―134― 誓約
暗殺者ノクがエリギオン殿下が持っていた〈聖剣ハーゲンティア〉を地面に丁寧に置く。その上で、ローブの中から宝石のようなものを取り出し、ボソボソと呪文のような言葉を呟く。
すると、〈聖剣ハーゲンティア〉からまばゆい光が放たれる。
そして、幾ばくか時が流れた後、目の前にアゲハが立っていた。
「キスカぁああ、やっと会えたぁ。寂しかったよぉ」
アゲハが現れたと思った瞬間抱きついてくる。突然だったので思わず戸惑いながらもなんとか受け止める。
「どうかしたの? キスカ」
ふと、アゲハが不安そうにそう尋ねる。
どうやら俺の顔色がおかしいことがバレてしまったらしい。
「いや……エリギオン殿下とその仲間に嫌われてしまったと思ってな。このままだと、アルクス人の汚名が広がったままだろ」
暗殺者ノクがエリギオン殿下を裏切ったせいで、アルクス人の汚名が広がり、結果俺は村で虐められてしまう。
できれば、その事実を変えたいと思っていたが……。
「いや、待てよ。まだ間に合うかもしれない」
もう一度ループすることも考えたが、そこまでする必要はないかもしれない。
「なぁ、アゲハ。紙とペンは持っていないか?」
「持ってはいるけど、なにをするの?」
そう言いながら、アゲハは〈アイテムボックス〉から紙とペンを取り出す。
「エリギオン殿下に一筆したためようかと思って」
エリギオン殿下はちゃんと事情を話せばわかってもらえる人だというのは、経験則から十分理解している。
けど、寡黙な暗殺者ノクでは、話して理解してもらうのは厳しいに違いない。ならば、暗殺者ノクに手紙を持たせればと考えたわけだ。
さて、なんて書けばいいかとペンを握りしめる。
『予期せぬエラーが発生しました』
突如として、不可解な文字が現れた。
「なんだ、これ?」
「ダメっ!」
アゲハが大声を出したと思ったら、俺から紙とペンを強引に取り上げる。俺の手からペンが離れた途端、不可解な文字は消えた。
「なぁ、アゲハ、なにか知っているのか?」
「えっとね……」
それからアゲハは説明し始める。
どうやら暗殺者ノクは俺の祖先らしい。確かに、共通の髪色や同じアルクス人と共通点は多かったが。
「つまり、暗殺者ノクの運命を大きく変えてしまうと、俺の存在そのものが危ぶまれるということか」
マジか、と唖然とする。
俺が虐められる事実をなくすなんて都合の良い方法は存在しないのかもしれない。
いや、でも……。
「例え、俺の存在がなくなっても、それでナミアを救えるなら……」
「それは絶対にダメ!」
アゲハの声が耳をつんざく。
「次、同じことを言ったら怒るから」
「ごめん……」
反射的に謝る。確かに、俺が死ぬことをアゲハは許さないよな。だからといって、ナミアのことを諦めたくない。
ふと、暗殺者ノクの手に持っている魔王復活に必要な指輪が目に入る。この指輪があればナミアを復活させることができるかもしれない。だったら、虐められたという事実を無理に変える必要はないか。
「ノクさん、その指輪貰ってもいいですか?」
「あぁ」
頷いた暗殺者ノクは俺に指輪を手渡す。
「わかったよ、アゲハ。虐められた事実をなくすのは諦める。それでアゲハ、これからどうしたらいいんだ?」
「待っていたら、あいつが現れるよ。恐らく、そろそろだと思う」
あいつとは?
ここにいるのは、アゲハと俺、それから暗殺者ノクの三人だけだ。
別の場所から誰かがやってくるんだろうか? とか色々と考えを巡らせる。
そんなことを考えていたら突如として、暗殺者ノクが悲鳴をあげた。
「うがぁあああああああ!!」
いつも寡黙な彼からは想像もつかないほど獰猛な声だ。
「暗殺者ノクには私の封印を解いてもらうために、『混沌主義』に接触して封印を解くのに必要な鍵を入手するよう指示を出していた。恐らく、そのせいで取り憑かれたんだと思う」
目の前で人が苦しんでいるというのに、アゲハは呑気に平然とした調子で説明していた。
恐らく、アゲハにとってこれは想定通りなんだろう。
鍵というのは暗殺者ノクが封印を解くために使用していた宝石のようなもののことだろうか?
