第6話 黒兎/ノエル

「おらァ! てめぇ、舐めてんのか。包丁持つとき肘はしめろ! 左手は猫の手! こんなん赤子でも出来るぞ!」


 前言撤回。クラリエさんは怖い人だった。

 いいや違うか。これは私のリアル調理技術が低すぎるのが悪いのだ。料理スキルはスキルと言っても、料理の際には現実に近い工程をこなす必要があるらしい。切ったり、焼いたり、煮たり。何時間置いたりとか、何十分も煮たりするのはゲームなので、ショートカットされるが。

 スキルとして習得してしまえば、そこら辺を無視してごく平均的な値の料理アイテムが生まれる様にもなる。


「はぁ……料理なんてあまりやったことがないからなぁ……」

「ゴタゴタと抜かすなぁ!」

「ひぃ! ご、ごめんなさい!!」


 執務室の更に奥にあったのはキッチンだ。テレビとかでよく見る一流コックが居そうなレベルの本物のキッチンだ。こんな場所で料理をしていること自体が緊張の理由なのに、超怖い鬼教官付きだなんて最悪に最悪を重ねている。

 緊張冴えしていなけりゃ、もっと出来るのにという言い訳を内心でしながら、私は魚を切る。しかし難しい。

 ああ、この魚もプレイヤーと同じならなぁ。遠慮なくばっさばっさと……。


「……」


 いや無理だよ。一瞬浮かんだバカみたいな思考は捨てる。戦闘みたいなノリで包丁を使えば、やれるんじゃないかと思ったが、そもそもあれはスキルありきのものだ。食材の魚の背後を取るとかどういうことだよ。

 そして地獄のレッスンは続いた。

 魚を捌くだけじゃなくて、焼く時の手の動かし方とか、何かゲームじゃなくて本気の調理教室みたいだった。聞けばクラリエさんはリアルでも料理をする仕事をしているとか。そりゃ技術高いよ。

 つまり私はスキルを取りたいという理由だけで、プロの指導を無料で受けているということになる。うん、考えるのやめだ。あまり考えすぎると泣きたくなる。

 一つだけ決心したのは、クラリエさんに口答えするのは絶対にやめようということだ。


「料理スキルを獲得しました……あぁ……疲れた」


 噴水広場のベンチで項垂れる私。これは疲れからくるものだ。

 クラリエさんの指導の賜物で、私のスキルリストには【料理】というものが追加されていた。これで私も生産が出来るようになった。

 ちょっと気掛かりなのは卒業試験として、私の作った海鮮丼を食べたクラリエさんの言葉だ。


「あーははは。あんたは人に料理を振舞わない方がいいわね。何ていうか、マニア向けな味がするから」


 うん、これはどう考えても、私を料理下手と言っている。まあとはいえゲームの中の話。リアルでやれば違うだろう。戻ったらお母さんに何か作ってあげよう。


「スキルポイント稼ぎに行こうかな」


 ルミナリエ近郊の森へと足を向けた。スキル習得条件を満たした後に、スキルポイントを支払うとスキルは獲得できる。【料理】スキル習得に結構ポイントを使ってしまったので、それを稼ぎに行くことにしたのだ。

 スキルポイントは敵を倒せば稼げる。

 ついでに何かのスキルの獲得条件を満たせるかもしれないし、お金も稼げる。バトルとは偉大だ。


「バットルバットル楽しいバットル」


 頭のおかしい歌を歌いながら、森を歩いているとプレイヤーの集団を見つけた。


「今日の俺は絶好調!」

「はははは。そう言いつつ、魔法思いっきり外してたじゃねえか」

「あれは、たまたまだっつうの。次は当てるっつうの!」


 どうやら人稼ぎしてきた後らしい。これは狙い目だ。私は短剣を構える。

 男は片方が170センチほど。もう一人は150センチ。武器は170センチの方は見えないが、会話から察するに杖か本といったところ。もう一人は大斧、より正確にはハルバートか。


「これは接近あるのみだね」


 魔法系スキルは一度も使ったことが無いが、何度も相手してきた感じ、感覚で使えるものでもなさそうだ。スキル発動には口で発言する必要があるらしい。更に発動の一瞬アバターの硬直があるとか。私もINTはそれなりにあるが、隙が出来るので、使わない方がよさそうだ。

 ハルバートは柄が長い。突けるし斬れるし砕ける。中距離戦なら敵なしだ。


「息を殺して……森と同化するイメージ……」


 意識が鋭敏化する。周囲の景色が見えなくなり、世界が静止する。

 来た来た来た……この感覚だ。

 私が強くなれる世界。私だけの世界。

 今……!


