―143― 差別
「なにもやりたくない」
ベッドで転がっていた。
さっきから気だるくて頭が働かない。
それだけナルハの件が俺の中でショックが大きかった。
もう全てがどうでもいいと思ってしまうほどに。
とはいえ、立ち止まるわけにはいかない。
七つの予言をもう一度見る。一部、予言と呼ぶには相応しくない文言はあるがもとめて予言と呼ぶことにした。
この七つの予言を誰が書いたのか俺は思い出せないでいる。
けど、過去の記憶を頭の中で辿っていくと空白の箇所があり、そこに忘れてしまった少女が当てはまるのだろう。例えば、スキル〈セーブ&リセット〉を俺に渡した少女とか俺は思い出せない。
少女のことは思い出せないが、この予言を書いてくれた少女の期待を裏切るようなことをしてはいけないことだけはわかる。
俺はこの予言をなんとしてでも守らなくてはいけない。
『神官長シエロティアを敵から守れ』
まずやるべきことはこの予言か。
そのためには神官長シエロティナに会う必要があるな。
◆
正直、自宅から外に出たくはない。
外に出てしまうと村人にこの銀色の髪色が見られるかもしれないから。
だから、深いフードのついた外套を身につけて外を歩く。これなら簡単には俺の正体がわからないとは思うが、それでも不安は拭えない。
「おい、何者だ?」
話しかけられる。
見ると、白装束に身を包んだ女性が立っていた。格好から女性の神官とわかる。外にでて見張りでもしていたのだろう。
尋ねたのは村で一番立派な館。ここに、村の外からやって来た神官たちは泊まっているらしい、との噂を聞いたのだ。
「神官長シエロティナ様に用があるのですが」
話しかけられたので用件を伝える。
「質問に答えろ。私は何者か、と尋ねたのだ」
「剣士をたしなんでいるキスカと申します」
「剣士キスカが一体なんの用だ」
用ならさっき答えたが、とか思いつつ質問に答える。
「神官長シエロティナ様に会いに来ました」
「貴様のような身元もわからないようなやつが神官長シエロティナ様に一体どんな用があるというのだ」
神官のくせに随分と口が悪いな。
「神官長シエロティナ様の護衛を引き受けたく参りました」
神官長シエロティナを守るためには、まず彼女の近くにいる必要がある。そのためにも彼女の護衛役になれれば好都合と考えたわけだが。
「護衛だと? すでに神官長シエロティアは我々で厳重に護衛をしている。なぜ、無関係な貴様が護衛を引き受けようというのだ?」
「えっと、もしかして人手が足りないかなと思いまして」
「別に人手は足りているが……貴様怪しいな。調子のいいことばかり言って、裏でなにか良からぬことを企んでいるのではないか?」
そう言って、神官は俺のことを睨み付ける。
マズいな。神官長シエロティアに近づきたい以上、ここで不興を買うのは避けたい。一旦出直すか。
「貴様、アルクス人だな」
次の瞬間、彼女は手に持っていた錫杖を俺に向ける。
確かに、これだけ近づかれれば、フードの下に銀色の髪の毛が隠れていることがバレるのは当然だった。
「第一階梯、
彼女がそう唱えた瞬間、地面から複数の光でできた鎖が飛び出し、俺の手足に絡みつく。抵抗するも、鎖は固くほどけない。これでは立っていることさえ難しい。
「おい、これはどういうつもりだ!」
反射的にそう叫ぶ。
「アルクス人がこんなところで、いったいなんのつもりだ?」
「だから、護衛をするために――」
「嘘をつくな。きっと良からぬことを企んでいるに違いない」
「おい、なんか証拠でもあるのか?」
「貴様がアルクス人だという以外に必要か?」
愕然とする。
もしかしたら、俺の認識は甘かったのかもしれない。確かに、カタロフ村ではアルクス人はひどく嫌われている。けれど、村の外の人間ならもう少し話が通じるだろうと無意識のうちに思ってしまっていた。
そんなのは幻想だった。
「知っているだろう。アルクス人は100年前、勇者を裏切り魔族に肩入れしたのだ。まさにその銀髪は不吉の象徴! この祭典に立ち入るには相応しくない!」
やはりアルクス人はどこにいても差別対象なのか。
結局、過去にいったけどアルクス人に関する風評を変えることはできなかった。
「おい、どうかしたのか?」
「なにか大声が聞こえたが……」
ふと、騒ぎを聞きつけたらしい神官や衛兵が集まってくる。まるで見世物にされている気分だ。
「アルクス人だ。不審だから捕まえた。取調室に連れて行け。尋問すればなにか吐くに決まっている」
