―142― レヴァナント

 おかしい。

 さっきまでここに誰かがいたはずなのに、誰がいたのか思い出せない。


「キスカ、ボーッとしてどうしたの?」


 振り向くとそこにはナミアが立っていた。彼女は心配そうな表情をしていた。


「えっと、今、ここに誰かいなかったか?」


 違和感の正体を探ろうとそう尋ねる。


「なんのこと?」


 彼女は首を傾げる。

 どうやらナミアはなんの違和感も抱いてないらしい。


「ねぇ、キスカ大丈夫? 顔色が悪いよ」


 ふと、ナミアがそう言って近づこうとする。


「近づくなッッ!!」


 反射的にそう叫んでいた。

 すると、ナミアは立ち止まって困惑していた。


「ご、ごめんね……」


 それからナミアは謝罪した。けれど、どうして俺が叫んだのか理解が及んでいない様子。俺自身もなぜ、ナミアを拒絶したのかよくわかっていなかった。


 ふと、足下に一枚の紙が置かれていた。

 そこには手製の地図が描かれていた。見たところ、ナミアの自宅の場所が地図で表されている。

 筆跡から俺が誰かのために描いた地図だとわかる。

 けれど、一体誰のために俺はこの地図を描いたのか思い出せない。


 地図には誰かの手で6つのことが書かれていた。


『ナミアは偽物だ。警戒を怠るな』

『神官長シエロティアを敵から守れ』

『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』

『村に混沌主義の連中が潜伏している』

『自分以外信用するな』

『吸血鬼ユーディートには近づくな』


 まず、目に入るのはナミアは偽物だという文言。

 そんなバカなことあるかと、鼻で笑ってしまいそうになるが、なぜかこの文章に説得力を感じてしまう自分がいた。

 さっき自分が感じたナミアに対する忌避感もこれが原因ではないだろうか。


「なぁ、ナミア。お前って偽物なのか?」


 無意識のうちに俺は彼女にそう尋ねていた。

 失礼かもしれないが、聞かずにはいられなかったのだ。


「キスカ? どうしたの? さっきから様子がおかしいよ」


 ナミアはそう言って、俺の身を案じてくれる。こんなに優しくしてくれるナミアが偽物なんてあり得ない。


「悪い。どうかしてたみたいだ」


 もしかしたら俺は熱に浮かされているのだろう。部屋で休んだほうがいいかもしれない。

 そんなふうに考えた次の瞬間、あることに気がつく。

 さらに下に七つ目の文章が添えられていたのだ。


『キスカ、好きよ』


 最後に書かれた文章を読む。

 なぜだかわからないけど、涙がでてくる。

 どうやら俺はとても大事なことを忘れてしまったようだ。


「ナミア、やっぱりお前は偽物だろ」


 同時に、俺はこの紙に書かれている文章が本当のことなんだと確信をしていた。


「キスカ……どうかしたの? やっぱり様子がおかしいよ」


 それでも目の前のナミアは誤魔化そうとする。

 そのことに内心いらだちを覚えた。これ以上、ナミアの真似をしてナミアを汚さないでくれ。


「これ以上、嘘をつかないでくれ。俺はお前が偽物だってことはすでに知っているんだよ!」


 だから、今度は強い口調で主張した。


「………………」


 途端、ナミアはさっきまでの柔和そうな笑みを崩して、冷たい表情へと一変させる。


「あっはっははは……っ! これは一体、どういうことかしら? 完璧にナミアを演じていたはずなのに、なんでバレてしまったの?」


 突然、彼女は不気味な笑い声をあげはじめる。

 それと同時に、さっきまでナミアだった顔面が崩れ始めた。全身が真っ黒へと変色していき、皮膚がボロボロと崩れていく。まさに人間離れした化け物が顕現していた。


「誰なんだお前は……?」

「レヴァナント。死体に悪霊が取り憑いたものといえばわかりすいかしら」


 魔族と魔物の違いは曖昧だが、人語を解する場合、魔族とされることが多い。だから、目の前のそれは魔族と呼称すべき存在なんだろう。


「ナミアのフリをして一体なにを企んでいたんだ?」

「別になんだっていいじゃない。それよりさ、レヴァナントの習性がなにか知っている?」


 レヴァナントはほくそ笑む。

 

「いや、知らないが」

「レヴァナントはね、生きている人間がとにかく憎いの! 憎くて憎くて仕方がないの! だから、たくさん人間を殺したくて仕方がないの! そんでね、殺せば殺すほど、快感を得てたまらないんだよ……ッ!!」


 そう言ってレヴァナントは恍惚の笑みを浮かべる。

 もうそこにはナミアの面影は一切なかった。


「じゃあ、復讐を企てたのは、たくさん人を殺すため?」

「うん、正解」


 満面の笑顔だった。

 こんなのナミアじゃないと今なら断言がいる。


「もちろん、殺したい対象はキスカも含まれているよ」


 途端、黒い霧状のものがレヴァナントの体から噴き出し、周囲を覆い尽くす。一瞬のうちに辺りが見えなくなった。

 まずい……ッ!

 そう本能で判断した俺は〈猛火の剣〉が置いてあった場所まで転がり、剣で身を守るように構える。

 カキンッ! と金属音が鳴り響いた。


「あら? 防がれちゃった」


 レヴァナントが台所から持ち出したであろうナイフを俺に突き刺そうとしていた。


「どういうつもりだ?」

「別になんだっていいじゃない」


 そう言って、レヴァナントは再び霧の中に身を隠す。


「あはははははっ!」


 と、様々な方位からレヴァナントの笑い声が聞こえてくる。再び、俺を殺そうと攻撃してくるはずだ。だから、神経を研ぎ澄まし、どんな攻撃をされても防げるよう剣を構える。


 けれど、その予想は外れた。

 数十秒後に霧が晴れたと思ったら、そこにはもうレヴァナントの姿はなかった。扉が無造作に開いている。彼女が扉を使ってこの家から出て行ったのは明らかだった。

 ひとまず危機は脱したようだ。

 そうわかっていても、どうしようもなくやるせなかった。


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