第5話 紅蓮の女主人

 モヒカン頭に連れられてやって来たのは、廃墟都市ルミナリエのレストランだ。結構広く、中はテーブル席が二十とカウンター席が十。廃墟を使っているものではなく木造建築の新しい建物なので、床や壁は綺麗だ。どこか山小屋チックな雰囲気がある店内だ。

 私自身、外から見て楽しそうだなぁと思いつつも、未だかつて一度も入ったことは無かったので、結構舞い上がっていた。


「へぇ、結構雰囲気あるんだなー……」

「だろ? 俺達もここで飯食うのはいつも楽しみにしてんだよ」

「ゲームの中なのに食事するんですか? お腹に貯まりませんよね?」

「だから食うんだろ。いくら食っても現実には何の影響も無いからな」


 確かに。それなら食べ過ぎてもいいということだ。おやつとか夜食代わりに利用するなら良さそうだった。レストランに入ると鼻腔をくすぐるいい匂いがそこら辺に漂っていた。現実の体が腹を鳴らしている気がした。


「うーん、これはお肉の匂い?」

「ここのおすすめは山賊焼きらしいぜ」

「山賊焼きか……」


 エンジェルダストの世界観的に山賊なんて居なさそうなものだが、一体どこから現れた料理なのだろうかこれは。モヒカン頭は店内をずいずいと進んでいく。どうやらウェイトレスがテーブルに案内する形式ではないらしい。遠目に見えたのは席に座ったプレイヤーの元へすすすとウェイトレスのNPCが注文を聞きに行っている所だった。


「私達は何か食べに来たんじゃないんですね」

「まあな。生産系スキルを教えて貰いてェんだろ?」

「はい」

「だったらここがいい。少し口は悪いが、親切なババアがいるからよ」

「え……」


 少し口が悪いということを聞いただけで、帰りたくなってきた。しかし助けを求めた手前、やっぱいいですとは言えない。

 怖くて仕方ないが、この親切なモヒカン頭が言うのだから大丈夫だろう。

 そう思って付いて行く。モヒカン頭は店の厨房にいる店員に何かを言うと、店の奥への扉を開ける。ファミレスとかならばトイレがありそうな扉だったが、そこは暗い通路だ。店側の扉は閉められてしまっているため、光も入らない。

 私は訳も分からず付いて行くのみだった。そしてモヒカン頭が立ち止まるとそこには大きな両開きの扉があった。


「開けるぜ」

「は、はい……お願いします」


 モヒカン頭は扉に手を突いて力を入れる。扉はゆっくりと音を立てて開いてきた。光が漏れてきて、私はつい顔をしかめた。ふと何かキラリと光るものが飛んで来ているな、と思った瞬間私の体は反射的に動いていた。


「部屋に入る時は、ノックしろっていつも言ってんだろうがァ!」


 それはフォークだった。殺人的なスピードで飛んでくるフォーク。タウンマップだからHPは減らないので死なないだろうが、それでも私の体は勝手に短剣を握り、飛んでくるフォークを一つ残らず叩き落していた。


「はぁ……はぁ……」


 急な運動にヴァーチャル空間なのに息を切らしている私を見て、モヒカン頭は目を輝かせていた。


「すげぇぜ。姉御の投げフォークを全て叩き落すたあ。流石俺が見込んだ人だぜ」

「いや……はは」


 こうなるなら先に言っておいてほしかった。それなら心の準備だってしていた。急にフォークが飛んでこようが罵声が飛んでこようがどんとこいだったのだが、何の説明も無しにこられると心臓にかなりの負担がある。


「その子がお前をキルした子かい? 確かに面白い女の子じゃないか」


 やけに堂に入った声が聞こえたと思い、そちらを見る。開け放たれた扉の向こう。そこは言ってみれば執務室のような場所だ。木造のレストランとは異なり、この部屋はやや高そうな拭き漆加工された木を使っている。

 そこにいたのは背の高い女性。赤い髪の炎のような女性だ。フォークを投げたのはこの人らしい。恐ろしい投擲技術だ。絶対に逆らわないようにしよう。


「あなたは?」

「あたしはクラリエ。【紅蓮の女主人】のギルドマスターさ」


 ギルドマスター。しかも【紅蓮の女主人】とは。ギルドとはプレイヤーで組織される集団だ。イベント攻略を重視するギルドや、生産系に特化したギルドなど、特定の目的をもって構成される集団と私は認識している。【紅蓮の女主人】は料理スキルに特化したギルドだと話には聞いていたが、まさかこんな所でそのマスターさんに会えるとは。

 さすが料理スキル特化のギルドマスター。レストランの奥に部屋を設置しているとか……ん?


