―147― 仮面
前夜祭を翌日へと控えた今日、何日にもかけて行われていた儀式はようやっと終わりを迎え、ついに結界を展開できるようになるらしい。
儀式も終盤。協会の中はいつもより緊張感が漂っている。
俺も最後まで気を抜かずに護衛を務めないと。
そう心に決めて、俺は神官長シエロティナを見張り続けていた。
なんせ、俺は予言が必ず起こると確信していた。
だから、それが起きたとき、即座に対応することができた。
協会に人が入ってきたのだ。
とはいえ、儀式には村人たちにも見学してほしいという方針から随時扉は開放してある。だから、人が入ってきたのはなにもおかしいことではない。
おかしかったのはその格好だ。
それは仮面を顔につけていた。
白塗りされていて目の周りだけ豪華に装飾されている仮面だ。恐らく、仮面劇で使われるものだろう。その上、黒いマントを全身にまとっていて、体格すら把握できない。
おかげで、仮面の人物は男なのか女なのか、年齢もなにもかもがわからない。
流石に、怪しいと思い、俺は立ち上がる。
「おい、そこの者! それ以上は関係者以外、立ち入り禁止だ」
仮面の人間が神官たちのいる壇上へと行こうとしていたので止めようとする。
すると、仮面の人物はこっちを振り向いた。
表情が見えないので、なにを考えているのかわからない。
いつでも動けるように剣の鞘を握った瞬間、仮面の人物はなにか動作をした。
途端、黒い霧が協会内を覆い尽くした。
なにも見えなくなると同時に、あることを思い出す。ナミアのふりをしたレヴァナントがこれと同じことを俺の家でしたことを。あのときもレヴァナントは黒い霧を出して、俺の前から姿を消したのだ。
まさか、目の前にいる仮面の人物はナミアの姿をしたレヴァナントじゃないだろうか。
けど、それについて考える前にやることがある。
まず、神官長シエロティナを守らないと。
とっさに、彼女の前まで飛び出しては剣を抜く。霧のせいでなにも見えなくても、シエロティナの位置は覚えている。
カキン、と金属音がなる。
予言通り、仮面の人物は短剣でシエロティナを襲ってきた。予言で知っていたおかげで、こうして剣で防ぐことができた。
それから何度かお互いに剣をうちつけあう。見えない分、俺のほうが不利だが、それでもなんとか対応できる。
「光をつかって霧を晴らします!」
後ろからシエロティナの声が聞こえた。
そんなことができるのかと思いながら、黙って頷く。
「〈
その声と同時に、光が放される。
すると、徐々に霧が晴れていく。
そして、目の前が見えたときにはすでにそこに仮面の人物の姿はなかった。
「聖杯がないわ!?」
誰かの叫び声が聞こえた。
確かに、中央に置いてあった聖杯がなくなっている。
それと同時に、外へと通じる扉が無造作に開いていることに気がつく。
聖杯を奪われた。
そのことに気がついた俺は慌てて外をでる。外はすでに暗く小雨が降っていた。
「くそっ」
左右を見るが、聖杯をもっているらしい人影はどこにも見当たらない。
「キスカ、落ち着いてください。私なら、聖杯の位置をどれだけ離れても特定することが可能です。だから、私と共に探しに行きましょう」
「だけど、シエロティナをこれ以上危険な目にあわせるわけには」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私はここにいるなかでは最も位が高く責任者でもあります。そんな私が大人しく待っているわけにはいかないのです」
「そうか、そういうことなら」
シエロティナの目には強い意志を感じた。俺がなにを言っても彼女は意見を変えないのだろう。だから、了承する。
それから、シエロティナに聖杯の位置を把握してもらう。
どうやら聖杯は猛スピードで村の外へ移動しているらしい。馬を使わないと追いつけないほどに。
小雨とはいえ、雨が降っているなか乗馬をするのは慣れてないが、一刻も争うので仕方がない。
雨具を着て、馬を借りる。シエロティナを後方に乗せる。
それから夜なので、シエロティナに魔術による光で照らしてもらいつつ進む。
◆
それから数時間後、俺たちはついに仮面の人物に追いつくことができた。
「ようやっと追い詰めた。これ以上、逃げられると思うなよ」
