第3話 国王様の提案
ダイニングで人の食べる食事を久しぶりに食べて、あまりの美味しさに、涙が出てきた。
「美味しい」
一口ずつ味わって、それでも食べきれなくて、申し訳なくて、また涙をこぼした。
「もう、お腹がいっぱいなの。残りは、お昼ご飯で戴きます」
申し訳なくて、叔母様に頭を下げた。
「食事の量は少しずつ増やしていけばいいわ」
「わたしのお食事は、硬いパン一個だけだったのです。罪人のように牢屋に入れられていました。必ず騎士が見守り、わたしが動く度に動くなと言われてきました。なので、椅子に座るか、ベッドに横になるくらいしかできませんでした。罪人のような扱いを受けることで、生き延びていました。聖女の力を封印している身なので、罰を受けても仕方がありませんでした」
食後の紅茶は、懐かしい味がした。
叔母様が淹れてくださったお茶は、母の味に似ていて、まるで母がいるように感じられた。
「さあ、お茶を飲んだら、サロンに行きましょう。家族を紹介するわ」
「お願いします」
叔母はエリザベートの手を繋ぐと、王宮の中を案内しながら、サロンに連れて行ってくれた。
三度ノックをすると、扉を開けた。
広いサロンには、エリザベートを迎えに来てくれたプリムス王子もいた。
プリムス王子は、エリザベートの顔を見て、安心したような顔をしている。
プラチナブランドの髪をした年配の男性が、国王陛下かもしれない。
エリザベートより年下の王子もいた。
「あなた、紹介しますね。姉の忘れ形見のエリザベートです。エリザベート、国王のテクシアです」
「よく無事でいた。方々に行方を捜していたが、たまたま商人がミミス王国の貴族学校の生徒と知り合いで、偶然にエリザベート嬢の所在が分かった。王太子の許嫁にされていると聞いたが、事情を聞いてみると、王太子はエリザベート嬢の事をなんとも思っていない様子で、エリザベート嬢も王太子の事を好きではなさそうだと報告で知った。なので、軍隊で攻め入ろうと思ったところで、パーティーで婚約破棄するという情報を手に入れた。急いで、迎えに参った所だった」
「ありがとうございます。国王陛下」
エリザベートは、心から感謝をした。
「名ばかりの婚約でしたので、王太子とは、数回話をした程度です。それも『無能』と貶まれ、いい思い出はございません。部屋は囚人を捕らえる牢屋でしたし、食事も硬いパン一個でした。今回、王太子から婚約破棄していただき、感謝しております。国王と王妃がたまたま留守の出来事で、二人が在宅中なら、逃げ出すことは無理だったかもしれません。わたしは大金を払って手に入れた聖女でしたので。しかし、わたしは聖女の力を封印しておりますので、普通の人と同じ事しかできません」
「聖女の力は封印できるのか?」
国王陛下は、首を傾げた。
「はい、わたしの気分次第です」
エリザベートは掌を広げると、そこに水の花を作って見せた。
小さな花をそっと国王陛下に差し上げた。
国王陛下の掌には、透明な花が咲いている。
とても儚く美しい形状をしている。
「ただの水ですので、潰してしまえば消えます」
「消すのは、惜しいな」
「この力が目覚めたせいで、家族を亡くしたのなら、この力はこのまま封印するつもりです」
「それも惜しいな。水不足も毎年おこる。病気も流行る」
「国王陛下はわたしの聖女の力が必要で、わたしを救い出してくださったのですか?」
「いや、エリザベート嬢は、妻の家族も同然だ。ソトム王国から救えなかった悔しさもあった。ソトム王国は滅亡したらしい。エリザベート嬢もここにいる限り、命を狙われることはないだろう」
「ソトム王国は滅亡したのですか?」
「ああ、生き神を怒らせたらしい。自害して、今はその存在も消えている」
エリザベートは、ホッとした。
万が一、生きていたら、敵討ちに行ったかもしれない。
それが無謀な事だとしても。
「エリザベート、私の息子と達です」
叔母は、順に紹介をしてくれた。
第一王子のプリムス王子。歳は19歳。第二王子はエリザベートと同じ白銀の髪をして、瞳の色は緑だった。お歳は9歳。王女はいないらしい。
「エリザベート、もし、嫌で無ければ、プリムスの妻になりませんか?」
「血が濃くなりませんか?」
「実は私は、養女で王家にもらわれてきたのよ。だから血縁関係は少し薄くなるのよ」
「……え?叔母様と母はよく似ていましたわ」
「私が真似をしていたのですわ。お姉様は上品で優しいお方でしたので」
「……そうでしたか」
叔母様を母と重ねていたので、少しばかりショックだ。
けれど、エリザベートが王子様と結婚などしてもいいのだろうか?
