―145― 儀式

 魔王討伐100周年を記念した祭典まであと数日と迫っていた。

 神官長シエロティナがそれまでに成すべき仕事は村全体を覆えるほど巨大な結界を張ること。そのために彼女は王都からこの村まではるばるやってきたのだ。

 結界を張ることで魔物の脅威から安全を確保した上で、王族をお出向かいするのだ。


「ここで結界を張る儀式を行なっています」


 神官長シエロティナに案内されたのは村にある小さな教会だ。

 小さな教会であるものの、今は多くの神官や村人たちが押しかけており、中はけっこうなぎゅうぎゅう詰めだ。


「今、神官たちは聖典を読み上げることで祈りを捧げています。この儀式は交代しながら五日間途切れることなく続ける必要があるのです」

「そんなに長くやるんですか」


 五日間という長さに舌を巻く。


「村全体を覆う結界を張るにはそれだけの労力が必要なんです。ただ、それだけ苦労して結界を張っても3日程度しか保ちません。ですから、こういう特別なときにしか結界を張ることはできないのです」

「そうなんですね」


 もし、結界が半永久的に展開することができるなら、普段からあればいいのにと思うところだが、そう都合のいいものではないのだろう。


「そろそろ私も儀式に参加しなくてはいけません。なので、中で待っていただいてもかまいませんか?」

「もちろんそのつもりです。俺はシエロティナ様を護衛するためにいるんですから」

「ありがとうございます。それと、もしよろしければあれを注視していただけませんか?」


 あれ、と指を指した先には金色に輝く大きな杯が置かれていた。

 貴重なものなのか、杯の周りには神官たちが配置されており厳重に管理されてある。


「聖杯です。この儀式においてもっとも重要な代物です。あの聖杯を奪われると、儀式はたちまちに成り立たなくなります。なので、あなたにはあの聖杯を注意深く監視しておいてほしいのです」

「わかりました」


 了承すると、彼女は儀式に参加するべく中央の祭壇へと向かう。その間、俺は事前の打ち合わせ通り他の観客に交じって席に座って見守る。

 それから、神官長シエロティナによる儀式が始まった。

 まずは聖典を用いた朗読が始まった。

 といっても、ただ中身を一字一句違わず読むわけではなく、時折わかりやすく解説を挟んだりしている。正直、聖典の中身は抽象的でよくわからない箇所が多いため、解説があるのはありがたい。

 聖典の中身はまず、この世界の成立ちから始まり、至高神と魔神の関係についてやステータスやスキルに関すること、そして初代勇者の伝説といったところだ。

 正直、最初は興味深く聞いていられたが、これだけ長時間に渡ると流石に飽きてくるな。周囲を見回すと、中には座りながら眠っているものもいる。

 そんな中、神官たちは真剣そうに儀式を執り行っているから尊敬する。

 特に、神官長シエロティナは数時間以上喋り続けているのに、疲れを一切見せることなく明瞭な声量でしゃべり続けている。

 俺も護衛としての役割を果たすために、緊張感をもって常に怪しい人がいないか観察し続けないとな。

 その後、神官たちで聖歌を歌ったり、祈りの呪文を唱えたりと儀式が続いた。 


「今日のところはもう終わりです」

「おつかれさまです」


 夕方近く、数時間以上にわたった儀式がようやっと終わりを迎えた。といっても、儀式自体はまだ終わっておらず途切れさせてはいけないため、別の神官に交代してこれから儀式を執り行うわけだが、シエロティナに限っては、今日はもう予定がないらしい。

 夕食は泊まっている館が用意してくれているとのことだった。しかも、急遽護衛することになった俺の分も用意してくれたとのことで、ご一緒する。


「ひとまず、今日は何事もなく終わりそうですね」


 夕食を食べながらシエロティナがそう呟く。


「えぇ、無事に終わってよかったです」


 と、俺は返事をする。


「予言では私が敵に襲われること以外のことはなにもわからないのですよね?」

「はい、そうです」

「気が抜けない日々が続きますね。儀式の最中に襲われるのか、それとも寝ているとき、もしかしたら食事しているときに襲われる可能性もあります。それに、予言の日が明日なのか明後日なのか、もしくは一年後だったり十年後だったりしてもおかしくありません」

「もしかして祭典が終わった後も、予言に備えて彼を護衛に雇うつもりなんですか?」


 一緒に食事をしていた神官エリエーゼが口に挟む。

 てっきり、俺はすぐさま予言通りのことが起きると思っていたが、そうか数年後先のことを予言していてもおかしくはないのか。


「それはわかりません。ですが、祭典の間はキスカを雇うつもりでいます。祭典が終わった後のことはそのとき考えましょう。あなたもそれでいいですよね?」

「はい、俺はそれでかまわないですよ」


 そんな感じで食事は滞りなく終わった。

 それから夜、寝ている時間も護衛をする必要があるだろうってことになったはいいが、まさか同じ部屋で休むわけにもいかないため、俺は神官長シエロティナが泊まっている部屋の近くで寝泊まりすることになった。


