―131― 真実
目の前の状況を把握した俺はパニックに陥っていた。
「初めてお前と劇場を観に行った夜、俺を殺したのはお前か?」
一つ一つ状況を紐解いていこうと思い質問をする。
「うん、そうだよ」
彼女はあっさりと肯定した。
「じゃあ、二回目のループで、アゲハは誰に殺されたんだ?」
あの夜、アゲハは部屋から出て行った後、戻ってこなかった。廊下をでると、そこにはアゲハの死体があった。
「私に殺された」
「どういうことだ?」
意味がわからずそう聞き返す。
「そうね、正確に言うと、こいつに殺された」
そう言って、アゲハは足下に転がっている黒アゲハを指す。
そうか。あの夜、アゲハを殺したのは黒アゲハだったのだ。
「じゃあ、あの後、俺を殺したのは?」
「こいつだと思うよ」
二回目のループで俺を殺したのは黒アゲハだった。
「アゲハ同士で殺し合いをしていたってことか?」
「うん、勝ったほうが次のループで人格を乗っ取ろうって取り決めがあったから。最初は私が勝ったから、私が目覚めた。次はこいつが勝ったから、こいつが目覚めた。今回は私が勝ったから、次のループで目覚めるのは私。そういうふうにしようって、こいつと決めたの」
そういうことか、と納得する。
だから、目の前に黒アゲハの死体が転がっているわけだ。
「あと、ループした自覚がないって前に言っていたけど、それはどういうことなんだ?」
どういうわけか、アゲハにはループした際、前回の時間軸を失っているようだった。だから、俺一人の記憶を頼りに事態を解決しなければいけなかったが。
「嘘だよ。前回も前々回の記憶もしっかりある。今回は主人格がこいつだったせいで、あんまり覚えてはいないんだけどね。でも少しは覚えている」
「なんで嘘をついたんだ?」
「キスカに知られたくなかったから」
アゲハは俺の目を見てそう言った。
「なんで、こんなことをしたんだ……?」
結局のところ、アゲハがこんなことをする理由に俺は見当もつかなかった。
アゲハがなにを考えているのか、俺にはよくわからない。
「そうだね……」
アゲハはなんて説明すべきか悩んでいるのか言いよどむ。
「ねぇ、キスカ。どうせ死んでもループするとわかっている私たちにとって、死ってとっても軽いものだと思わない?」
「まぁ、それはそうかもしれないが」
「だったら、もう一回死んでくれる?」
「いや、なんで!?」
俺はアゲハの攻撃を警戒して後ろへと一歩下がる。
「私は今、とっても幸せなんだ。キスカと一緒にいられて。だから、この幸せを壊したくない」
「もっと、わかるように説明してくれ」
苛立つ。アゲハの言葉はどこか曖昧で確信をついていない。
「だからさ、キスカは言っていたよね。観測者という存在によって、この時代にやってきたって。そして、世界が救われたと判断できたら、元の時間に戻れると」
「それがどうしたんだ?」
確かに、観測者はそんなことを言っていた。
だから、魔王を討伐しても元の時代に戻れないことに俺は不安を覚えていた。この後、なにかただならぬなにかが起きて、世界は滅びてしまうんじゃないかって。
けど、謎の存在に殺されるという事件が起きたせいで、そのことはすっかり頭から抜け落ちていた。世界の滅亡より、犯人が誰なのかということに俺は神経を張り巡らせていた。
「今宵、悪逆王が目覚めて、世界は滅びる」
「悪逆王?」
聞いたことがない単語に俺は首を傾げる。
突然、なにを言い出すんだろう。
「世界を破滅へと導く者よ」
「えっと、つまり、悪逆王ってやつが世界を滅ぼすってことか?」
「うん、そういうこと」
「以前、アゲハは世界が滅亡する原因に心当たりはないって言っていたよな?」
「それも嘘。魔王を倒しても戦いは終わらない。本当の敵は悪逆王なんだから。こいつによって、世界が滅亡するのを私はこの目ですでに見ている」
「そうなのか……」
アゲハの言葉に俺は身を震わせていた。
本当、この後世界は滅びてしまうんだ。
「ごめんね、キスカ。私、たくさん嘘ついているね」
「あぁ……」
そう頷くと、アゲハはゆっくりと近づいてくる。
「私、今がとっても幸せ。キスカと一緒に過ごせて。私、思うんだ。この時間が永遠に続けばいいって」
「気持ちはわかるが、そんなの無理だろ」
「キスカが協力してくれたら、簡単に実現する」
「どういう意味だ?」
「今日がやってくる度に、キスカが死んでくれたら、時間は巻き戻って永遠に未来は訪れないでしょ。そうすれば、私とキスカは永遠に一緒に過ごすことができる」
確かに、俺が死ねば時間はループする。
それを活かせば、この時間は永遠に繰り返されることになる。
それはアゲハの言うとおり、幸せなことなんだろうか?
