―138― 願望の指輪
寄生剣傀儡回しを〈運び屋の腕輪〉に収納することで回収した俺たちは【カタロフダンジョン】から帰還するべく、ボスのいる部屋まで向かった。
吸血鬼ユーディートのことが少しだけ気になったが、恐らく彼女と出会ったら余計な災難が降りかかるのは必然なため、彼女のことは一旦忘れることにする。
それに彼女なら、俺がいなくても問題はないだろう。
【カタロフダンジョン】の最奥にいるのは
非常に強力な魔物ではあるが、こっちには勇者アゲハがついている。彼女にかかれば、なんの問題もなく討伐できるだろう。
そんなふうに楽観視していたが、実際に勇者アゲハの手によって、いとも容易く討伐されていた。
あまりにも呆気なかったので、特に語ることはない。
ボスを倒した特典として〈猛火の剣〉が手に入る。
俺はすでに〈猛火の剣〉持っているので、アゲハに渡した。
すると、アゲハは「売ったらお金になるのかなー」とか言いながら〈アイテムボックス〉の中に収納した。
ボスを倒すと転移陣が現れた。これを使えば【カタロフダンジョン】の外にでることができるのはすでに何度も経験しているのでわかりきっていることだった。
少し緊張する。
俺がダンジョンから帰還したと、カタロフ村の人たちに知られたら、彼らはどんな反応するだろう。きっといい反応はしないに違いない。
そう思うと、少し憂鬱だ。
とか考えているうちに、転移陣は光り出し俺たちはダンジョンの外へ飛ばされた。
目を開けると、上空には夜空が広がっていた。
足下を見ると、ダンジョンを攻略した者が立つとされる台座の上に立っていた。
寄生剣傀儡回しと共にダンジョンから帰還したときには、その姿を村人たちに見られていたが、たまたま夜だったおかげで、目の前には人が一人もいない。
「なぁ、アゲハ。せっかくだし、俺の家にでも……」
言葉がつまる。
というのも、隣に立っていたアゲハが涙を流していたから。
「ご、ごめんね。やっと帰ってこれたと思ったら、少し感極まっちゃって」
そう言って、アゲハは涙を拭う。
そうだよな。ダンジョン内でずっと封印されていたアゲハにとって、ただダンジョンの外にでられたわけじゃないんだ。
「よかったな」
「うん、これもキスカのおかげだね」
それから俺たちは自宅へと向かった。
「ここがキスカの住んでいた場所かぁ」
「狭いけど、我慢してくれ」
自宅にあがったアゲハは興奮しているのか、部屋の隅々を観察していた。観察したところで面白みのない内装だとは思うが。
ともかく、自宅が破壊されている可能性も想定はしていたが、まだ無事に残っていてよかった。ベッドやらテーブルやら最低限の家具も残っている。
ランタンに火をつけて、お茶でもいれそうかと茶葉を探すがどうやらちょうど切らしていたようで、残っていなかった。
指輪の効果でナミアを生き返らせるのを確かめるのは、日が昇って明るくなってからにしよう、ということで今日はもう寝ることにした。
ベッドは昔、母親が使っていたやつと俺が使っていたやつとで二つあるので、それぞれのベッドで寝ようかと提案したが、アゲハが嫌がった。
「一緒に寝たい」と主張したのだ。
シングルベッドなので少し狭いが仕方がない。
「やっぱり少し不安かも」
ふと、隣で寝ているアゲハがそう口にした。
「幼馴染みが生き返ったら、キスカが私に興味をなくしてしまうんじゃないかって」
「そんなわけないだろ」
「でも、キスカには前科があるから」
「………………」
下手に反応すると墓穴を掘りそうなので、聞こえなかったフリをした。
◆
「これ、買ってきたよ」
翌朝、アゲハにはある物を買ってくるようお願いした。
「どう? サイズ間違ってない?」
「いや、ぴったりだよ」
それを羽織りつつ、そう口にする。
買ってきてもらったのは、顔を隠せるぐらい大きなフードがついた外套だ。これならちょうど銀髪が隠れるし、良い感じだな。このフードがあれば俺の正体がキスカだって安易にばれることはないだろう。
それからアゲハと一緒に村を歩いた。
アゲハにとっては新鮮な光景なようで、彼女はキョロキョロと村の中を観察していた。
「ここにあると思うんだが」
立ち止まる。来た場所は墓所だった。
ナミアは比較的裕福な家庭だったため、ちゃんとした場所で埋葬されているだろうと思ってやってきたわけだが。
