第5話   ミミス王国





 聖女を勝手に婚約破棄して、国外追放にしたホタモス王太子は、帰国した国王と王妃に呼び出され、こっぴどく叱られていた。



「ホタモスよ。エリザベートは、聖女であった。心を閉じて、その力を封印していたと考えておった。この国の財宝を大量に使って、やっと手に入れた国の宝を其方は、勝手に婚約破棄し、国外追放してしまった。なんと愚かなことをした?」


「恐れながら、父上、本物の聖女ならエレナがおります。エレナ、こちらにおいで」



 部屋の端に控えていたピンクの髪のエレナは、ホタモス王太子の隣に歩いて行く。そうして、国王陛下と王妃殿下に最上級のお辞儀をした。


 その顔立ちは、人を魅了するに相応しく、愛らしい顔立ちをしている。ボディラインも成熟していて、白いドレスを身につけていても蠱惑的だ。


 孤児院で育ったエレナは、魅了の力を使って、男爵家に養女として迎え入れられた。元が孤児なので品性も教養もそれほどない。

 けれど、欲深く、悪知恵だけはよく働く。



「エレナと申します」


「エレナ、水の花を見せなさい」


「はい」



 エレナは、初級魔術を使って、掌に指先ほどの水の花を作った。それを国王陛下の前に差し出す。



「こんな僅かな水では、大地は潤せまい」



 国王陛下は声を張り上げた。


 確かにその通りだ。


 エレナには、これ以上の水は出せない。


 今すぐ、雨雲を呼び出し、雨を降らせろと言われたら困る。



「恐れながら、国王陛下。今、ここで大量な水を出せば、部屋は水浸しになり、かといって、雨を降らせば、大洪水が起きてしまいます」



 真っ当な事を言っているが、やれと言われたらできないから、災害が起きると聖女らしく神託を言ってみる。


 エレナは魅了が得意だ。


 魅了の力を最大限に出して、国王陛下と王妃殿下に最上級の微笑みを見せる。


 エレナの微笑みを見た者は、エレナに魅了される。


 今まで、その微笑み一つで生きてきたエレナの唯一の武器だ。



「それもそうか」



 国王陛下もその魅了に惑わされて、相好を崩した。


 ただ、王妃様には効果は無かったようだ。


 険しい顔をしている。



「父上、エレナを嫁に迎えたい。聖女の力のある妃なら誰でもよかったのであろう?エリザベートはにこりとも笑った顔を見せたことは無かった。聖女の力も見たことがない。辛気くさい女だった。偽物はエリザベートの方だ」



 魅了に侵されているホタモス王太子は、もうエレナの事しか考えられない。


 早く婚礼をして、エレナを存分に味わいたい事ばかり考えている。


 エレナは、王太子に求められ、早く身籠もればいいのにと思っている。


 孤児から、王太子妃になり、いずれ王妃になれることを夢見ている。


 念のために魔道具は持って来ているが、魔道具は高額で、男爵家の父を惑わせて、一つだけ買ってもらった。


 一時期的に雨を降らせるだけの物だが、これはお守りだ。



「婚礼を許す前には、聖女の力をやはり見せてもらわなくてはなりません」



 黙っていた王妃は、席を立ち、エレナの前に歩いた。


 上品に歩いて来た王妃を、エレナは、魅了するように微笑む。



「誰彼構わず、微笑むものではありません。しっかり口を閉じなさい。淑女として、はしたない」


「はい、王妃殿下」



 エレナは、唯一の武器の笑顔を禁止された。



「一晩中、雨を降らせとは言いません。雨を降らせて証明させてみなさい」


「はい、王妃殿下」



 隠し持って来た魔道具を使うときが来たようだ。


 ブレスレット型の魔道具のスイッチを入れると、暫くして外に雨が降り出した。


 室内まで雨音が聞こえる。


 この魔道具は30分だけしか、雨は降らない。無理矢理、雨を降らせるのだから、エレナの体力をかなり消耗させる。それが、この魔道具の欠点だ。


 エレナが魔道士で魔力量があれば、この魔道具も上手く使えるはずだが、あいにくエレナの魔力量はごく僅かだ。掌に僅かに水の花を咲かせる事しかできない。


 ふらつきそうになる足に力を込めて、エレアはしっかりと立つと聖女らしく胸を張った。



「母上、エレナは本物の聖女でしょう?ちゃんと雨が降っています」


「そのようですね」


「これは、大金を払っただけ無駄だったのか?エリザベートは、偽物だったかもしれぬ」


「では、婚礼を認めていただけますか?」


「許そう」


「許します」


「ありがとうございます。父上、母上」


「国王陛下、王妃殿下、ありがとうございます」



 エレナは、ほくそ笑む。



(魔道具をまた購入しなくては……)



 ほどなくして、ホタモス王太子とエレナは結婚した。


 パーティーは三日三晩行われて、盛大な婚礼パーティーが行われた。


 その後、国のあちこちで疫病が流行りだした。



「エレナ、病気を治してきなさい」



 国王陛下に命令され、エレナは微笑む。


 できるはずが無い。


 そんな力など、微塵もない。


 今度は国王に魅了の威力は効かなかった。



「すみません。吐き気が」



 エレナは仮病を使って、部屋に閉じこもった。



「子ができたか?」



 ホタモス王太子は、大喜びでエレナの背中をさする。


 子供ができれば、仮病は通用する。


 エレナはホタモス王太子を魅了し続ける。


 果たして、運良く身籠もったエレナは、王宮の中に匿われた。


 第一王子の子に疫病が移らないように。



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