―140― 計画

 まさか、ナミアが復讐をしたいだなんて言い出すとは。

 夜、ベッドに寝転がりながら昼間の会話を思い出していた。ナミアには、母親が使っていたベッドを使ってもらっている。

 ナミアは誰よりも優しかった。

 そんな優しいナミアから復讐だなんて単語が飛び出てくるなんて正直意外だった。

 それだけ、されたことに対する恨みがあるということだ。


 ナミアが生き返れば全てが元通りになる、なんて幻想を抱いていた。

 けれど、そんなことはなかったというわけだ。

 例え生き返ったとしても、傷が消えるわけではないのだ。

 ナミアが復讐を果たすことで、少しでも心が晴れるなら、俺は全身全霊をかけて手伝おう。


「ねぇ、キスカ」


 俺が心の中で決意を新たにしていると、隣で寝ていたアゲハが話しかけてきた。


「ナミアは良い人だね」

「そうだな」


 ナミアにお似合いだと言われたことがアゲハ的には嬉しかったらしい。

 俺としては敵対してくれないだけありがたい。


「ナミアはキスカのことが好きなんだよね」

「え……?」

「見ていたらわかるよ、そのぐらい。昨日、ナミアと恋人同士じゃないと言っていたけど、どうせ恋人に近い関係だったんでしょ」


 確信めいた物言いだった。


「ナミアとは、そんなんじゃないよ」

「嘘」


 否定してもアゲハは信じてくれないらしい。だからといって、本当のことを言うわけにはいかないことは恋愛に疎い俺でもわかる。


「俺が好きなのはアゲハだけだよ」

「…………」


 今度は不満げな眼差しだった。


「なぁ、どうしたら信じてくれるんだ?」

「それは、聞かなくてもわかってよ」


 そう言ったアゲハの表情は照れくさそうで微かに頬が紅潮していた。

 そういうことなんだろう、ということはわかる。

 けど、この家壁が薄いからな。隣の部屋で寝ているナミアに全部聞こえてしまうんだよな。


「ねぇ、キスカ。ちゃんとこっち見てよ」


 アゲハはやる気満々なようで照れつつも、捕食者を捕らえた獣のような目つきをしていた。

 これは、逃げられないやつだ。



 どうやら今年は魔王が討伐されて100周年らしい。

 そして、ここ魔王が討伐された地であるカタロフ村では100周年記念祭が行なわれるらしい。

 毎年、記念祭はやっていたようだが、今年は100周年という節目ということで王族まで招いて、そうとう大規模に行なうつもりらしい。


「道理で村が賑やかなわけだ」


 記念祭が行なわれるのは一週間も先だというのに、村は人で賑わっていた。さっきから頻繁に窓から外を眺めているが、ちらほらと村外の人たちで歩いているのが目に入る。

 式典では様々な催しをするらしく、それらの関係者たちは早めに村へきて準備にとりかかっているとナミアがさっき話していたことを思い出す。

 村はお祭りムードだが、俺とナミアは自宅にて引きこもっていた。

 俺もナミアも下手に外を出歩いて正体がバレでもしたら大騒ぎになるだろうから、こうして引き籠もっているしかなかった。

 唯一外を歩いても問題ないアゲハには買い物や村の偵察をお願いしていた。今もアゲハは買い物に出かけている。


「ねぇ、アゲハちゃんって勇者なんだよね?」


 退屈しのぎに編み物をしていたナミアが顔をあげて話しかけてきた。


「あぁ、そうだよ」

「そうなんだ……」


 なにか思うことがあったのかナミアは頷きつつもどこか上の空だった。


「どうかしたのか?」

「あぁ、えっとね。100年前の勇者はエリギオン様じゃなかったのかな? って思ってね」


 そうか、世間的には勇者はエリギオンってことになっているんだった。

 そのエリギオン殿下の子孫がこの国の王族だ。


「えっと、アゲハが本物の勇者で、エリギオン殿下は勇者アゲハの力の一部を受け継いでいるに過ぎないんだよ」


 この辺りの事情は非常に複雑だ。簡単に説明してみたが、ナミアはよくわからなかったそうで、首を傾げていた。

 とかそんなことを話しているうちに、アゲハが「ただいまー!」と言って、帰ってきた。


「悪いな。買い物を押しつけて」

「別にこのぐらいなんてことないよ」


 と言って、アゲハは買い物かごをテーブルの上にのせる。

 それから三人で協力して、買ってきた食材で昼食を作り始める。


「そういえば、村でいいものを見つけたんだ」


 ふと、アゲハがそんなことを口にした。


「いいものってなんだ?」

「ほら、キスカとナミアが自由に村を出歩けたら便利だねって話していたじゃん」


 確かに、そんな話をした覚えがある。

 ナミアの願い通り復讐をしようにも、俺たちが自由に村を出歩けないのではできることに制限がかかってしまう。


「俺たちの正体がバレないいい方法でも見つけたのか?」

「うん、二人とも仮面をつけるのはどうかな? 村で仮面が売っているのを見かけたんだ」


 仮面……?

 なんだそれは?