「これじゃない?」
アゲハの目の前には、新しくできたばかりなのかまだ綺麗な墓石が置いてあった。
その墓石にはナミアの名前が彫られていた。
それからアゲハと協力して墓石をどけて土の中に埋まっていた棺桶を取り出す。
そして、棺桶をあける。
そこには、眠っているナミアが入っていた。
瞬間、涙腺がこみ上げてくる。あの騒動の後、すぐ捕まってしまったせいで、祈りを捧げる機会すらなかった。
そのせいか、ナミアが死んでしまったという事実をいまいち実感する機会がなかったのだ。ようやっと、ナミアと会うことができた。
とはいえ、いつまでもめそめそしているわけにもいかない。
こうして墓を掘り起こしたのには、ちゃんとした理由があるんだから。
ポケットから指輪を取り出す。
それから聖騎士カナリアが魔王を復活させる際に使っていたのを頭に思い浮かべながら、それを真似してみる。
たしか、こうして指輪を掲げていたような……。
瞬間、指輪から目映い光が放たれる。
下手したら、なにも起きないんじゃないかと危惧していた。けれど、こうして指輪が光ったということはなにかが起きるというわけだ。
心臓が高鳴る。
もしかして、本当にナミアが――。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
レジェンドアイテム〈願望の指輪〉の使用が確認されました。
△△△△△△△△△△△△△△△
ふと、そんなメッセージウィンドウが表示された。
どうやらこの指輪は〈願望の指輪〉と呼ぶらしい。
そして、レジェンドアイテムとは一体どういう意味なんだろうか? ちらりと隣にいるアゲハの顔色を伺う。もしかしたら、アゲハならレジェンドアイテムの意味を知っているのではないだろうか、と思ったのだ。
けど、アゲハはなにか口にするわけでもなく、ただじっと正面を見つめていた。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
レジェンドアイテム〈願望の指輪〉の使用が完了しました。
△△△△△△△△△△△△△△△
そんな文言が現れたときには、手に握っていた〈願望の指輪〉が消え失せていた。
それと共とまばゆかった光が徐々に止んでいく。もしかしたら、この光の中にナミアがいるかもしれないのだ。
「え……」
と、困惑した表情で一人の少女が立っていた。
緑がかった髪の毛。おっとりした表情。よく見知った顔だ。
「ナミア」
そう呟く。
すると彼女は俺のことを見つめて呟いた。
「キスカ……?」
あっ、本当にナミアなんだ。そう確信した瞬間、涙が零れてくる。
「ナミア……ッ! 本当によかった……!」
そう言いながら彼女のことを抱きしめる。
「キスカ、そんなに喜んでどうしたの……?」
「だって、こんなことが本当に起きるなんて信じられなくて」
「……そっか。そうだよね。私、ちょっと混乱していて。事情をまだ把握しきれなくて、でも、キスカのおかげなんだよね……。ありがとう」
そう言って、彼女は笑みを浮かべていた。
◆
本当に生き返った……?
目の前の光景が私――アゲハには正直信じられなかった。
あの指輪は〈願望の指輪〉というらしい。
それもレジェンドアイテムとのこと。
たしか、レジェンドアイテムはこの世界で最も価値のあるアイテム群のことだ。種類は100種類にも満たず、どれも世界に多大なる影響を及ぼすことで知られている。
けど、いくらレジェンドアイテムでも人を生き返らせるなんてこと可能なんだろうか?
確かにこの世界はファンタジーだ。
私の元いた世界じゃあり得ないようなことが日常に満ちあふれている。
それに〈セーブ&リセット〉による死に戻りだって、死者の蘇生とやっていることはそう変わらない。
死霊魔術を使えば、死者をアンデッドとして生き返らせることはできるかもしれない。
けれど、今目の前で行なわれた死者蘇生は、なんの制約もないように思える。
本当にそうだろうか……?
……もしかしたら、死者蘇生をした代わりに、知らずして大きな代償を支払っているような。
私なりに調べてみる必要があるかも。
キスカは浮かれているみたいだし、私がちゃんとしないとね。
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