―108― 2人の勇者
「誰なんだ……? 君は?」
そう言った勇者エリギオンの声は震えていた。
アゲハが現れたのを、最も驚いたのは勇者エリギオンだった。
それはそうだろう。
なにせ、俺とノクは事前に知っていたしな。
「アゲハ・ツバキ。こう見えて、本物の勇者です」
「なにを言っている……? 勇者はこの僕だぞ」
「あなたは勇者の権能の一部を持っているに過ぎないわ。定義としては、勇者の使徒にあたる」
と、アゲハは言う。
勇者の使徒という言葉に、ふと心当たりがある。
戦士ゴルガノが俺のことをそう呼んでいたはずだ。
確かに、俺も勇者のスキルを持っているから、なるほど、俺も勇者エリギオンも勇者の使徒になるのかもしれない。
「話にならないね。そんなこと信じられるはずが――」
勇者エリギオンは最後まで言い終えることができなかった。
というのも、アゲハが勇者エリギオンの腹を全力で蹴り飛ばしていたから。
蹴られたエリギオンはそのまま勢いよく後方へ吹き飛ばされて、ダンジョンの壁へと激突する。
けど、アゲハの攻撃は終わらない。
壁に激突した勇者エリギオンの顔を全力で殴った。
結果、壁に大きな穴があきエリギオンの顔がその穴にめり込む。
アゲハのほうが圧倒的に勝っていた。
これが、真の勇者と勇者の使徒の力の差か。
それでも、アゲハは攻撃の手に緩めない。
再び、殴ろうと拳を振りかざす。
おい、流石にやりすぎだ。勇者エリギオンを殺さないんじゃなかったのか? アゲハを今すぐとめるべきじゃないかという考えが頭の中によぎる。
「〈セーブ〉」
それは、勇者エリギオンの声だった。
その声が聞こえた途端、彼の姿がぶれる。
瞬間、勇者エリギオンの姿が複数人に分裂した。
見たことがある。勇者エリギオンが魔王ゾーガを討ったときも似たような現象を使っていた。
俺と違って、短い時間を何度も繰り返すのが勇者エリギオンの勇者としての力だ。
勇者エリギオンは自分が勝つまで何度も繰り返す。
別の時間の彼の姿が残像のように残ってしまうため、複数人に分裂したように見える。
「残念ながら、あなたにできることは私でもできるんだよ」
そうアゲハが言った瞬間、アゲハの姿も複数人に分裂する。
そして、お互いに分裂した人同士が殴り合う。徐々に、お互いの分裂した姿が消えていき、最後にはアゲハ1人だけが立っていた。
「まだ死んでいないと思うから」
そう言いながら、アゲハはすでに気絶しているエリギオンの首根っこを掴んで床に転がす。
確かに、勇者エリギオンはどう見ても気絶していた。
「キスカぁー!」
アゲハが浮かれたような声を出したと思ったら、俺のとこまでトコトコと走ってきて勢いよく抱きついてきた。
「会いたかったよーっ!」
そう言いながら、彼女は顔を俺にこすりつける。
「お前、人前でこういうのは恥ずかしいだろ」
そう言いながら、アゲハの肩を掴んで引き剥がす。
暗殺者ノクがこっちを見ていた。
「はーい」
と返事をしながら、アゲハは俺から離れる。
「てことはー、人前じゃなければ、こういうことしてもいいんだぁー」
そう言いながら、アゲハは挑発するような上目遣いの目つきをしていた。
アゲハの言うこういうことがどういうことなのか俺にはわからない。一体なにをさしているんだろうか。
「あまり俺をからかうな」
そう言って、俺は頭を抱えた。
◆
勇者エリギオンは気絶はしていたが、まだ生きていた。
「聖騎士カナリアを倒そうと思えば、どうしてもこいつが邪魔をするから、念のため気絶させておいた」
と、アゲハは弁明した。
確かに、勇者エリギオンは聖騎士カナリアをよほど信頼しているらしく、聖騎士カナリアが裏切ると説明しても中々納得してくれない。
「それで次はどうするんだ?」
「次は、聖騎士カナリアと戦士ゴルガノ。恐らく、2人で私たちを待ち伏せしていると思うから、協力して倒したいんだけど、この2人は殺してもいいんだよね、キスカ?」
と、アゲハが俺に確認する。
「まぁ、そうだな」
この2人に関しては仕方がない。
正直にいえば、ノクが裏切り者のレッテルを張られないために殺さない方がいいのかもしれないが、そのことに関してアゲハがなんとかすると言っていた以上、余計な気は回さないほうがいいだろう。
「それじゃあ、向かいましょうか。ノク、この人を運んでくれる?」
「承知した」
ノクが低い声で頷くと、気絶している勇者エリギオンを肩にのせて抱える。
そして、俺たちは戦士ゴルガノと聖騎士カナリアがいる場所へと向かった。
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