「申し訳ございません!」


 ふと、謝っている声が聞こえた。

 見ると、この館の従業員が神官長シエロティナに頭をさげている。


「どうかしたのですか?」


 近づくと、神官長シエロティナが説明してくれた。


「どうやらあなたの部屋が用意できなかったようです。でも、仕方がありません。無理を言ったのはこちら側ですし」


 そもそも祭典があるということでどこの宿も人が殺到し満杯らしい。そんな中、俺の部屋を用意してもらうようお願いしていたらしいが、どうやら難しかったようだ。


「こうなったら誰かと相部屋するしかありませんね」

「わかりました……」


 正直、知らない人と相部屋するのは心苦しいが受け入れるしかない。これも彼女を護るためだ。


「そういうわけなので、キスカは今日から私の部屋に泊まってもらいます」

「……は?」

「シエロティナ様! それは流石に、どうかと思いますよ!」


 呆然としていると、神官エリエーゼが顔を真っ赤にして非難の声をあげた。


「でしたら、あなたの部屋にキスカを泊めますか?」

「そ、それはその……。そもそも私の部屋には、他の神官がすでにいますし……」

「そういうことですから、私の部屋に泊めるのが妥当かと。キスカの件を知っているのは、私とあなたしかおりませんし」

「えっとですが、男女が同じ部屋というのは……色々と問題が」


 神官エリエーゼの文句はもっともだ。俺だって、一緒の部屋に泊まるのはどうかと思う。


「ですが、同じ部屋に泊まるのが護衛するのにもっとも確実かと思います。なにかがあった場合、すぐに対処ができますし」

「いや、そういう問題ではなくてですね……」


 神官エリエーゼが戸惑っている。まぁ、男女に関する云々を理解してない人に説明するのは難しいよな。とはいえ、こういったセクシャルな問題を異性である俺が説明するわけにもいかないし、ここは彼女にがんばってもらうしかない。


「いいですか。神官長シエロティナ様は客観的に見て、とてもかわいいです!」


 エリエーゼが必死な形相でおかしなことを言い始めた。


「そんなかわいいシエロティナ様と同じ部屋で夜を過ごしたら、どんな男でも我慢できなくなります。私も男だったら、我慢できないです! 私なら間違いなく襲います!」


 言っていることは突飛だが、それでも彼女の必死な説得は伝わったようで神官長シエロティナは納得した様子で頷いていた。


「なるほど、確かに配慮が足りませんでした。ですが、安心してください。私は女性的魅力が乏しいので、キスカが私に興味を示すことはないでしょう」

「神官長ぉおおお!! もっと客観的に自分を見てください! そんなことはありません!」

「ですが、私は胸は小さいですし背も低くですし、年齢のわりには子供っぽいとよく言われますので、私にそのような魅力は皆無かと」

「逆にそれがいいんじゃないですか!」


 神官エリエーゼが絶叫する。

 一瞬、エリエーゼがただの変態に見えてしまった。


「もう一度いいますが、神官長はとてもかわいいです! キスカさんもそう思いますよね!?」

「えっ、えぇ、かわいいと思います」


 急に俺に話を振らないでほしいと内心思いながら、そう答える。


「ほら、彼もそう言っていますし、神官長はかわいいんですよ!」

「……冗談はさておき」

「冗談なんかでこんな必死にはならないです!」

「キスカは信頼できる人ですので、そういう心配は不要かと」

「なんで神官長はこの男をそれほどまでに信用しているんですか!?」

「私はその人を見ればその人が信用できるかどうかわかりますので」

「神官長にそんな力があるなんて初めて知りましたよ!」

「今、初めて言いましたので」


 実際のところ、なんで神官長シエロティナは俺のことをこれほど信用してくれているんだろう。本当に、シエロティナは見ただけでその人が信用できるかどうかわかるのだろうか?

 俺自身はなにかした覚えはないが、ここまで信用されているとわかると、なんだかむず痒い。

 それからも神官エリエーゼによる説得は続いたが、神官長シエロティナが折れることはなかった。

 結局のところ、最も立場が高いのは神官長であるシエロティナだ。部下であるエリエーゼはもちろん、彼女に雇われている俺も彼女の言葉に逆らうことはできない。


「キスカ、それでは中へどうぞ」


 そう言って、シエロティナが手招きする。

 どうしてこうなった、と思いながら、俺は彼女の部屋に入るのだった。


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