「もしかして仮面劇で使われる仮面のことじゃないかな?」


 ナミアがそう口にして、あぁそういうことかと、納得がつく。

 記念祭では様々な催しをするらしい。劇や踊り、演奏などなど色んなことをするようだ。そんな演目のなかに、仮面劇も含まれているのだろう。


「仮面劇ってなに?」


 どうやらアゲハは仮面劇を知らない様子。


「仮面劇ってのはね、仮面で色んな登場人物に扮してする演劇のことだよ。恐らく、記念品ってことで仮面劇で使われる仮面が売ってあったんじゃないのかな」


 恐らくナミアの説明通りだろう。

 まだ、祭典は始まっていないのに、今から記念品を売るなんて随分と気が早いことだ。


「劇で使われる仮面なんかをつけて村を歩いていたら、めちゃくちゃ怪しまれるぞ」

「そうなんだ。てっきり、こっちの世界では仮面をつけてもいいのかなって勘違いしちゃった」

「もしかして、アゲハが元いた世界では仮面をつけるのが当たり前だったのか?」


 気になったので聞いてみる。

 アゲハの主張は随分と非常識だが、とはいえ彼女は別の世界からやってきた住民だ。こっちの世界とアゲハが元いた世界では色々と事情が違うんだってことを考慮しないとな。


「流石に仮面はつけないけど、病気対策に口と鼻だけは隠すことはあるかな」


 なんだそれは。全く想像がつかない。


「話は変わるけど、すごく偉い人が村にくるってことでみんなでお出迎えしていたよ」

「客人だな。まだ祭典は先だというのに、早く来る人もいるんだな」

「どんな人でしたか?」


 ナミアの質問にアゲハは頭を回転させる。


「白い服装に長い帽子をかぶっていて、杖を持っていたよ。同じ格好の人が何人もいて、大きな馬車から降りていた。遠目からだから確証はないけど、多分神官じゃないかな」


 確かに、アゲハの言った特徴は神官に近そうだ。


「なんで神官がくるんだ?」


 どこぞの貴族ならわかるが、神官がわざわざお祭りにやってくるだろうか?


「魔物対策に結界をはるためでしょうね」


 ナミアがそう説明する。


「この辺りは魔物の生息地として有名みたいだから。王族もやってくるということで、万全を期すために村全体を覆った結界を張るんだと思うよ。結界を張るには時間がかかるって聞いたことあるから、こんなに早く来たんじゃないかな」

「村全体を覆うって、そんな大きな結界を張るのか……」

「相当、位が高い神官が来たんじゃないかな」

「あと、兵士がたくさん来てたよ。村の警備のためだと思うけど」


 やはり王族が来るということで、安全には相当気を使っているらしい。


「祭典のときに復讐するのは難しいかもな」


 復讐の内容はまだ具体的には決まっていない。

 けれど、なにをするにしてもこれだけ警戒されていたら難しいのは違いなかった。


「ナミア、復讐は祭典が終わってからのほうがいいんじゃないのか?」


 だから、こう提案する。

 これだけ気合いの入った祭典を潰すことができれば、一番の復讐になるだろうが、別に祭典を潰す以外にも復讐の方法はいくらでもある。


「キスカが辞めたいなら辞めてもいいよ。その場合、私一人でやるから。邪魔だけはしないでくれると嬉しいな」


 ナミアの物言いがどことなく冷たいような気がした。

 同時にナミア一人で一体なにができるんだろうか、とも思ってしまう。


「そんなに祭典を潰したいのか?」

「うん」


 ナミアはよどみなく返事をする。

 その瞳はどこか蠱惑的で、このまま見つめているとなんだが吸い込まれてしまいそうな気がする。

 こんなナミアは初めて見た。


「心配する必要なんてないでしょ。だって、勇者である私がいるんだよ。私がいれば、兵士が何人いようと関係ないと思うけど」


 一際呑気なことを言っているのはアゲハだった。

 確かに、アゲハがいれば大抵のことは解決するかもだが、とはいえ楽観的過ぎるとは思うが。


「そっか。アゲハちゃん、ものすごく頼もしいね」


 ナミアがそう言う。

 もしかして、この中で心配しているのは俺だけなのか?


 それから三人でどうやって復讐をするか考えた。


「よしっ、それじゃあダルガを拉致するってことでいいよね」


 話をまとめたナミアがそう口にする。

 村長の息子であるダルガを拉致してしまえば、お祭りどころではなくなるので、案としては悪くない。

 それから、具体的な拉致の方法について話していく。

 色んな案がでたが、どれも決定的な方法とはいえなかった。

 結局、一日中話したがまとまらなかった。



「それじゃあ、行ってくるね」

「気をつけるんだぞ」

「はーい」


 翌日、アゲハが玄関から出て行くのを見送った。

 唯一、外を自由に出歩けるアゲハにあることをお願いしたのだ。

 それは、ナミアの家族の様子を確認することだった。娘が亡くなったんだから、落ち込んでいるのは間違いないがちゃんと無事かどうかを確かめておくべきだろうと思った次第だ。

 とはいえ、アゲハがナミアの実家を知っているはずもなく、わざわざナミアの自宅の場所がわかる地図を紙に手書きで描いて手渡した。

 地図を見れば時間はかかるだろうが辿り着くに違いない。


 さて、朝食は食べたし、どうしたものか。

 ナミアは部屋にいるみたいだし、部屋を訪ねて彼女と会話でもしたい。

 前から考えていることがあった。復讐が片付けば、俺とナミアとアゲハの三人で、この村とは違う場所に行くことができれば、と思っていたのだ。

 どうせこの村にいてもいいことなんてない。

 けれど、新天地に行けばきっと楽しいことがあるはず。

 まだ先の話になるかもしれないが、試しにナミアに話してみて感触を確かめてみてもいいかもしれない。


 ガチャリ、と扉が開く音が聞こえた。

 振り向く。

 すると、そこにはアゲハが立っていた。

 さっき出掛けたばかりなのに、一体どうしたんだか。

 だから、「忘れ物か?」と言おうとして、言葉を飲んだ。

 彼女は目を赤くし、悲壮に満ちた表情をしていたのだから。たった今、絶望するようななにかがあったと彼女の表情が語っていた。


「キスカ、ごめんね」


 彼女はそう口にした。


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