―144― 護衛

 この世界で神といえば、至高神ピュトスと魔神デウスゴートの二柱のみだ。けれど、魔神デウスゴートを信仰していると公言すれば、それは魔族と見なされる。

 よって、神を信仰しているといった場合の神は至高神ピュトスを指すのが一般的。

 そんな信仰を生業としている者を神官と呼び、神官の属する組織をピュトス協会と呼ぶ。


「それで、詳しく話を聞かせてもらいたいのですが」


 客室に案内された俺は二人がけの高級そうな椅子に座らされた。対面には、神官長シエロティナがこれまた高級そうな椅子に座っている。


「詳しくと言われても、予言の内容以上のことはなにもわからないのですが……」


 こんなことを言ったら、役立たずと思われるかもしれないが、嘘をついてバレるだろうし正直に言う。


「そうですか」


 対して、彼女はそう返事すると、目の前に置かれた紅茶を啜った。


「こちらお飲みください」


 見上げると、神官エリエーゼが俺の前に紅茶のはいったカップを置いていた。彼女の引きつった顔を見るに、まだ俺のことを信用はしていない模様。


「あの、なんで俺の話を信じる気になったんですか?」


 沈黙に耐えきれなかった俺はなにか話題を、と頭を巡らし思いついたことを口にした。


「別に、全面的に信用したわけではありません。ただ、あなたが嘘をつく理由が思いつかなかっただけです。なので、ひとまず話を聞いてみようと思いました」


 澄ました顔で彼女はそう説明する。

 彼女が表情を崩さないで話すせいで緊張感が漂っている。

 いったい彼女はなにを考えているのだろうか? 想像もつかない。そのせため、この状況を楽観的に捉えるべきか否か、俺はわかりかねていた。


「失礼します」


 ふと、扉がノックされた後、一人の神官が部屋の中へ入ってきた。そして、手に持っていた用紙の束を神官長シエロティナに手渡す。

 用紙にはなにかが書かれているらしく、神官長シエロティナはそれを読み始めた。その間、俺はただ黙って待ち続ける。


「あなた、名をキスカというのですね。そんなあなたは先日、犯罪を犯してダンジョン奥地へ追放されたようですね」


 口を開いたと思った途端、そんなことを口にした。


「ここにあなたについて書かれていました」


 俺が驚いたのを察したのか、そう説明する。どうやら神官長シエロティナが読んでいたのは、俺に関する内容だったらしい。

 きっと神官長シエロティナが部下に命じて、俺のことを調べたに違いない。


「犯罪者ですって!? 犯罪者なんかをここに置いていくわけにはいきません! 今すぐこの者を追い出しましょう!!」

「エリエーゼは黙ってください」

「はい、失礼しました!」


 隣で立って聞いていた神官エリエーゼが声をあらげる。とはいえ、今は神官長に怒られたので静かにしているが。


「冤罪です。俺はなにもしていません。村の連中に嵌められたんです」

「証拠はあるんですか?」

「証拠はないですが、詳しく調べれば俺が犯人じゃないことはわかるかと。俺がナミアを殺す理由がありません」

「そうですか。けれど、私が興味あるのはそんなことより、あなたが今、ここにいることでしょうか。なぜ、ダンジョン奥地に追放されたあなたが外にいるのですか?」


 その疑問は最もだと思った。なんせ、俺は転移陣を使って【カタロフダンジョン】へ追放されたから。普通なら帰ってこられない。


「ダンジョンを攻略したからです」

「……へぇ」


 一瞬、彼女が微笑んだような気がした。もう一度、改めて見たときには彼女はいつもの澄ました表情に戻っていたので、気のせいだったかもしれない。


「100年前、【カタロフダンジョン】では勇者と魔王が抗戦したのをご存知ですか?」

「はい、知っています」

「でしたら、こんな噂をご存知でしょうか。【カタロフダンジョン】には、勇者が封印されている、という」

「勇者……?」


 なんだろう? なにか俺は知っていた気がする。けれど、頭に靄がかかったかのように思い出せない。


「もしかして知っていましたか?」

「いえ、初めて聞きました」

「けれど、【カタロフダンジョン】から攻略したあなたなら、なにかそれらしいものを見たのではありませんか?」

「……いいえ、特になにも」

「そうですか」


 今一度【カタロフダンジョン】での出来事を思い出す。けれど、勇者の封印に関することは記憶にない。いや、俺は明確になにかを忘れていることを自覚している。恐らく、勇者の封印についても俺は知っていたけど、忘れてしまったんじゃないだろうか。


