―132― 理由
「キスカ、お願いだから、死んで」
アゲハは澄んだ瞳をしていた。
彼女の持っている剣が光を反射する。
俺はどうしたらいいんだろう……。すぐには答えが見つからない。
だから、改めて考えていた。
俺のすべきことを。
「なぁ、アゲハ」
「なに? キスカ」
「想像してみたんだ。永遠にこの9日間をループし続けたらどうなるかを」
「どうだった?」
それは、目を閉じれば簡単に思い描くことができた。ループし続ける世界を俺がどんなふうに過ごすかを。
「すごく幸せだった。だって、アゲハと共に過ごした毎日はとても楽しかったから。間違いなく俺の人生の中で最も幸せな時間だった」
俺の人生は辛いことばかりだ。村では虐められて過ごしていた。カタロフダンジョンに追放されてからも心安まる日はあまりなかった。
だから、アゲハと共に過ごした9日間は、人生の中で間違いなく幸福な時間だった。
「それが永遠に続くのは悪くない気がする。なにせ、好きな人と一緒にいることができるんだから」
「うん、私もおんなじ気持ち。私もキスカのことが好きだから……!」
そうだ、考えてみれば、悪いことは1つもないじゃないか。
アゲハと共に楽しく過ごすことができるんだ。
アゲハと一緒に王都でゆったりと過ごすのもいい。色んな国へ遊びに行くのもいいのかもしれない。行く先々で買い物をしたり、おいしいご飯を食べたりするんだ。
そして、9日目になったら俺が死んでループする。それも何度も何度も繰り返して、アゲハと共に過ごすんだ。それって、この上なく幸せなことだって断言できる。
だから、俺は――
「ごめん、協力できそうにない」
項垂れながら、そう答えた。
「え……っ」
アゲハの困惑した声が木霊する。
それから静寂な空気が二人の間を包んだ。俺は次になんて声を発すればいいのか、わからないでいる。
「な、んで……? 私のこと好きなんだよね……?」
アゲハの声は今にも泣きそうだった。
顔をあげたら、そこには絶望したアゲハの表情があるんだろう。
なんで、か。
理由は色々と思い浮かぶ。
ループを受け入れるのは自然の摂理に間違っている気がする、とか。俺たち以外の人たちがリセットされ続けるのは残酷なよう気がする、とか。
けど、こんな理由は俺の中では、たかが知れている。
俺は別の正義のため戦っているわけでもなければ、人類のために戦っているわけでもない。
大多数の人間の幸福よりもアゲハのほうがずっと大事だ。
でも、ダメなんだ。
これだけはアゲハに協力するわけにいかない。
その理由は、ただ1つだけ。
「決めたから」
「なにを?」
「傀儡回しっていう女の子を人間にするって」
俺はそう答えていた。
「この時間に囚われ続けていたら、永遠にそれを成し遂げることができない。俺はどうしても百年後の元の時間に戻らなくてはいけないんだ。だから、ごめん……」
そう、俺にはやらなくてはいけないことがあった。
「なにそれ……」
ぽつり、とアゲハが呟く。
「意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない……意味わかんない……ッ!」
アゲハは怒号をあげていた。
「なんでキスカは私以外の女の子を構うの……ッ!! 私だけを見てよ」
「ごめん」
アゲハが怒るのは当然だ。
言い訳の余地もない。
「許さない……っ」
アゲハは剣を握り締めながら、近づいてくる。
あぁ、そうか。どうやら俺はアゲハの手で殺されるらしい。それも仕方がないか。
「もういいっ。キスカの許しなんて必要ない。私がキスカを殺して、何度もこの時間を繰り返す」
その瞳には殺意が芽生えていた。
あぁ、どうやら俺は殺されるらしい。
だから、アゲハに刺されようと手をダラリと真下へ降ろす。
もう抵抗するだけの気力が俺にはなかった。
◆
もうなにもかもがどうでもよかった。
キスカなら全部受け入れてくれると思ったのに、実際はそうではなかったのだから。
だから、アゲハは躊躇なくキスカを殺そうと考える。
手にした剣をキスカの胴体に突き刺す。すると、血が勢いよく噴き出し、周りが血だらけになる。
剣を力強く引き抜くと、キスカの体がゴロンと音を立てて、地面に転がった。
すでに、キスカが事切れたのは明らかだった。
あれ……?
