―133― 決着
目を開ける。周囲はダンジョンの壁が取り込んでいることから、ここがカタロフダンジョンの中だってことがわかる。
どうやら無事、ループしたらしい。
「キスカっ」
声が聞こえたと思ったらアゲハが胸元に飛び込んできた。
ループした直前のことは覚えている。
怒り狂ったアゲハの手によって、俺は殺されたんだ。
「アゲハ……」
恐る恐るといった調子で、そう呟く。
もしかしたら、アゲハはまだ怒っているかもしれない。
「キスカ、ごめんなさい。私が間違っていた」
どういうわけか、アゲハの考えは変わっていた。
なにかあったのだろうか。
「間違っていたというのは……?」
「キスカを殺して、この時間を何度も繰り返すのは間違っていた。私、封印されるからキスカは安心して」
そう口にしたアゲハは小刻みに震えていた。
そりゃそうだよな。
俺だって少しの間封印されてたからわかる。あんな苦しみ、もう二度と味わいたくない。
「なぁ、提案なんだが」
「なに?」
「俺もアゲハと一緒に封印されるんじゃ、ダメなのか?」
「……いいの?」
アゲハは困惑していた。
「アゲハを一人にさせたくないから」
「でも、とっても辛いよ」
「あぁ、もちろん覚悟はしているさ」
「そっか……。不思議、キスカと一緒だと思えたら、あれだけ嫌だった封印が平気な気がしてきた。だって、隣にキスカがいるんだもん」
「俺もアゲハと一緒なら、なんの不安もないよ」
そう言うと、彼女は「えへへ」と笑う。よかった。どうやら笑顔を取り戻してくれたようだ。
「それでなにをしたらいいんだ?」
「んー、キスカはなにもする必要ないかな」
「そうなのか?」
「うん、だって本来、キスカはこの時代にいなかったわけだから」
「そうか」
「ここで待っていれば、なにもかもが終わるはず。だから、キスカは魔王のいる場所まで来て。私はやることがあるから一旦消える」
「あぁ、わかったよ」
そう頷くと、アゲハは目の前から消失した。
そういえば、この段階ではアゲハはエリギオン殿下の持つ聖剣に封印されていた。だから、目の前にいたのはアゲハの分身でしかなかった。
それから俺は、ダンジョンの中を軽快に進んでいく。
まずは
戦う機会があるかわからないが、これらのスキルを手に入れても得しかないため、念のため入手しておく。
後はアゲハに言われた通り、魔王ゾーガのいる場所まで向かうだけだ。
いや、賢者ニャウだけが少しだけ不安だな。
時間には余裕があるはずだし、賢者ニャウのいる場所まで行き、彼女を案内してあげよう。
そう思った俺は、進路を変えた。
◆
「いないな……」
呟く。
大分長いこと賢者ニャウを探して、ダンジョンの中を散々徘徊しているが、どこにも姿が見当たらない。
賢者ニャウのことが心配だが、そろそろ魔王のいる場所に戻る必要がありそうだな。
ひとまず魔王がいる場所まで行ってみようか。もしかしたら、魔王のいる場所に賢者ニャウが到達しているなんてこともありそうだし。
「あ、キスカさん」
道中、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
そこには賢者ニャウの姿があった。
その後ろには、暗殺者ノクと戦士ゴルガノがいる。
「おー、あんちゃん生きていたんか!」
戦士ゴルガノが屈託ない笑顔で話しかけてくる。
色々と複雑だが、今、敵対しても仕方がないため、「ええ、おかげさまで」と頷く。
そうか、この三人で行動していたのか。
どおりで賢者ニャウが見つからないわけだ。
そういえば、俺が魔王ゾーガを倒すべく翻弄していたときも、この三人は揃ってエリギオン殿下のもとへと来ていた。
「みなさんは、これからどこに?」
「ああ、こいつが勇者様のいる場所がわかるっていうんで、案内してもらっているんだよ」
戦士ゴルガノがそう答えると、フードをかぶった暗殺者ノクがコクリと頷く。
なるほど、暗殺者ノクは魔王のいる場所を知っているのか。もしかしたら、アゲハが伝えているのかもしない。
「わかりました。俺も同行します」
それから四人で魔王ゾーガとエリギオン殿下のいる場所へと向かう。
「よしっ、これで全員揃ったね」
俺たちがエリギオン殿下のいる場所に着くと、彼はそう口にした。
エリギオン殿下の足下には、すでに亡骸になっている魔王ゾーガがいる。あぁ、そうか。エリギオン殿下はすでに魔王ゾーガを倒したのか。
そして、聖騎士カナリアはすでに辿り着いていたようで、エリギオン殿下の隣に立っていた。
アゲハの姿はどこにもない。まだ、エリギオン殿下の持つ聖剣に封印されているんだろう。
これからなにが起きるんだろう?