そんなふうに思慮していると、暗殺者ノクに大きな異変が起きた。
体が膨張して肌が緑色に変色し、人ならざるものへと変貌しようとしていたのだ。
「はじめまして、勇者アゲハ。我は悪逆王である」
その声は暗殺者ノクの発していた声とは全く別のものだった。
悪逆王と名乗ったよな。
あぁ、こいつがアゲハの言っていた世界を滅ぼす元凶か。
「はじめまして」
対面に立っていたアゲハは淡々とした様子でそう告げる。
「まずはおめでとう。魔王を倒したのだろう?」
「倒したのは私ではないわ」
「そうか。だとしても、お前ら人類にとってはめでたいことだ」
「御託はいいからさっさと本題にはいって」
「つれないな。では、早速本題だ。最近、時間の流れにおいて特異な波長を観測した。また、お前がなにかしたのか?」
「心当たりはないわ」
「……答える気はないか。十中八九お前が原因なのはわかっているんだがな」
「ねぇ、あなたと無駄話はしたくないの。さっき言ったよね。さっさと、本題に入れって」
「なるほど、どうやら我は貴様に嫌われているようだ。だが、おかしいな。貴様と会ったのは初めてのはずなのに、いつの間に嫌われたのか。いや、勇者ならその程度の超常をおこすのは容易いか」
悪逆王は意味深なことを呟く。
「勇者アゲハ、我と取引をしよう。お前を封印したい。魔王が倒された後、勇者が封印されることでどのような現象が起きるか観測したい」
「断ったら?」
「この世界を滅ぼす」
淡々とした調子で、悪逆王はそう断言した。
「あぁ、我をとめようとか考えないほうがいい。貴様では、我を殺すことはできない。そして、我にとって世界を滅ぼすのは朝食を用意することよりも簡単だ。だが、我は理解している。世界を滅ぼしても貴様を真の意味では殺すことができないことを。だから、この手段で引き分けに持ち込むことができても、勝つことはできない」
「その取引、私にメリットがないんだけど」
「我は悪逆王だからな。自分が得することにしか興味がない。それでどうする?」
「いいわ。あなたの言うとおり、封印される」
「随分とものわかりがいいんだな」
「そうだね……」
アゲハは曖昧に頷く。
「なぁ、俺もアゲハと一緒に封印することは可能か?」
このタイミングで言うしかないと思った俺は悪逆王に対して、口を開く。
「我が封印したいのは勇者であって、それ以外の人間には興味はないが」
「えっと、アゲハを一人にさせたくなくて」
「……そうか。まぁ、一人も二人も対して労力は変わらないからな。二人でも問題なく封印できるだろう」
悪逆王の答えによかった、と安堵する。
もし断られたらどうしよう、とずっと考えていた。
「それじゃあ、早速封印の儀に必要な準備を執り行う」
「俺たちはなにをしたらいいんだ?」
「なにもする必要がない。ただ、そこに立っていたらいい」
そういうことなので、ただ黙っている。
すると、手を握られた感触を覚える。見ると、隣で立っていたアゲハが俺の手を握っていた。だから、俺はアゲハの手を握り返す。
「悪かったな、アゲハ」
「なんで、キスカが謝るの?」
「その、アゲハの願いを叶えてあげることができなくて」
「もう気にしなくていいのに。キスカが近くにいてくれたら、私は満足だから」
「そうか……」
アゲハの直球な好意にも随分に慣れたな、とか思う。
「もう話は終わったか?」
悪逆王が口をはさんだ。
「あぁ、終わったけど」
「そうか。では、封印の儀を執り行う」
「ねぇ、悪逆王。一つだけ質問してもいいかしら?」
アゲハがそう口にする。
「あぁ、かまわないが」
「あなたが『混沌主義』の長よね?」
『混沌主義』。聖騎士カナリアや戦士ゴルガノが属している正体も目的も不明の組織。そういえば、暗殺者ノクが悪逆王に取り憑かれたのも『混沌主義』に接触されたからだとアゲハが言っていた。
その話が本当ならば、目の前の存在が『混沌主義』の長というのは納得できる。
「どうせ否定しても仕方がないだろうから、そうだと肯定しておこう」
「やっぱりそうなんだ。それで、あなたたちの目的はなに?」
「まぁそのぐらい語っても支障はないか。我々の目的、それは真理に辿り着くことだ」
「そのために世界が滅ぼすの?」
「あぁ、それが必要ならばな」
「そう。私にとって世界の命運なんてどうでもいいんだけど、私と私の大切な人にこれ以上迷惑をかけないで」
「あぁ、わかった。善処しよう」
悪逆王がそう頷くも、本当にその言葉を信じていいのか疑問だ。
「そう」
頷いたアゲハは話が終わったとばかりに悪逆王から視線を逸らし、俺の手を握り直す。
「では封印を執り行う」
途端、俺たちの周囲を光が取り込んだ。