アゲハは首を傾げていた。
いつもなら、キスカが死んだ瞬間、〈セーブ&リセット〉が発動して、時間がループする。
だというのに、その気配がない。
一体、なにが起きたというのだろうか……。
途端、思いがけない出来事が起きた。
『予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました』
キスカの体を中心に膨大な量の文字が発生した。
なにが起きたかよくわからないけど、なにかまずいことが起きたのだとわかる。
「キスカ、どうしよう……!?」
アゲハは叫びながら、キスカのもとに駆け寄る。
けど、キスカはなにも反応しない。死んでいるんだから当たり前だ。
「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。私が間違っていたから」
そう叫ぶも、アゲハの声は誰の耳にも届かない。
『原因:矛盾した死の発生』
ふと、気になる文言を見つけた。
意味がわからずアゲハは困惑する。
だから、原因を解明しようとアゲハは手を伸ばした。
『原因:暗殺者ノクの死亡により、剣士キスカの存在に因果的矛盾の発生』
ふと、気になる文言を見つけた。
その文言を見て、アゲハはようやっと理解した。
親殺しのパラドックス。
前にいた世界で、SF小説なんかでよく見聞きした言葉だ。
確か、時間を遡って血の繋がった祖先を子供が生まれる前に殺してしまった場合どうなるのか、という考えだったような気がする。
以前から、アゲハはなんとなく予感していた。
もしかしたら暗殺者ノクはキスカの祖先なんじゃないかと。
どちらも特徴的な銀色の髪の毛を持っていて、アルクス人と呼ばれる共通の種族なのは知っていた。
だから、暗殺者ノクを殺してしまったこの世界戦において、キスカの存在が矛盾を生んでしまうんじゃないかとずっと不安を抱いていた。
それが、今、こうして顕在化してしまった。
でも、どうして今更? とも思う。
暗殺者ノクを殺した後、キスカを殺したのは今回が初めてではない。
その際は、こんなこと起きなかったのに。
とはいえ、そんなこと今、考えていても仕方がない。
それより、目の前の事態を早急に解決しなくては。
「〈リセット〉」
アゲハはそう口にする。
瞬間、まるで完成した絵の上からペンキで塗りたくっていくようにガラリと目の前の景色変わっていく。
このスキルを使うことで、あらゆる事象をなかったことにできる。
だから、アゲハはキスカを殺したという事実をなかったことにした。
「アゲハ……?」
目の前にキスカが立っていた。
キスカの体には剣で刺された跡がない。
キスカは把握していないだろうが、アゲハにとっては10分ほど時間が巻き戻った感じだ。
『予期せぬエラーが発生しました。原因:矛盾した存在』
「なんで……っ」
声を発する。
気がつけばさっきみたいに世界が文字で埋め尽くされていた。
どうやらキスカを殺さずとも、キスカの存在そのものが矛盾を生んでしまうらしい。
こうなってしまえば、もうアゲハの望んだ世界は手に入らない。
暗殺者ノクを殺す直前まで戻らないことには、事態は解決しないのだろう。
そして、暗殺者ノクが殺さないということは悪逆王が目覚めるということと同義であった。
「キスカと一緒じゃなければ意味がないのに……」
アゲハは気がついてしまった。
いくら封印から逃れることができたとしても、キスカと一緒じゃなければなんの意味もなさなかった。
もし、キスカと一緒にいたければ、100年間封印されなくてはいけない。
だから、アゲハはもう一度〈リセット〉を使った。
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