「って待って?! てことは蜥蜴亭って」

「そうさ。この蜥蜴亭はギルドホームだよ」

「ギルドホームってギルドで買える建物だよね?! 何でそれがお店になるのさ?!」

「それがなるんだよ。最初はこの執務室だけだったんだけどね。改築する内にレストランを作れるようになってたのさ」

「はぁ……なるほど……」


 クラリエさんは最初に聞いていたよりも優しい人間だった。聞けばちゃんと返してくれるし、キレっぽい印象も最初だけのものだった。優しく笑う姿なんて保育園の先生の様だ。もしかしたら教育関係の人なのかもしれない。多分。クラリエさんの装備は何というか女戦士といった印象の物で、薄いジャケットの上にボディラインを強調するかのようなハードプレート。腰や足も鎧を着けている。


「うーん」


 私は自分の姿を見る。初心者装備の服と半ズボン。どう見ても心許ない。私の戦闘スタイルには動きやすくてちょうどいいが、少しはおしゃれもしたいものだ。


「それで料理スキルを学びたいって話だったね」

「え、は……はい! というかこれってプレイヤーから学べるものなんですか?」

「生産スキルの習得には、特定のNPCもしくは該当のスキルをマスターしたプレイヤーから指導を受ける必要があるのさ。あたしは料理スキルをマスターしているからね、あんたみたいな子は意外と多いんだ」

「へぇ……」


 師匠システムというものらしい。プレイヤーが師匠となって弟子を鍛えるシステム。弟子とはいってもスキル習得だけなので、現実的な師弟関係とはちょっと違う。

 私の隣にいるモヒカン頭が耳打ちしてきた。


「実は姉御は誰の師匠にもなったこと無いんスよ」

「はぁ、そうなんですか」


 ん? てことは私もダメなのでは? てかそれ知ってるなら何で連れて来た? 私の心の弱さを甘く見ないでほしいものだ。

 何でもクラリエさんのお眼鏡に敵うプレイヤーが現れたなら、教えてもいいらしい。習得スキルの精度というか最初の熟練度は師匠の技量にもよるのだ。料理特化ギルドのマスターであるクラリエさんから教えてもらったなら、最初の熟練度もそれなりに高いものになるだろう。熟練度によってスキルは効果を増す。クラリエさんから教えてもらうことの重大さが何を意味するかはわざわざ言うまでもないだろう。


「……まあそうか間引きしないと、弟子候補者が増える一方だもんね」


 それを考えれば、断る理由も分かるものだ。私がクラリエさんの立場なら……ギルドマスターというだけで死にたくなるので、考えるのはやめた。

 仕方ない。足が震えて、背筋が固くなるほどに怖くて緊張するが、ここはヴァーチャル空間。現実とは違う。


「……」


 私は固く拳を握った。クラリエさんを正面から見る。


「クラリエさん」

「なんだい」


 クラリエさんは薄く笑う。ああ。この人は私を試している。

 断られるのが怖い。でもそれでも、何のためにゲームを始めたのかを思い出せ。


「料理スキルを、お……おしえ……教えてくだひゃい!!」


 頭を下げる。泣きそうだ。フォーク投げのせいで、私の精神状態は戦闘中のすっきりとしたものになりかけていた。だからこそそれだけで済んでいる。素面なら逃げだしているだろう。

 

「いいよ」


 そして帰ってきた言葉はかなり軽いものだった。私は耳を疑った。まさか彼女はいいよと言ったのか?


「だからいいよってことさ。あんたは面白そうだからね」

「は、はぁ……。え? マジですか?! 面白そうってなんで?!」

「さっきのあたしのフォークを弾いた時のあんた。正直あたしもゾッとしたよ。これでもかと肝の据わった表情でね。でもそれが普通の女の子っていうギャップが何とも面白くてね。先を見てみたくなったのさ」

「……?」


 クラリエさんの言っている言葉の意味が半分くらいは呑み込めた。しかしあまり期待されても困る話だ。

 そしてクラリエさんによる地獄の料理教室が始まってしまうのだった。

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