「ぶっ殺ーす!!」


 勢い良く走る私を敵は捕捉していない。そりゃそうだ。後ろに目がある人なんて存在しないのだから。ハルバートの男は【敵対感知】を持っているのだろう。何かに気付いたようだ。

 しかし遅すぎる。

 その反応速度じゃあ、私を見ることすら出来ないよ。


「ぐぎゃっ……」


 後ろから首を斬られたハルバートの男は、叫ぶ間もなく死んだ。遅れて気付いたもう一人の男は腰から短杖を取り出した。

 周囲を見渡すが、彼の視線には誰も映らない。

 ハルバートの男を殺した後、私は消滅する直前の彼の死体を台にして、木に上ったのだ。


「どこだ?! 誰だ?!」


 大声を上げながら、男はあちこちを見回している。足音も隠さず歩いていて、隙だらけだ。

 格好よく着地、そこから地面を蹴って一気にダッシュ。後ろから首を狩っ切る。イメージは十分。よーし! いっくぞー!!


「せーの……ほっ……とわぁぁぁぁぁぁ?!」


 木の上から降りた私は、着地どころが悪すぎたのか、思いッきり滑って転んだ。木の幹を踏んだのだ。頭を地面に思いきり打ち付ける。じーんとした痛みが頭一杯に広がる。HPゲージが減少する。


「そこか!」


 男が短杖を私に向ける。

 私はすぐに立ち上がり、すぐ近くの木の後ろに隠れた。


「ファイアボール!!」


 魔法系スキル【ファイアーボール】。火球を撃ち出す魔法、火属性の一番弱い魔法とだけ記憶している。火属性魔法は森の中では燃え移るので強力な攻撃となる。特に私みたいにちょっとのダメージが致命傷になりやすいタイプには。でもそれでも火属性魔法にはもっと広範囲を焼く強い魔法があるはずなのに、何故一番弱い魔法を使ったのだろうか? ファイアーボールには木を焼き払う程の威力は無いのに。

 火球が私が背にする木に当たる。チャンスと思い立ち上がろうとした瞬間。


「いっ?!」


 ダダダダダダダダと恐ろしい連射音が背後に響く。背にしている木から相当な振動が背中に伝わる。


「なななななななななにコレェェェェェェェ?!」


 ファイアーボールにこんな裏技が?! というかこれ魔法ってより銃じゃん! 映画でよく見るやつじゃん!! 研いだ牙は折れかけた。周囲の景色も正常だ。

 少し強くなれる私はもうどこにもいない。

 怖い。殺されるのが怖い。戦うのも怖い。人を斬るのも怖い。

 私は無様に体を丸めて縮こまっていた。

 

「うひゃああああああああああ!!!」


 叫ぶ間も銃声は鳴りやまない。ファイアーボールは弱い魔法だけに、消費MPも少ない。クールタイムだって無さそうだ。あいつが術士系のスキル構成ならば、この連射ファイアーボールも結構な時間続くだろう。その間に隠れている木も燃えてしまうだろうし。何より音が凄い。他のプレイヤーが漁夫の利狙いで来る可能性も高い。

 

「ビビってる暇はない……! いっくぞオラァァァァ!!」


 ファイアーボールにもムラがある。その一瞬を突くしかない。

 連射が止まった瞬間、私は縮地スキルで背にしていたもうボロボロの木を一気に駆け上がる。


「うおりゃああああああ」


 そのまま跳躍すると私の体は森を抜けていた。


「あ、綺麗」


 空が見えた。跳躍の勢いが残り、体が落ちていくまでの一瞬。私は空を見ていた。ヴァーチャルの空を見て私は攻略サイトで見たある情報を思い出していた。

 『エンジェルダストに特定モーションの技は存在しない。だが、だからこそ……そこに研究の余地がある!! スキルを発動させると武器及びPCボディは発光する。その発光状態での攻撃はスキルにもよるが威力が上昇する。これを利用して、特定モーションでのスキルを随意発動させるための型を我々は開発した。その名も……』