背景には滝があり、これ以上進むのが難しそうだ。そのせいか、仮面の人物は逃げるのを諦めた様子で動く素振りさえ見せない。
「こんな山奥まで逃げて、一体どういうつもりだ?」
周囲を見回しながら、仮面の人物に問い詰める。一心不乱に追いかけていたせいで、自分が今、どこにいるのかさえわからない。こんな調子で、村まで帰ることはできるのか不安だ。
仮面の人物は会話する気はないようで、ただひたすら沈黙を続けている。
「おい、それを返してもらうぞ」
仮面の人物が持っている聖杯を指差しながらそう口にする。
それでもなお、なにも喋らない。
こうなったら力尽くで奪う必要がありそうだ。
そう思って、〈猛火の剣〉の鞘を握った瞬間――
「キスカ、気をつけてください!」
シエロティナの叫び声が聞こえる。
それと同時に、仮面の人物が短剣を手に飛びかかってきた。
とっさに剣を抜いて攻撃を防ぐ。
大丈夫だ。このぐらいの攻撃なら、俺でも対処できる。
仮面の人物の攻撃は素早くて厄介だが、それでも今まで戦ってきた強敵たちを思い出せば、この程度の攻撃なんてことはない。
そう思った矢先、仮面の人物がなにか仕草をする。途端、体中から黒い霧が発生する。
また、この目くらましか。
すでに協会で同じ光景を見ている。だから、恐れることはない。
逆に、黒い霧を放ったため大きな隙が生じている。だから、冷静に剣を横にふって、仮面の人物の体を斬りつける。
「あれ?」
そう呟いたのは違和感があった。
というのも、手応えがなかったのだ。
傷を与えれば、通常なら悲鳴をあげまともに動けなくなるはず。なのに、仮面の人物は傷口を黒い影で覆うと、なんの不自由もなく俺に攻撃を加えた。まさかの攻撃に反応が遅れる。
シュッ、と風を切る音がなる。
しまった、と思った。仮面の人物によって脇を大きく斬られる。
おかげで、俺の体が言うことを効かなくなる。視界がぼやけ、足取りがふらつく。
「キスカッ! 大丈夫ですか!?」
シエロティナの悲鳴が聞こえた。
見ると、彼女が俺のもとに駆け寄ろうとしていた。
くるなっ、と叫ぼうとしてうまく口が回らない。
すると、仮面の人物がシエロティナのほうを振り向いて、彼女に飛びかかろうとする。まずい、このままだとシエロティナが殺されてしまう。
「〈
そう言って、シエロティナが目映い光を放った。
そのせいか、仮面の人物が怯んだのか、半歩後退するのが見えた。このチャンスを逃すな……!
そう思って、なんとか足を動かして、背中から剣を突き刺す。けど、さっきみたいに怪我を負っても動けるかもしれないから、後ろから倒れるように覆い被さりそのまま拘束する。
体勢を維持しながらレヴァナントの背中に剣を突き刺し続ける。すると、仮面の人物はカタカタと動いて抵抗するが、それでも数十秒後には動かなくなる。
どうやら、うまく急所を攻撃して絶命させることに成功したようだ。
「キスカ、大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとか」
少しでもシエロティナを安心させようと聞こえるように返事をする。
「今すぐ、治癒魔術を施しますので」
そう言って、シエロティナが体の様子を見ようとする。
そんななか、俺は仮面の人物の正体が気になっていた。結局、なんで仮面なんてつけていたんだろう。
だから、無造作に仮面を取り払う。
「――――ッ!!」
息をのむ。知ってしまったのだ。
正体は意外でもなんでもなかった。
恐らくそうなんだろうと俺は予想していたし、その予想は全くもって当たっていた。
仮面の下にあったのは、ナミアだった。
いや、違う。ナミアの姿をしただけのレヴァナントというアンデッドであって、ナミアではない。
そうわかっているはずなのに、感情が追いつかない。
たった今、俺はナミアを殺してしまったんじゃないか。
そんな考えが頭の中をぐるぐる駆け巡る。ナミアを救えなかったという後悔で身が引き裂けそうになる。さらに、追い打ちのようにレヴァナントに傷つけられた痛みが俺のこと蝕む。
「おぇえ……っ!!」
気がつけば吐いていた。胃の中ひっくり返したかのうに、吐瀉物が喉を逆流する。
「キスカ、大丈夫ですか!?」
その声に反応する前に、俺は気を失っていた。
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