「ふさげるなっ! 俺はなにもしていない!」
そう叫んだところで耳を傾ける者はいない。誰もが俺の銀髪を見た瞬間、軽蔑の眼差しを向ける。
クソッ、アルクス人というだけで犯罪者扱いかよ。
「なにかあったんですか?」
とても澄んだ声だった。
瞬間、周囲の空気が変わったのがわかる。誰もが背筋を伸ばし口を閉ざす。おかげて緊張感が漂ったのがわかる。
「神官長シエロティナ様!」
俺のことを捕縛した女神官がそう叫んで、目の前の人物こそが神官長シエロティナなんだとわかる。
まず、想像よりもずっと幼い見た目をしていたことに驚く。恐らく、俺より年齢は年下で背も低い。
偉い人物だと聞かされていたから、もっと高齢な方だと勝手に思っていた。
けれど、幼い見た目に対して表情は大人びていて、聡明であることが一目でわかる。大人たちに囲まれているこの状況でも彼女は臆せず堂々としていた。
「神官エリエーゼ。なにがあったのか説明してください」
神官長シエロティナがそう命じると、俺を捕縛した女神官が「はい!」と返事をして、より背筋を伸ばす。どうやら彼女の名前は神官エリエーゼと呼ぶらしい。
「不審なアルクス人を見つけたのでこの通り捕縛を致しました。これから取調室にて、尋問を執り行う予定であります!」
「不審とは、具体的に彼はなにをしていたのですか?」
「神官長シエロティナ様に会いたいという意味不明なことをおっしゃっていました」
「そうなんですね」
神官長シエロティナがそう頷く。
眉ひとつ動かさない彼女の表情はどこか冷酷なようで、このままだと彼女によって処罰されてしまうんじゃないかという危機感を募らせてしまう。
「待ってください! 俺は決して怪しい者ではありません。ただ、神官長シエロティナ様の護衛を申し出ただけなんです。腕には自信があります! だから、どうか俺を雇ってください!」
弁解するチャンスは今しかない。
ありったけの思いつく限りのことを口にする。
「あなた、出身はどこ?」
「カタロフ村です」
「そう」
彼女はそう返事をすると俺の顔をじっと見つめて、考え事をしているのかただひたすら沈黙を続けた。
そして、一言、
「不可解」
と、口にした。
「あなたが必死に護衛を申し出る理由がわからないですね。なにか特別な理由があるように見受けますが?」
その質問は最もだった。
ここで納得のいく理由を述べることができなければ、怪しい人間だと認定されてしまう。
「ある予言を授かったんです。その予言によると、神官長シエロティナ様は近いうちに敵に襲われてしまう。だから、俺はあなたを守らなくてはいけないのです」
納得のいく作り話が思いつかなかった俺は本当のことを言うしかない、と腹をくくることにした。
「やはり、この者は怪しいです! 予言だなんて、そんなのあるはずがない!」
神官エリエーゼが声を荒げる。
確かに、こんな突飛な話信じられなくて当たり前だ。きっと神官長シエロティナも信じてくれないだろう。
「神官長シエロティナ様、今すぐこの男を――」
「エリエーゼは黙ってください」
「はい、すみません!」
「ごめんなさい。私の部下がうるさくて」
「い、いえ……気にしてません」
神官長シエロティナが部下を黙らせたことに戸惑ってしまう。
「その予言は神から授かったのですか?」
「わかりません」
神官長シエロティナの質問に素直に答える。いったい彼女はなにを考えているのか俺には見当もつかない。
「どんなふうに予言を授かったのでしょうか?」
「……朝起きると頭の中に予言が」
本当は紙に書かれていたのだが、それだと予言に書かれていた紙を見せる流れになるだろうと思い、とっさに嘘をついた。他の予言は見せない方がいいだろう。特に、『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』という予言を見られたら、あまりいい反応はしないに違いない。
「エリエーゼ」
「はい!」
「彼を客室に案内してください」
「え?」
「それと、今すぐ捕縛を解いてください」
「か、かしこまりました!」
唐突な判断に理解が遅れる。
「どうやらあなたには詳しく話を聞く必要がありそうです」
澄んだ瞳で彼女は俺のことを見つめていた。
どうやら彼女は俺の言葉を聞いてくれるらしい。
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