初めてアゲハと出会ったとき、こんな光がアゲハのことを封印するように取り囲んでいたことを思い出す。
「アゲハ、俺がいるからな」
「うん」
もう一度アゲハの手を握りしめる。この手を離さない限り、どんな苦難だって俺たちは乗り越えられる。
徐々に、肉体が動かなくなる。
そのうち視界も暗くなり、なにも見えなくなるだろう。
けれど、この手にアゲハの温もりがある限り、俺の心の中にある灯火が消えることはない。
『条件を達成しました。元の時間軸に送還します』
「あ?」
目の前に突如現れた歪な文字列に俺は思わず大声をあげた。
同時にあることを思い出す。
この時間軸に俺を送った観測者はこう言っていた。
『世界が救われたと判断できたら、君を強制的に元の時間軸に戻す』
「おい、待ってくれ! アゲハと離れ離れになりたくないんだ! だから頼むっ、元の時間に戻すのをとめてくれ!」
そう叫んでも、場は静寂だった。微かに遠くから、魔物のうなり声が聞こえてくる。
そもそも観測者が俺の声を聞いているかどうかさえわからない。
「あっ、ぁ……」
見ると、アゲハは大粒の涙をポロポロと不規則に目から零していた。
「アゲハッ!」
衝動的に俺はアゲハを抱きしめる。けど、こんなことしてもなんの解決にもならないことはわかっていた。
「やだぁ……いやだ……キスカと離れたくないよう」
涙ながらにアゲハがそう訴える。
俺も同じ気持ちだった。アゲハを1人残して、俺だけ百年後に飛ぶなんてそんな残酷なこと許されるはずがなかった。
「おい、悪逆王! 今すぐ、封印をとめろ!」
そう叫ぶも、すでに封印の外と内が隔絶されており、封印の外にいる悪逆王に声が届くことはない。
徐々に自分の体がつま先から透けていくことに気がつく。
完全に体が消えたとき、俺はこの時間軸からいなくなるのだ。
消えるスピードから、アゲハとこうして話せる時間がもうわずかしかないことに気がつく。
「アゲハ、聞いてくれ」
無我夢中だった。少しでもアゲハの役に立ちたいという一心で叫んでいた。
俺の言葉が聞こえたアゲハは俯いていた顔をあげ、俺の目を見つめていた。
「元の時間軸に戻ったら真っ先にアゲハのことを迎えに行くから……だから、気を強くして待っていて欲しい」
せめてこれでアゲハの心が軽くなってくれれば。
「うん、待っているね……」
アゲハは頷いてくれるも、その表情は悲哀に満ちたままだ。
ダメだ……。
こんな言葉では、アゲハの心を軽くすることはできない。
なにかもっと他にできることはないか。けど、なんにも思いつかない。
クソッ、俺はなんて無力なんだ。
なんで俺は目の前の女の子を一人も救うことができないんだよ。
「アゲハ、必ず迎えに行くから」
それでも、愚直に俺は声をかけつづける。
こんな言葉が正しいのかわからないが、それでもアゲハに俺のことを信じてもらうしかなかった。
なにか、ないだろうか……。
俺の気持ちを証明する、なにかがないだろうか……っ。
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スキル〈誓約〉が発動しました。
△△△△△△△△△△△△△△△
見たことがないメッセージが表示される。
そういえば〈誓約〉なんていう、どうやって使うかもわからないスキルを持っていた。
メッセージが消えたと思ったら、手元に光が降り注いだ。光を掴むと、一つの指輪が手の中にあった。
そういえば、アゲハが指輪を欲しいと言っていたことを思い出す。
結局、色んなことあって用意することができなかった。
「これ、受け取ってくれ」
だから、自然な流れでアゲハに指輪を渡す。
すると彼女は左手を伸ばしては、薬指に嵌めてくれと仕草をする。俺は言われるがままに彼女の薬指に指輪をはめた。
「ありがとう。とってもうれしい」
目は赤く顔は涙でぐしゃぐしゃだった。それでも、微かに口角をあげていた。その笑顔を見ることができただけで、俺の心が浄化されていくような錯覚を覚える。
最後に笑わせることができてよかった。
「アゲハっ」
せめてあと一回だけでもアゲハのことを触れたいと思い手を伸ばす。
けど、指先が彼女に届いたかどうかっていうとき、俺はその場から消失した――。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
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『スーパーを占拠した犯人から美少女を救ったら、なぜか彼女と婚約するに 今まで散々オレのことをコキ使っていた幼なじみは絶望しました』
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