「あの、神官長シエロティナ様。お言葉ですが、勇者エリギオン様は魔王討伐後、【カタロフダンジョン】から脱出し国へ帰ったと伝わっています。ですから、勇者が封印されるはずがないと思うのですが」


 神官エリエーゼの言うとおりだ。

 彼女のいった噂は勇者エリギオン様の伝説と矛盾している。


「ええ、ですから根も葉もないただの噂です。信憑性なんてありません。もし、本当にダンジョン内に勇者が封印されているというならば、勇者エリギオン様とは別に勇者がもう一人いたのか、それとも勇者エリギオン様が偽物の勇者ということになります」


 勇者エリギオンが偽物だなんて、不敬ともとられるような発言に息を飲む。


「神官長、例え噂だとしても今のは言葉が過ぎると思います。誤解されかねません」

「ごめんなさい、エリエーゼ」


 そんなやりとりを済ませた後、神官長シエロティナが再び俺のほうを見て、こう口にした。


「それで護衛の件ですが、正式にあなたにお願いしようと思います」

「えっ、いいんですか?」


 まさかの返答に驚いてしまう。てっきり断られると思っていた。


「はい、【カタロフダンジョン】を攻略した実力をお持ちなら、護衛としてこれ以上ない適任でしょう。祭典の期間、私専属の護衛として働いて貰います。もちろん、相応に見合った報酬は出しますので。引き受けていただけないでしょうか?」

「むしろ、こちらからお願いしたいぐらいです。ぜひ、引き受けさせてください」


 お互いに頭を軽くさげていた。これで彼女を守ることができる。


「その、いんでしょうか? アルクス人を護衛にするだなんて」

「偏見はいけないですよ、エリエーゼ」

「ですが、彼は犯罪者です。そのような者を護衛にするなんて」

「彼は冤罪だとおっしゃっています」

「まさか彼の言うことを信じるんですか!?」


 神官エリエーゼと神官長シエロティナの言い合いの様子を俺はドギマギしながら聞いていた。

 客観的にみればエリエーゼの言うことの方が正しいような気がする。神官長シエロティナが俺を庇う理由が思いつかなかった。


「はい、私は彼の言葉を信じます」


 淡々とした口調で彼女は断言した。

 瞬間、俺の心が奪われるのを感じる。なんせ、俺が冤罪だと主張したとき、村の者でそれを聞き入れてくれる者は一人もいなかった。

 だというのに、彼女は信じてくれた。


「な、なぜですが?」


 エリエーゼが苦心した表情で尋ねる。


「嘘をついているかどうか、私ならそと人を見るだけでわかります。彼は嘘をついていません」

「神官長にそのような力があるなんて初めて知りました」

「はい、普段は隠していますので。それで、エリエーゼは彼を信用すると言った私のことをまだ疑いますか?」

「……いいえ、神官長がそこまでおっしゃるなら、私にはもう言うことがありません」


 どうやらこれで二人の話は決着したようだ。

 神官長シエロティナが護衛の件を撤回してしまうんじゃないかと緊張しながら聞いていたが、どうやら彼女は俺のことを信用してくれているらしい。


「ですが、他の方があなたのことを見るたびにエリエーゼのような反応をされると困りますね」


 シエロティナの視線は俺の毛先にあった。確かに、この銀髪は目立ちすぎる。俺が神官長の護衛していることが村人にバレたらなんて思われるか想像もしたくない。


「なので、その髪を別の髪色染めてしまうのはどうでしょうか」

「そんなことできるんですか?」

「髪染めは特殊な原料があれば可能です。この国では一般的ではありませんが、他国では庶民の間でも広く浸透していたりしますし」


 知らなかった。

 正直、自分の髪色はあまり好きではない。別の髪色に変えられるなら、変えてしまいたいと昔から思っていた。


「ちょうど髪染めの原料も持ち合わせていますし、どうなさいますか?」

「お願いします」


 だから、遠慮なく俺は頷いた。


 それから数時間後、染料を髪から洗い流すと銀髪から金髪へと髪色が変化していた。


「私と同じ髪色です。これならあまり目立たないでしょう」


 隣で立っていたシェロティナがそう言う。確かに彼女と金色だった。

 これから目立つことなく護衛ができそうだ。


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