「必殺技……!」


 天高く舞い上がり、そこからの一瞬の斬撃。これを必殺技と呼ばずして何が必殺技だ。


「でも名前どうしようか。ってもう落ちるし……!! きゃあああああああああ!!!」


 垂直落下する体。落ちたらきっと死ぬだろう。下を見ると怖い。すくみ上ってしまう。視界が散りついた。端末のセーフティ機能だ。きっとこれに任せれば、私は死なずに済むだろう。

 だけど……!! それではいつも通りだ。


「たまには……らしくないことをやれーーーー!!!」


 短剣を構える。

 眼下に見えるのは恐ろしい地面なんかではない。敵の姿だ。ファイアーボールの音で、私がどこにいるか分かっていないのだろうまだ木に向かって炎弾の雨をぶちまけている。


「死ねえええええええ!!!!」 


 私のSTRは少ない。だからこそスピードで勢いを乗せて斬るのが私のやり方だ。

 その中でも重力落下はとりわけスピードがつく。この速さは私の武器だ。


「私流必殺……」


 『必殺技には名前を付けるのがセオリーだが、実際のプレイで技を叫ぶ必要は全く無いぞ。隙だらけだからな。でも、やっぱり名前がある以上、叫びたい!』

 攻略サイトのそんな書き込みを当時の私は冷めた目で見ていたが、今ならその気持ちが分かった。せっかく命名した必殺技だもの。叫ばなくては損だ。その存在を周囲に知らしめてやらねば、必殺技が可哀そうだ。

 落下しながらの斬撃、【バックスタブ】と重力の勢いによる威力上昇。それは正しく必殺の一撃だろう。

 男はまだ私の存在に気付かない。


「垂直斬りぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 魔法を撃ち続ける男の背に私の短剣が深く食い込んだ。重力に流れるままに短剣が背中を滑る。 


「……何……上だと?! 一体どんなスキルで……ぎゃあああああ」


 断末魔を上げながら男は死亡した。

 PCボディが消滅していくのを、私は見届けていた。

 体を支配していたのは、とんでもない倦怠感と、着地した足の痛み。それから……スカッとする程の達成感。これは……ヤバい。


「はは……やった……やってやったぞーぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 気付けば、叫んでいた。

 何度もやっていたPKだけど今回のはとりわけ気分が良かったのだ。

 それから私は電池の切れたスマホのように、意識を失った。

 次にインした時は、廃墟都市ルミナリエだったので、多分寝ている時に誰かに殺されたのだろう。

 その後、私は装備を新調した。本当は赤くてカワイイ服が良かったのだけど、私の戦闘スタイル上、それは危ないので黒い装備にした。それでも最低限カワイイ服にする為に、うさ耳のフードが付いた黒いコートを着ることにした。赤はカワイイから目立つからね。黒がいいのだ。地味な私には。

 前ならただ地味なだけの装備にしていただろう。でもちょっと気分のいい私はそんなことはお構いなく、地味カワイイ装備を揃えていったのだ。


 それから……一か月程の時が経った。

 伊織はまだゲーム出来ていない。私もソロプレイヤーのままだ。フレンドと呼べる人は未だにいない。モヒカン頭とかクラリエさんとの交流はそれなり。

 でも一つ変わったことはある。

 なんとこの私に異名が付いてしまったのだ。まあ一か月前の時点でやたら強い女アサシンとか言われては言いたのだけど。でも異名となるとちょっと違う。私の存在がこの世界に刻み込まれたのだ。

 その名も【黒兎】。きっとフードのせいだろう。この装備を外せなくなってしまったではないか。

 まあそれはいいとして。

 黒兎ことノエル。篠宮綾香でありノエルであり黒兎でもある。

 それが私だ。

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Black Rabbit-暗殺特化のVRMMO日記-黎明編 Naka @shigure9521

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