―139― 顔合わせ
カタロフ村では、亡くなった人をその人が生前気に入っていた服装を着せて埋葬することが風習だ。大抵はドレスやスーツといった一張羅が選ばることが多い。
なので、さっきまで埋葬されていたナミアもドレスを身に着けていたわけだが、そんな格好で外を出歩いていたら目立つため、誰にも見られないように急いで連れて帰る必要があった。
それから、ナミアが着ることができる服装をアゲハにお店にいって購入してもらう。
「私をパシリに使うなんてさいてー」と不平を口にしたが、言うことは聞いてくれるようで彼女はでかけていった。
「それでナミア、調子はどうだ?」
「うん、なんともないよ」
椅子に座ったナミアはそう頷く。
色々と聞きたいことはあるが、いったいなにから聞くべきか……。
「ねぇ、キスカ。一緒にいた女の子は一体誰なの?」
勇者アゲハのことを尋ねていることはひと目でわかる。
「えっと……」
なんて答えよう。
アゲハは俺の彼女で、ナミアは俺の婚約者だ。これって浮気になるんだろうか。いや、アゲハはナミアが亡くなっている間につくった彼女だから、決して浮気ではないはず……。
だからといって、ナミアにアゲハのことを恋人だと紹介するのは憚れる。
「アゲハは色々と助けてくれたやつでさ、今も彼女には協力してもらっているんだ」
「そうなんだ」
正直胸が痛いが、今はこれで納得してもらうしかない。
「ねぇ、キスカ。私って死んでいて、キスカのおかげで生き返ったんだよね」
「あぁ、そうだな」
肯定しつつ思う。
生き返った直後、ナミアは混乱していると言っていたし、まだ混乱している最中かもしれない。だから、ちゃんと説明すべきかもと思ったが、いかんせんナミアの最期はあまりにもひどいものだったため、下手に説明することで記憶が蘇ってしまい、最悪ナミアが現実に直面することで絶望してしまうんじゃないかと思い二の足を踏んでしまっていた。
「もしかして、死んでいた自覚がなのか?」
結果的に俺は、質問をすることで探りをいれることにした。
もし、ナミアが死んだときの記憶がないなら、それが一番幸せな気がする。
「ううん、死んだときの記憶はちゃんとあるよ。鮮明に覚えている」
どうやら俺の期待は外れていたらしい。
「ごめん、嫌なこと思い出したよな」
「キスカ、謝らないで。こうしてキスカのおかげで、今私はしゃべったりすることができるんだから、本当にありがとう」
「そっか。ナミアはホント強いよな。昔から、そう思っていた」
「別にそんなことはないと思うけど」
ナミアは恥ずかしそうにはにかむ。
こうしてナミアの表情が見られるだけ指輪をつかってよかったと思える。
「ねぇ、キスカ。私が死んだ後、なにがあったのか教えて」
ナミアが真剣な眼差しを向けていた。
下手にしゃべったらナミアが辛い現実を思い出し絶望してしまうかもと思っていたが、こうして話してみてナミアが強い心の持ち主なんだと実感できた。
だから、迷いなくナミアに話すことができた。
ナミアが死んだ罪をなすりつけられたことで、ダンジョン奥地に転移させられたこと。大変な目に遭ったが、アゲハと出会ったことでダンジョンを攻略できたこと。指輪はその道中手に入れた。
本当、〈セーブ&リセット〉のことや過去の世界に行ったこと、吸血鬼ユーディートや寄生剣傀儡回しのことまで話すべきなんだろうが、それらは省かせてもらった。
いきなりこんな話をされたら、あまりの情報量に困惑されるだろうと思ったからだ。それに死に戻りことをいきなり話したら、真実味がなさすぎて頭がおかしくなったと思われそうだし。
「ごめんね、キスカ。辛い思いをさせて」
説明を聞き終えるとナミアはまっさきに謝罪した。
一瞬なんで謝られたのかわからず困惑する。
「私があんなことを言わなければ、こんなことにならなかったのに」
あんなこととは、ナミアが一緒に逃げようと言って、その上好きだと言ってくれたことに違いなかった。
ナミアは静かに泣いていた。
「俺は嬉しかったから。だから、自分を責めるようなこと言わないでくれ」
反射的にナミアの手をとってそう主張していた。
すると、ナミアは「ありがとう」と言って小さく微笑む。
「ねぇ、キスカ。ずうずうしいかもしれないけど、お願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな」
「なんでも言ってくれ。ナミアの言うことなら、どんな願いでも俺は叶えたい」
「ありがとう」
そう言って、ナミアは微笑む。
「それでお願いってなんだ?」
いったいなにをお願いするつもりだろうか?
まさか、あのときした約束をもう一度言い出すんじゃないだろうか?
