―146― 膝枕
シャワーを浴びてタオルで体を拭き、鏡の前に立って気がつく。
髪が元の銀色に戻っていた。
髪染めを使って金色へと染めていたが洗ったことで落ちてしまったんだろう。
また明日、シエロティナは髪染めを貸してくれるだろうか? 髪染めは貴重な代物だろうし、もう残ってなかったらどうしようか……。
「シエロティナ様、お聞きしたいことがあるんですが」
だから、寝間着に着替えたあと彼女に確認すべく話しかける。
「キスカ、二人きりのときは敬語を使わないでください」
「え?」
「私はあなたと仲良くなりたいと思っています。そのためには、まずその敬語をやめるところからだと思いました」
「ですが、俺は雇われの身ですから」
「だったら、雇い主の私の言うことを聞くのが道理だと思います」
そう言われたら、そうかもしれないがいきなりフランクな口調で話すのは抵抗がある。
「そもそもシエロティナ様も俺に対して敬語ですよね。なのに俺だけ敬語をやめたらおかしいのでは?」
「私は誰に対してもこのしゃべり方なのでいいのです」
なんだか暴論な気もする。とはいえ、俺が彼女の命令を無視し続ける理由もないため、ここはおとなしく従っておくべきだろう。
「わかったよ。これでいいんだろ?」
「はい、これであなたとも少しだけ距離が縮まった気がします」
そう言ったシエロティナの目はなんだか笑っているような気がした。
「それで、お聞きしたいこととはなんでしょうか?」
「あぁ、髪染めって明日のぶんもまだあるのかなって。この通り、元の髪色に戻ってしまったから」
「そのことなら大丈夫です。まだたくさん残ってますので、安心してください」
「そうか。悪いな、貴重なものなんだろ?」
「そうですね。貴重ではあります。ですが、あなたが気にすることではありません」
そう答えると、シエロティナは立ち上がる。シャワーを浴びにいくのだろう。
彼女がシャワーを浴びている間、俺は一人でボーッとしていた。もちろん、予言のことがあるので警戒はしているが、それでもどこか気が抜けてしまう。
どうにも彼女は俺のことを信用し過ぎな気がする。
護衛のこともそうだが、こうやって異性を部屋に招いてしまうのもそうだ。
彼女は見ただけでその人が嘘をついているどうかわかるからと言っていたが、本当にそれだけなんだろうか。
彼女がシャワーからあがったら、その辺りのことを掘り下げて聞いてみてもいいのかもしれない。
「キスカ、あなたに見てほしいものがあります」
数十分後、シャワーからあがったらしいシエロティナの声が真後ろから聞こえた。
だから、俺はなんとなしに振り向いた。
瞬間、目が奪われた。
まず、彼女はまともに服を着ていなかった。一枚のタオルを身に着けていたので、大事な箇所は隠れていたが、それでも裸に近い彼女の格好は目に毒だ。
けど、彼女の魅惑的な格好なんて、今目の前にある情報の中ではとても些細なことだった。
そんなことより、俺は彼女のある部分に目が釘付けになっていた。
それは彼女の髪だった。
俺は彼女の髪の根本から毛先まで、その一本一本を食い入るように観察していた。
彼女の髪の色はくすんだ銀色だった。
さっきまでの彼女の輝くような金色の髪はすでに消え失せていた。
「私もあなたと同じアルクス人なのです」
彼女は確かにそう言ったのだった。
◆
「今まで黙っていて申し訳ございません。口で言っても信じてくれないのではと思ってしまって」
今、神官長シエロティナは対面に座っていた。
すでに彼女も寝間着へと着替えている。
「別に気にしてはいないけど」
そう言いつつも俺は動揺をしていた。
なんせ、自分以外のアルクス人と出会ったのは一度だけ。過去の世界に行ったときに出合った暗殺者ノクぐらいだ。
まさか、こんな身近に同胞がいたなんて思ってもいなかった。
「もしかして、俺のことを信用してくれたのはアルクス人だから……?」
「はい、そうです。私もアルクス人特有の苦しみをわかっているつもりです。だから、あなたを見捨てることができませんでした」
「じゃあ、見ただけでその人が嘘ついているかどうかわかるというのは?」
「あれは、エリエーゼを納得させるためについた嘘です」
「そうか……。納得したよ。ありがとう、色々と助けてくれて」
今まで感じていた疑問が全て解決した気がする。
「シエロティナは自分がアルクス人だってことは他の人に伝えているのか?」