(本来なら、姉達のどちらかが結婚するはずだったのに……)
考え込んでいると、プリムス王子が目の前まで来て、片膝を折った。
「エリザベート王女、どうか僕の妻に来ていただきたい」
「少し考えさせてください。一度にいろんな事が起きて、混乱しておりますの」
「ええ、それで構いません。この国も案内いたします。どうか、ゆっくり休んでいただきたい」
「お姉様、僕の事もよろしくお願いします」
第二王子のエオンはエリザベートに抱きついてきた。
可愛らしい。まだ幼い王子様だ。
「エオン、お行儀が悪いぞ」
エオン王子はプリムス王子に注意をされているけれど、エリザベートと手を繋ぎ、手を放さない。
可愛いので、エリザベートも振りほどこうとは思わなかった。
「叔母様、両親の墓に案内していただけますか?」
「そうね、そうだったわ」
叔母様は立ち上がると、「こちらへ」とエリザベートを誘ってくれた。
左手に、エオン王子がくっついているけれど、今は一刻も早く両親に会いたい。
エリザベートの後ろから、プリムス王子も付いてきている。
護衛の騎士が大勢付いてきている。
途中で温室に寄ると、プリムス王子が幾つか花をハサミで切って、花束を作って持って来てくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
温室から出ると、湖があり森がある。
高台にある王宮より高台に、ひっそりと墓地があった。
「ここは、王家の墓だよ」とプリムス王子が教えてくれた。
叔母様は、一つの石版の所で足を止めた。
石版には名前が彫られていた。
地面に膝をつき、掘られた文字を手でなぞる。
父、母、兄、姉達、五人の名前が書かれていた。
「遺骨は重なっていたから、誰がどれか分からなかったのだ」
国王陛下が家族の最後の様子を教えてくれた。
エリザベートの胸がギュッと痛くなる。
国王陛下は遺骨になった家族を見ただけだ。
それなら、自害したかどうかまでは判断できないはずだ。
これは、きっと優しい嘘だと思った。
家族は、ソトム王に無残に殺されたのかもしれない。
悲しいことだが、それでも、一緒に殺されたのなら、家族はまだ幸せだったかもしれない。
「家族は一緒にいられて幸せだと思います」
エリザベートは、石版に花を供えた。それから、祈りを献げた。
(わたしに聖女の力がなければ、こんな事は起きなかったと思うと、雨を降らせたり、疫病を食い止めたりした事を悔やみはじめる。
戦場まで子供が行き、怪我を治す行動は目立ちすぎた。けれど、そのお陰で、助かった命もたくさんある。
わたしは、どうするべきだったのだろう。
ただ家族や国民には、謝罪しかない)
エリザベートは存分に家族に謝罪をして、やっと立ち上がった。
「叔母様、ありがとうございます。明日からは、一人で来ても構いませんか?」
「そうね、エリザベートには、侍女と護衛を付けるつもりでいるのよ。護衛と一緒なら許可を出しましょう」
「ありがとうございます」
「少し、暑くなってきたわね。お茶を飲みましょう。その後で、エリザベートはお風呂に入るといいわ。洋服やドレスも見繕いましょう」
「お願いします」
またエオン王子が左手と手を繋いでいる。
可愛いので許せる。
まるで弟ができたようで、寂しかった心にほんわりと温もりが灯る。
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