あの日、俺たちは村をでて駆け落ちする約束をした。結局、その約束は叶わなかったが。今なら、もう一度あの約束を叶えられるかもしれない。
と、そこまで調子のいいことを考えて、思い出す。今の俺にはアゲハがいることを。
「私の復讐を手伝ってほしいの」
なんの抑揚もなく、彼女ははっきりとそう告げた。
「復讐……?」
ナミアから、そんな言葉が飛び出てくるとは思わなかった。
「うん、だって、あいつのせいで……ッ」
そう言って、ナミアはその場でしゃがんで怨嗟の声をあげる。
そりゃそうだよな。
あんなことをされて、なんにもないはずがないんだ。
俺だって、復讐してやりたいという気持ちはまだ残っている。
「わかったよ。もちろん協力する」
そう言って、ナミアの背中をさする。すると、彼女は「ありがとう」と言って、その場で再び泣き始めた。
◆
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったね」
アゲハがそう切り出す。
すでにナミアはアゲハが買ってきてくれた服装に着替え終えていた。
「私の名前はアゲハ・ツバキ。アゲハは名前でツバキは名字ね。まぁ、この国には名字を名乗る文化はないみたいだけど。肩書きは4代目勇者で、出身はこの世界とは違う世界。地球という星の日本から転生してやってきたの」
アゲハは調子よく自分の肩書きをしゃべる。
改めてみて、アゲハの肩書きは信じられないものばかりだ。今までアゲハの常人離れした力を目の当たりしているから俺は信じられるが、そうじゃなきゃ嘘をつかれていると思われても仕方がない気がする。
「アゲハとはダンジョンで出会ったんだよ。いきなり勇者だなんて言われて信じられないかもしれないが、アゲハはどんな魔物でも剣を使えば一撃で倒せるのを見てきたからな。だから、彼女が勇者だってことは俺が保証する」
「そうなんだ。すごいんだね」
俺が補足すると、ナミアは目を丸くしていた。
「えっと、私はナミアと言います。カタロフ村出身で、父が商人をやっていて、よくお店の手伝いをしていたのでお金が計算とかが得意です。えっと、勇者アゲハ様と違って、私は普通だね」
ナミアが自信なさげにしていたのと対照的にアゲハは鼻を鳴らしていた。
「あと、あらかじめ言っておくけど、キスカと私は恋人同士だから。キスカとナミアがどういう関係か知らないけど、そのことだけは忘れないでね」
アゲハのやつなに言ってくれてるんだよ、と叫びそうになる。
言いたかったことを言い終えたアゲハはドヤ顔でこっちを見ていた。
下手ししたら、ナミアが傷つくかもしれないのに。
確かに、アゲハの性格を考えれば彼女が恋人だと主張して牽制するのはわかりきっていたことだ。それを口止めする権利が俺にあるはずもなく、だから、これは仕方がないことだ。
「ナミア……」
とっさにナミアのことを気遣って、そう口にする。
ナミアが今、なにを考えているのか想像もしたくない。
「やっぱりそうなんだ」
けど、ナミアは平然とした様子でそう呟いた。
「わかってたのか……?」
「うん、だって、どうみても恋人っぽい雰囲気だったし。よかったね、キスカかわいい彼女ができて。とってもお似合いだよ」
「ありがとう……」
どう反応したらいいのかわからず曖昧な物言いになってしまう。
ナミアはただ強がっているのか、それとも本当になんとも思ってないのか、どっちなんだろう。アゲハはというとお似合いと言われたのかがまんざらでもないらしく、口元がニマニマと緩んでいた。
「あの、勇者アゲハ様」
「ナミア、私のことは呼び捨てでも構わないよ。キスカも呼び捨てだし」
「わかりました。あの、アゲハちゃんにもさっきキスカに話したことをお願いしたいんだけど」
「お願いってなに?」
「私の復讐をアゲハちゃんにも手伝って欲しい」
ナミアがそう告げると、アゲハは即座にこう返事をした。
「うん、いいよ」
と。
それから、なぜ復讐をしたいのか、ナミアはアゲハに説明をした。
とはいえ、以前俺が身の上話をかいつまんで説明したことかあるので改めてということになる。
カタロフ村で俺が虐められていたこと。
俺とナミアでカタロフ村から逃げだそうとしたこと。それが失敗したこと。
ダルガという男とその取り巻きによって、ナミアが殺されたこと。
俺とナミアがお互い好きだと通じ合ったことは、流石にアゲハには伝えなかった。
その後、俺は村長を初めとした村人たちに陥れられ、冤罪によりダンジョン奥地に転移陣で追放されることになった。
「そうだ、アゲハちゃんのおかげでキスカは助かったんだね。私からもお礼を言わせて、ありがとう」
「そうよ。今のキスカがいるのは私のおかげなんだから」
褒められたのが嬉しかったのか、アゲハは鼻を高くしている。
「なぁ、それで復讐って具体的になにをするんだ?」
ふと気になったのでそのことを口にする。
「うん、まだ具体的なことは決まってないけど、今度この町で大きなお祭りがあるじゃない」
大きなお祭りだと? そんなのあっただろうか?
「もしかして覚えていないの? 魔王討伐記念祭が毎年、村で行われていたでしょ」
「そういえば、そんなのあったかもな」
この銀髪が原因でお祭りがある日は家で引きこもっていないと村人たちから怒られるため、特にいい思い出はない。
「今度の式典は100周年だから、大きな規模でやるみたい。偉い人をたくさん呼ぶんだって。しかも、王族も呼ぶらしいよ」
「それは随分と大がかりだな」
辺鄙な村の祭典にわざわざ王族が出向くなんて普通じゃあり得ないことだ。
「その式典をどうしたいんだ?」
「めちゃくちゃに潰したいの」
そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべるのだった。
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本作の書籍化が決まりました!
レーベルはMFブックスです。
小説家のなろうの活動報告にいけば、より詳細がわかるかもです。
よろしくお願いします!!
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