第2話 王宮
目を開けると、天蓋が見えた。
背中も腰も痛くない。
柔らかなベッドに、柔らかなブランケット。花の香りまでする。
もう一度、目を閉じて寝返りをうつと、また眠気がやってくる。
「エリザベート」
名を呼ばれて、今度こそしっかり目を開けた。
優しい声はどこか懐かしい叔母の声だった。
「シェロ叔母様?」
「ええ、そうよ。私の事を覚えているのね?」
「シェロ叔母様はお母様の妹でしたもの。幼い頃に遊んでいただきました」
エリザベートは、体を起こした。
ベッドに座ったままで、懐かしい叔母の顔を見る。
まるで夢を見ているようだ。
「エリザベートは、大きく育ったけれど、ずいぶん痩せて可哀想に。すぐに食事の準備をいたしますね」
シェロ叔母様は、ベッドの横に置かれた鈴を鳴らした。
チリンチリンといい音が鳴ると、扉が直ぐにノックされた。
「お入りなさい」
「お呼びでしょうか?」
「すぐに料理長に温かな食事を準備するようにお願いしてください」
「畏まりました」
メイド服を着た女の子は、エリザベートより年上に見える。
恭しくお辞儀をすると、部屋か出て行った。
馬車に乗った後、時々、起こされて食事を戴いたけれど、エリザベートは殆ど眠っていた。
いつの間に、到着したのだろう?
「ここは王宮ですか?」
「ええそうよ。シュタシス王国の宮殿の一室ですよ」
「お父様やお母様、お兄様やお姉様達は?」
「慌てないで、エリザベート。まず、落ち着きましょう」
「ええ、そうね。でも、とても心配で」
「実はエリザベートが誘拐された時に、私の所に救援を求める早駆けが来て、軍を率いてシュタイン王国に向かったのだけれど、城は落ちて燃やされていたの。お姉様やお義兄様、王子や王女達の行方も分からずに、王宮の中を捜索した結果、自害されたご様子でした。重なるように、遺骨が残されていたようです。王都も破壊され、あの土地に生きている者の姿はなかったそうです」
「……そんな。みんな亡くなってしまったなんて」
「シュタイン王国を襲った国は、ソトム王国。冷酷非道で有名な国なので、迂闊に手を出せないでいる国です。目的はエリザベートだと思うの。エリザベートには聖女の噂が広がりすぎて、きっとエリザベートを誘拐するつもりで、乗り込んで来たんだと結論が出たの。エリザベートは既に誘拐されて、王家にいなかったので助かったのだと思うわ。辛い想いをしてきたと思うけれど、この国で体を癒やし、お姉様やお義兄様、王子に王女達の分も幸せになって欲しいの」
「……はい、叔母様」
(もう亡くなってしまったのなら、わたしは何の為に生きてきたのだろう?)
いつか、自国に戻る夢を抱いて生きていたのに。
涙が流れていく。
「辛い、お話をしてごめんなさい。でも、遺骨は持ち帰って、この国の墓地に埋葬されているの。体が回復したら、連れていくわ」
「この国に、みんないるの?」
「ええ」
シェロ叔母様は、エリザベートの濡れた顔を濡れたタオルで拭った。その後、愛おしげに髪を撫でる。
「叔母様、わたし、湯浴みをずっとしていませんわ。手が汚れてしまうわ」
「いいのよ。エリザベートは、お姉様によく似て懐かしいのよ。それに、助けられて嬉しいのよ」
「はい、ありがとうございます」
エリザベートは、深く頭を下げた。
国境は抜け出せたけれど、死ぬ覚悟までしていたエリザベートを助けたのは、シュタシス王国の王子や騎士達だ。
「ダイニングルームに下りられるかしら?」
「はい、起きられます。でも、着替えがありません」
エリザベートは、今、シルクのネグリジェを着ている。
こんな贅沢なネグリジェを着ていたのは、誘拐される前の事だ。
「少しだけ、準備をしていたの。これからの事は、食事の後に決めていきましょう。国王にも紹介をしなくてはいけません」
「はい」
叔母様は、王妃様になる。
シュタイン王国とシュタシス王国は、同盟国だった。
エリザベートの母と叔母は姉妹で、叔母は時々、王子を連れて遊びに来ていた。
その叔母様が、部屋の奥に行くと一枚のワンピースを持ってきてくれた。
「サイズが合えばいいのだけれど」
「きっと合います」
エリザベートはベッドから下りると、叔母のいる場所まで歩いて行った。
薄い若葉色のワンピースは、エリザベートの瞳とよく似た色をしている。
下着も準備されていて、自分で身につけた。
ワンピースはピッタリだった。
靴はサイズの合わせやすいサンダルのような物だった。
着替えると、叔母様は髪を梳かしてくれる。
「さあ、そろそろ食事ができている頃合いね。ダイニングルームに行きましょう」
叔母様はエリザベートの手を握って、王宮の中を案内しながら、ダイニングルームに連れて行ってくれた。
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