子で、兄や姉達に可愛がられていた。瞳の色がエリザベートだけ、黄緑色でとても美しい令嬢だった。プリムスは両親から三女の内から気に入った令嬢といずれ結婚するといいと言われていた。


 その時から、末っ子のエリザベートを求めていた。


 エリザベートが誘拐されたと聞いた時は、取り乱したほどだった。


 各地に捜索隊を派遣し、噂の類いまで調べさせた。


 誘拐した国をやっと見つけたが、既にその国にはいなかった。


 どこかに売られたと聞いた時は、父は既に傷物になっているだろうとプリムスに言った。傷物になっていたら、エリザベートではないのかと、父と喧嘩をした事もある。


 やっと居所を見つけた時は、直ぐにでも助け出そうと考えた。


 まず影を送り込んだ。


 エリザベートは牢屋に幽閉されていると聞かされた。食事はパン一個。


 笑顔はなく、色白で、体も弱った様子だと報告された。


 助けるからにはエリザベートに危険がないようにしなくてはならないと、いろんな計画を立てた。その時に、国外追放されるかもしれないと早駆けが来た。


 国王陛下と王妃が宮殿を空ける時に、パーティーが行われる。その時に婚約者がエリザベートを婚約破棄し、国外追放するだろうと王子の素行の悪さを知った影からの情報だった。


 直ぐに迎えに行った。


 清々しい顔をしたエリザベートは、暫く会わないうちに昔より美しく成長していたが、体も細く、弱って見えた。


 それでも再会できて、嬉しかった。


 美しい瞳に陰りはなく、王女の威厳を保っていた。


 木に凭れて、エリザベートの事を思い出しながら帰りを待っていると、山の中からリーネに跨がったエリザベートが出てきた。



「ごめんなさい。入り口を開けるか迷ったんですけれど、ここが鉱山だと知られれば、盗賊が勝手に掘り出してしまうかもしれないと思って。中の様子を見てきたの」



 エリザベートはリーネの空間収納から、原石の金鉱と高価なダイヤモンドの原石を取り出した。



「これはすごい」


「これは一部よ。ルビーやエメラルドの原石もあったわ。プリムス王子が国王になった時に、ここをどうするか考えたらいいわ」


「ここを僕のために?」


「ええ、今、この国は潤っているもの。これ以上の産業は必要ないでしょう?プリムス王子が受け継いでから考えればいいわ」



 見せた原石は、空間収納に入れてもらう。



「エルペスも秘密ね」


「ああ、分かった」


「それから、まだこの国には他にも鉱山があるようだけれど、全部知りたい?」


「そうだね、そのうち。秘密の地図でも書いて後世に伝承してもいいだろう」



 エリザベートは、美しく微笑んだ。



「さすが、国王になる器だわ。今すぐに掘り出すと言ったら、どんなに強欲なのかしらと思ったわ」



 プリムス王子は安堵の微笑みを浮かべる。


 エリザベートは、時々、試すような事をすると気付いていた。


 結婚を申し込んだからかもしれないが、自分に相応しいのか試しているような気がしていた。だから、プリムスは誠実であろうと心に決めていた。


 そんなプリムスの心情に気付いているエルペスも、プリムス王子とエリザベートの事を守っている。



「そろそろ、暗くなる。王宮に戻ろう」


「はい」



 休ませていた馬に乗ると、リーネを先頭に走り出す。


 リーネは普段は子猫の形で、エリザベートの近くにいるが、変幻自在と言った言葉通り、虎のような形になったり、馬のような形になったりする。王宮近くになると、その姿は馬の形になり、厩に着く頃には、いつの間にか子猫の形に戻っている。


 あたかも、プリムス王子がエリザベートを乗せて走ってきたような澄ました顔をしている。


 エリザベートは美しく聡明だ。



「プリムス王子、薬草を売って孤児院に寄付したいの」


「それなら、僕が手配いたしましょう」



 エルペスが請けおってくれた。



「明日は薬草を売りに行きましょう」


「はい、楽しみです」



 プリムスは、横から掻っ攫っていった親友の従者をジロッと睨んだ。



「ここは王子より、僕の方が適任だと思って。出過ぎた真似をいたしました」


「いいや、エルペスの言う通りだ。王子が商人と癒着していると知られれば、いい噂は出てこない。明日は平民の姿で出かけよう」


「平民の洋服はあったかしら?」



 叔母様が用意してくださった洋服は、上質なシルクのワンピースとドロワーズだ。



「無ければ、途中で購入しよう」


「はい」



 エリザベートは、プリムスの提案に頷いた。


 


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