「俺たちが協力して悪逆王を倒すんじゃダメなのか?」
「悪逆王には絶対に勝てない」
アゲハは断言する。
アゲハほどの実力の持ち主が絶対に勝てないと言い切るなんて、悪逆王はどれほど恐ろしいんだろうか。
「悪逆王ってどんなやつなんだ?」
「悪逆王が目覚めた瞬間、キスカは苦しみながら死ぬことになる。キスカだと意識を保っていられるのは長く見積もって、1分ぐらいかな。私でなんとか3分意識を保つことができる。あぁ、もちろんキスカ以外の普通の人間は数秒も意識を保っていられない。他の人たちは意味もわからず死んでいく。なにせ悪逆王は目覚めただけで、世界を滅ぼすことができるんだから」
「あ……?」
アゲハの言葉を理解できなかった。
てっきり、殴ったり蹴ったり物理的な攻撃を想像していただけに、アゲハの答えに呆然とする。目覚めただけで、世界が滅びる? 意味がわからない。
「そいつは人間なのか?」
「わからない。ただ、神の領域に近い存在だと思う。どこにいるのかもわからないし、もちろん見た目だって知らない」
「じゃあ、なんでアゲハは悪逆王ってやつが元凶だってわかったんだ? その、アゲハから見たら、ただ人が倒れていくようにしか見えないんじゃないのか?」
「そいつが遠隔で私に話しかけてきたから。だから、意思を内在している存在によって引き起こされたんだってことがわかった。悪逆王って名前がわかっているのも、そいつがそう名乗ったから」
「そうか……」
「それで、キスカだったら、こいつを倒すことができるわけ?」
そう尋ねられて、「できる」なんて答えられるわけがなかった。
神に近い存在に勝てるはずがない。
一体、どうしたら?
いや、待てよ。
俺は百年後の世界からやってきた。
それってつまり、悪逆王が現れても、世界が存続したというわけだ。
しかも、百年後に悪逆王なんて存在が現れたなんて聞いたこともない。そんな存在が現れたなら、伝承やらで伝わっていないおかしいと思うが。
「なぁ、なんで百年後、俺たちは普通に過ごせたんだ? そんなやつが現れたら、世界が無事で済むとは思えないんだが。けど、俺は悪逆王が現れたことさえ聞いたことがない」
「取引をしたから……。悪逆王におねがいをして、世界を滅ぼさないでくれって」
悪逆王ってやつは残虐非道なやつだと思っていたが、意外と聞き分けがいいんだな。
「だったら、また取引して」
「嫌だ。それだけは絶対に、嫌!!」
アゲハは鬼気迫る表情をしていた。心の底から嫌なんだってことが伝わる。
「その、取引というのは……」
「また百年間、結界の中に閉じ込められてしまう」
あぁ、そうか。だから、アゲハはあの日、結界の中にいたんだ。
「ねぇ、キスカ。お願い……! また死んで、この時間を一緒に過ごそう」
アゲハは懇願する。
封印されたら味わうことになる苦痛は知っているつもりだ。なにせ、俺も一度戦士ゴルガノに封印にされた。あのときは、吸血鬼ユーディートに助けられたが、もし、そのままだったら、俺は廃人になっていたに違いない。
だから、アゲハにもう一度、封印されてくれ、なんて残酷なこと言えるはずがなかった。
また俺が死ねば、ループする。
そして、今日がまたやってくれば俺が死ぬ。
それを何度も繰り返せば、この9日間を永遠に過ごすことができる。
それにアゲハと一緒に過ごすことができるんだ。
だから、悪くないように思える。
けど、本当にそれでいいのだろうか?
俺にはよくわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます