第一章

第1話   やっと自由の身



 森の中に置き去りにされたエリザベートだったが、やっと自由を手に入れて、大喜びをした。



「わたし、自由の身になったのね。やっと囚われの身から放たれたのね?」



 その事が嬉しくて、できるだけ早く国境地帯から離れようと、ただひたすら歩き出す。


 裾の長いパーティードレスの裾が、足に纏わり付いて鬱陶しいが、今はとにかく逃げる方が先だ。


 ここで、また囚われの身になるのは、本意では無い。


 パーティードレスの裾を膝丈で縛り上げ、スタスタと歩いて行く。


 歩いても歩いても森の中。


 キラキラ光る木漏れ日が、まるでエリザベートを祝福しているようだ。



「せめて、隣国の都まで送ってくれたらいいのに、わたしに死ねと言うのね?」



 つい愚痴も出るけれど、こんなに爽やかな気分は、何年ぶりだろう。


 13歳で誘拐されて、もう16歳になってしまった。


 一人で食べる冷たい食事。


 硬い寝具。


 窓の無い牢屋。


 どれもこれも、全て解放された。


 幸せな暮らしは、13歳の誘拐で全て無くしてしまった。


 後ろを振り向くと、もう国境警備隊の建物も門も見えない。


 森の中で野垂れ死んでも、野犬に襲われて死んでも、囚われの身よりはずっと幸せだ。



(お父様、お母様、今頃、どうしていらっしゃいますか?エリはやっと自由の身になりました)



 馬が二頭は走って来て、エリザベートは、道の端に寄った。


 道の真ん中を歩いては、邪魔になってしまう。


 馬が、手前で止まって、馬から美しい戦士が下りた。



(道を尋ねられても、困るわ。わたしはミミス王国の地理も国の事も何も知らない)



 みっともないので、縛ってあるドレスを解いた。白いドレスの裾が真っ直ぐに伸びた。

 戦士の男が、目の前で二人、跪いた。



「僭越ながら、お伺いいたします」


「はい」



 エリザベートは、返事をした。



「エリザベート様でいらっしゃいますか?」


「ええ、そうよ」


「わたくしは、シュタシス王国の第一王子プリムスと申します。聖女様が追放されると噂で聞き及び、お迎えに参りました」



 第一王子プリムスは、プラチナブロンドの髪を背中で一つに結び、青空のように透き通る青い瞳をして精悍なお顔をしている。年の頃はエリザベートより年上に見える。



「エリザベート様は、シュタイン王国の第三王女と聞き及んでおります。シュタイン王国から捜索願が出ておりました。我が国でミミス王国を攻め落とそうと相談しておりました」


「ええ、確かにわたしはシュタイン王国のエリザベートですわ。13歳で誘拐されましたの」


「お探ししておりました」



 エリザベートは、何年ぶりかの淑女のお辞儀をした。


 シュタイン王国とシュタシス王国は同盟国だ。

 我が国に、王妃である叔母様が遊びに来ることも、よくあった。

 まだ色褪せない思い出の日々を思い出せる。



「プリムス殿下、それでわたしをどうするの?もう聖女として過ごすつもりは微塵もないのよ?シュタイン王国に戻れるようにしていただけるの?」


「細かいお話は、王宮にて国王と王妃がいたしますので、どうぞ、我が国においでください」


「分かったわ」



 プリムス殿下は、安心したように立ち上がった。


 傍にいる男性は、若葉のような髪色に、グリーンの瞳をしている。



「隣にいるのは、わたくしの側人のエルペスといいます」


「ご挨拶が遅くなりました。プリムス殿下の側人、エルペスと申します」



 エルペスは礼儀正しくお辞儀をした。


 馬車がやって来て、目の前で止まった。



「ちょうど、馬車もやって来たようだ。どうぞ、お乗りください」



 プリムス殿下は、エリザベートの前まで進むと、そっと手を差しのばした。


 エリザベートは迷いながら、その手を取った。


 どやら馬車までエスコートしてくれるようだ。


 護衛の騎士が馬車の扉を開けてくれた。


 何年ぶりに王女として扱われ、黄緑の瞳に涙を浮かべる。そんなエリザベートに微笑みを浮かべて、プリムス王子はエリザベートを馬車に乗せる。



「ここから王家までは、1週間ほどかかります。後方からミミス王国の騎士団が追いかけてくる可能性がありますので、途中で馬を替えて止まらずに行くと思います。食事の時間は、休憩をいたします。万が一、ミミス王国と対戦しても勝てる人材を連れて来ておりますので、安心しておくつろぎください。まずは、粗末な物ですが、お食事です」



 騎士が、大きなバスケットを椅子の上に置いてくれる。



「ありがとうございます」


「王宮に到着するまで、窮屈な思いをさせてしまいますが、お許しください」



 プリムス王子は、礼儀正しく頭を下げてくれた。


 エリザベートも頭を下げた。


 馬車の扉が閉められて、馬が動き出す。


 馬車はかなり速度を上げている。


 けれど、馬車がいいのか、馬車の椅子はクッションが効いていて、お尻は痛くないし、横揺れして頭をぶつけるような事もない。


 ミミス王国の馬車とは大違いだ。


 エリザベートがミミス王国から追放されたのは、馬鹿な王太子のお陰だ。


 国王と王妃がたまたま留守にしていたから、国外追放されただけの話。


 エリザベートは、他国から大金を払って買い取った聖女なのだから。


 誘拐されてから自分の身を守るために、聖女の力は使わずに生き延びてきた。


 バスケットの中を開けると、ポットとお洒落な茶器とバケットにハムと卵がはさまれたサンドイッチが3つも入っていた。


 エリザベートは、嬉しくて、バケット型のサンドイッチを手に持つと、手ではさんでパンを慈愛の熱で温めて、出来たてのようなホットサンドイッチにして食べた。


 人前で魔術を使った事もなかった。



「美味しい」



 何年ぶりだろう。


 ハムも卵もエリザベートには、与えられなかった物だ。


 誘拐されてから、温かな食べ物は食べた事が無い。毎日、硬いパン1個。


 いつもお腹が空いて、王妃様のお茶会で出されるお茶を飲むより茶菓子を出して欲しいと思っていた。


 王女からまるで罪人のように、粗末な食事しか与えられていなかった。


 魔術を使えば、使い道があると思われ、食事もまともな物が食べられたかもしれないけれど、牢屋に投獄された身で、それほど期待はできなかった。


 ポットの中には淹れたてのような紅茶が入っていた。


 魔道具で温めているようだった。


 馬車の中には、ふわふわのブランケットが畳まれて置かれていた。


 食事を終えると、エリザベートは、バスケットとブランケットを置き換えて、ふわふわのブランケットをしっかり体に巻き付けて、極度の疲労で眠りに落ちていた。




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お読みいただきありがとうございました。


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