「いえ、話していないです。神官関係者で私をアルクス人だと知っている者は一人もいません。だから、こんなことお願いするのは心苦しいのですが、このことは内緒にしていいだけると……」
「あぁ、もちろんわかっているよ。このことは誰にも言わない」
「ありがとうございます」
シエロティナは軽く頭をさげた。
協会で偉い立場にある彼女がアルクス人だと暴露されたら、色々と揉め事が起きるだろうから、もちろん協力はする。
「それで、シエロティナが髪を染めているのはアルクス人とバレると虐められるから?」
「はい、その通りです。アルクス人のままだったら、今のように出世はできなかったでしょう」
「そうか。100年前、アルクス人が勇者を裏切った影響がそれほどまでに大きいとはな
」
暗殺者ノクのことを頭に思い浮かべながら口にする。俺は彼が裏切った瞬間を目の当たりにした。
「もちろん、それの影響も大きいですが。アルクス人が迫害されている理由はそれだけではありません」
「え……?」
他にも理由があったなんて知らなかった。
「遠い昔、アルクス人が魔族だった時期がありますので、そのせいでしょうね」
「魔族だったとは?」
「ご存知ないんですか?」
「あぁ、初耳だ。その、人間も魔族になれるのか?」
魔族といえば、まっさきに思いつくのは、100年前のとき戦った魔王ゾーガ。彼はオーガの変異種だと聞いている。他には、吸血鬼も魔族の一種だろう。だから、魔族というのはてっきり人間からかけ離れた存在だと思っていたが。
「そうですね。人間でも魔神を信仰していれば、魔族になると思います」
「そうなのか。ならば、もし100年前のときアルクス人が裏切っていなかったとしても、俺たちは迫害されていたのか?」
「恐らく、その可能性が高いと思います」
そうだったのか。過去の世界に行ったとき、俺は暗殺者ノクが裏切ったという事実を変えようと努力して失敗したが、結局のところ行動そのものが無駄だったようだ。
なんだかそれを知って、やるせない気持ちになる。
「あの、キスカのことを聞かせていただけませんか? あなたを見ていると、とても辛そうで、同じアルクス人だからこそ苦しみを共有できると思うのです。それに、神官は迷える子羊を導くのが仕事ですし」
「それはいいけど」
それから俺は自分の身の上話を始めた。
幼少から髪のせいで虐められていたこと。婚約した幼なじみのナミアを殺されたこと。その罪をなすりつけられて、ダンジョン奥地に追放されたこと。
〈セーブ&リセット〉のことや吸血鬼ユーディートや寄生剣傀儡回しのこと、過去の世界に行ったことや記憶の一部欠けてしまっていることなんかは、話しても信じてもらえそうにないから省略したが、それでも俺の話は大分長くなってしまった。それでもシエロティナは真剣に俺の話を聞いてくれた。
「キスカ、こっちに来てください」
話し終わった途端、彼女は真剣な眼差しでそう言った。
「わかったが……」
戸惑いながらも指示に従う。俺は彼女の隣に座った。
すると、彼女は俺の体を倒しては自分の膝の上に俺の頭を乗せる。
「これはどういう……?」
「膝枕です。あなたの話を聞いたら、こうしたくなりました」
すると、彼女は俺の頭を優しくなで始めた。
「今まで辛い思いをされましたね。けれど、あなたは誰よりもがんばりました。そのことを私は認めます」
そう言って、頭をなで続ける。
やり方が不器用かもしれないが、彼女なりの方法で俺のことを一生懸命励ましてくれているんだってことがわかる。
「その、信じてくれるのか?」
「どういうことでしょうか?」
「だって、村のみんなは誰一人俺のことを信じてくれなかった」
「そうですね。裁判の記録を見ましたが、ところどころに改ざんされた跡がありました。それに、私はアルクス人なので、同胞であるあなたを贔屓目に見てしまいます。と、私があなたを信じる理由をあげてみましたが、納得していただけたでしょうか?」
彼女の真面目すぎる説明に苦笑してしまう。
同時に彼女の優しさに触れて、泣きたくなった。
「なぁ、もう少しこのままでもいいか?」
「はい、気が済むまでいいですよ」
もう少しだけこのまま彼女に甘えさせてもらおうと俺は思っていた。
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