俺はなにも指示を出されていないので、黙って見ているしかないが。
それは突然の出来事だった。
エリギオン殿下が血を出して倒れた。
見ると、隣にはナイフを握った暗殺者ノクの姿が。まさか、目に留まらぬ速さで切り裂いたのか。
「貴様、なにをしているぅうううッ!!」
ふと、聖騎士カナリアが怒鳴った声で剣を振り上げる。
すると、次の瞬間には彼女は血を吐いてうろたえる。
暗殺者ノクの動きがあまりにも速すぎて、全く歯が立っていない。
「ノクさん、これはどういうことですか!?」
賢者ニャウの声が聞こえる。
刹那、俺はあることを思い出した。アゲハは賢者ニャウを平気で殺そうとしたことを。あのときは、俺がアゲハを説得してなんとか事なきことを得たが、アゲハが賢者ニャウの生死にぞんざいなことに変わりはない。賢者ニャウが邪魔をするなら、アゲハは暗殺者ノクに殺すよう指示を出すだろう。
それだけは避けないと――。
「ニャウ、やめろ!!」
咄嗟に俺は賢者ニャウを羽交い締めにする。
「ちょ、どういうつもりですか――ッ」
そう叫んだ賢者ニャウの口をふさぐ。発声できなければ、魔術を詠唱することはできない。
「アゲハッ!! 必要以上に殺すのはやめるよう指示を出せ!」
聞こえているかわからないが、俺はそう叫ぶ。
伝わったかどうかわからないが、暗殺者ノクは俺たちから視線を外して戦士ゴルガノのほうを振り向く。
「ちと、まずいことになったな」
そう呟きながら戦士ゴルガノが寄生鎌狂言回しを展開する。
「おい、カナリア起きろ。二人でこいつを倒すぞ」
「あぁ、わかっている」
聖騎士カナリアも体を起こす。
どうやら暗殺者ノクの攻撃を受けても、意識は残っていたらしい。
それから聖騎士カナリアも寄生剣傀儡回しを展開する。どうやら本気で挑むらしい。
それから暗殺者ノクと戦士ゴルガノ、聖騎士カナリアによる2対1の戦いが始まった。
戦士ゴルガノと聖騎士カナリアはどちらも強いはずなのに、暗殺者ノクは互角に渡り合っているどころか、少し推しているような気さえする。
ふと、気になってエリギオン殿下のほうを見る。
ピクリ、と髪の毛が動いた。
どうやらまだ死んではいない様子。
そんなふうに観察していると、手に強い痛みが走った。
見ると、口を塞がれていた賢者ニャウが俺の指をガブリ、と思いっきし噛んでいた。
「い――ッ」
たまらず俺は手を離す。
「ニャウの名のもとに命じる。混沌より出でし秩序。善悪の欠如――」
すぐさま賢者ニャウが詠唱を始める。
とめるべきかと逡巡する。いや、この詠唱は聞いたことがある。俺が思い描いている魔術と同じのを発動するなら、彼女をとめる必要がない。
「転移の魔術、第一階梯、
瞬間、ニャウを中心に魔法陣が発動する。
やっぱり転移の魔術だった。
ふと、暗殺者ノクが体を反転させては地面を転がった。どうやらエリギオン殿下から〈聖剣ハーゲンティア〉を奪ったようだ。
「貴様ァアアアッ!!! それを返せッッ!!」
ふと、聖騎士カナリアが暗殺者ノクへと飛びかかろうとしていた。
ヒュン――ッ!! と、風を切る音が聞こえた。
「ガハッ」
と、聖騎士カナリアが口から大量の血を吐いていた。
見ると、彼女の胸元が大きく斜めに切り裂かれていた。握る力を失ったようで、片手から寄生剣傀儡回しが地面に落ちる。
暗殺者ノクは剣を握っている手とは別の手で、なにかを奪う仕草をした。
その手には、魔王復活に必要が指輪が。
あの指輪を奪っておかないと、魔王が復活してしまい、どのみち世界が滅亡してしまう。
気がつけば、賢者ニャウによりもたらされた魔法陣の光が消え失せていた。
無事転移に成功したようで、賢者ニャウ、エリギオン殿下、聖騎士カナリア、戦士ゴルガノ、そして魔王ゾーガの亡骸が目の前から消失していた。
残っていたのは、俺と暗殺者ノクだけだ。
そうか、俺は賢者ニャウの転移魔法で連れてもらえなかったらしい。恐らく、賢者ニャウに敵と認識されたからだろう。
まぁ、最後に賢者ニャウを無力化しようと乱暴なことをしてしまったからな。
仕方がないとわかっているけど、少し寂しいな。
とはいえ、感傷に浸っていても仕方がない。
これからアゲハを復活させるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます