第4話 妖精の森
毎日、両親の墓参りに行くのが日課になった。
エリザベートには二人の侍女が付けられた。
モリーもメリーだ。
モリーが赤茶色の髪で、メリーは茶色の髪をしていて、二人とも髪を頭の上で結い上げている。どちらも21歳だと言っていた。
気さくで、塞ぎ気味なエリザベートを励ましてくれる。
侍女が付いていた生活など、大昔のことなので、エリザベートは戸惑ってしまう。自分の事は自分でできるので、侍女を断ろうとすると、モリーもメリーも寂しそうな顔をするから断れない。
話し相手はいた方がいいので、話し相手になってもらう事にした。
護衛は、男性の騎士が付いている。エッセとカウセという焦げ茶色の短髪の男性が交代で付いてくれる。
年齢はどちらも30歳手前のようだ。
エリザベートが両親の墓に行く時は、プリムス王子も共に行く。
温室で花を切って手渡してくれる。
エリザベートも好きな花を切ってもいいと許可が出ているけれど、プリムス王子は、エリザベートの傍に寄り添ってくれる。その側近のエルペスまで、一緒に来てくれるので、お墓参りは大所帯になってしまう。
こちらに来て1ヶ月が経ち、体調も整った頃、プリムス王子が提案してくれた。
「今日は護衛も多くいるから、森の奥に行ってみるか?」
「いいの?」
「その代わり、一人で行かない約束をして欲しい」
「分かったわ」
プリムス王子は優しく微笑んだ。
深い森だった。けれど、道はできている。
1時間ほど歩くと、大きな湖があった。
水が湧き出して、山からも川が流れ込んで滝もある。
景色はとても美しい。
空気が綺麗で清浄で、皆、それぞれに木陰で休んでいる。
エリザベートはその湖に呼ばれた。
『エリザベート、よく来た。待っていた』
『あなたは誰ですか?』
湖の畔に立って、頭の中で会話をする。
すると、返事も頭の中に聞こえてきた。
『私は精霊王』
凪いでいた湖に風が吹いた。その時に湖面が持ち上がり、光り輝く大きな人が浮かび上がった。
全体的に白っぽく見える。
髪も肌も身につけている洋服も。髪は長く足先まで伸びている。
性別は分からない。
男とも女とも見える。
『其方のその力を恨んでいるのか?』
『ええ、この力がなければ、両親は死なずに済みました。わたしも誘拐されることも無かったはずです』
『大勢の命を助けたであろう』
『大勢の命よりも大切な家族を守りたかった』
『その力は、神が与えた尊い力だ。どうか人々を救う事を止めないで欲しい』
『それでも、また誘拐されるかもしれないのです』
『それなら、其方に神獣を与えよう。其方を守り、其方の寿命が尽きるまでの契約だ。名付けなさい』
水面の上を走って来たのは、子猫だった。
エリザベートは、その子を抱きしめた。
白い毛皮を纏った美しい神獣。
瞳の色は金色で、金色の瞳がエリザベートを見つめる。
頭の中に名前が浮かび上がった。
『リーネでどうでしょう?』
『よい名だ。我と共に生きよう』
今度は神獣の声がした。
声は男性の声がした。子猫とは思えないほど、成熟した男性の声だ。
『はい、お願いします』
頭の上に精霊も浮かんでいる。
『あなたは、コルでいいかしら?』
『ええ、いいわ』
こちらは、コロコロ笑いながら答える。
とても可愛らしい。
エリザベートの瞳と同じ色の黄緑の妖精は、透けて見えるような羽が四枚付いて、可愛らしい顔をして、黄緑の長い髪を下ろしている。
『神の子よ。恐れるな。加護を与えよう』
精霊王は、エリザベートの額にキスをした。
体中が温かくなる。力が漲ってくるような感じだ。
(これはわたしの使命なのね?)
ずっと悩んでいた気持ちが楽になる。
(わたしは聖女として生きて行っていいのね?)
『心に不安が起これば、また来るといい』
『ありがとうございます』
エリザベートはリーネを抱きしめたまま、最上級のお辞儀をした。
精霊王は湖に溶けるようにいなくなった。
湖面はまた凪いでいる。
腕に抱えるリーネを撫でると、毛並みが柔らかく頬ずりをしたくなる。
「エリザベート嬢、湖にお辞儀をして、どうかしたのか?木陰で休んだらどうだ?」
背後から、プリムス王子の声がした。
「ええ、そうね」
エリザベートは振り向いて、久しぶりに素直に頬笑んだ。
プリムス王子の頬が赤くなる。
「エリザベート嬢、その子猫はなんだ?」
「今、精霊王様に戴きました。わたしの守護神です」
「精霊王?」
プリムス王子は辺りを見回す。
「もう消えましたわ。わたしの力を使いなさいとおっしゃいました。わたしが恐れているのを知って、この子達をくださったのですわ」
「この子達?」
「もう一体、わたしの肩に妖精がいますの」
プリムス王子はエリザベートの両肩をじっと見た。けれど、見えないようだ。
エリザベートは神獣を地面に下ろした。
リーネは、エリザベートの横にお座りをしている。
「エリザベート嬢、こちらにおいで。少し休もう。母上からも、まだ無理をさせないように言われている」
「はい」
プリムス王子は、エリザベートをエスコートすると木陰に入っていった。
エリザベートは木陰に座るとプリムス王子とエルペスに、今まさに会話をした精霊王の話をした。
すると、二人は顔を見合わせて、プリムス王子は、「この話は誰にもしてはいけない」とおっしゃった。
「父上や母上は、今は助けられなかったエリザベート嬢の事を案じているだけだが、欲が生まれるかもしれない。他人に聞かれれば、また他国から狙われる可能性もある」
「そうね、内緒にしておくわ。でも、精霊王様はわたしに、この湖に来るようにおっしゃったわ。また来てもいいでしょう?」
「護衛は僕が来よう」
プリムス王子は心配性なのか、すぐに返事をした。
「リーネがいるわ」
「こんなに小さな子猫に助けられるのか?」
『変幻自在だ』リーネが心の声で言った。
「変幻自在だと言っているわ」
「それが本当なら、来てもいいけれど、できれば僕も誘って欲しい」
「分かったわ」
エリザベートの事を大切に想ってくれているプリムス王子の心遣いは大切にしたいと思う。
この国の事も詳しくないのだから、案内をしてくれるプリムス王子の存在は大切だ。
それに、エリザベートはプリムス王子に求婚されているので、プリムス王子の事を知るためには一緒にいた方がいいと思う。
ホタモス王子より、何億倍も好感度は高いけれど、好きになれるのかは別の話だ。
斯くして、エリザベートは神獣と妖精と一緒に過ごすようになった。
エリザベートの私用やお風呂以外は、一緒にいてくれる。
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