―107― 勇者アゲハ

 ひとまず、アゲハと会話を済ませた後、俺はスキル〈シーフ〉を獲得するため鎧ノ大熊バグベアが多数出現する部屋に向かう。

 うん、なんの支障もなく倒すことができた。


『随分と手慣れているな』


 ふと、アゲハがそう話しかけてくる。

 すでにアゲハは分身を解除し、遠隔で話しかけるだけの状態になっている。


『まぁ、何度もやっているからな』


 数え切れないほど、この部屋を攻略してきた。おかげで、あらゆる攻撃パターンが頭に入っている。


『それで、これから勇者エリギオンのとこに行けばいいのか?』

『あぁ、すでにノクが向かっている。早く合流してくれ』

『それで、結局勇者エリギオンをどうするんだ?』


 殺すのか? 殺さないのか? どう判断するにしても、俺はアゲハに従おうと思っていた。


『殺す必要はないが、あいつの持つ聖剣を奪う必要がある』


 確か、勇者エリギオンの持つ聖剣にアゲハが封印されているって話だったもんな。


『奪わなくて、少し借りるだけじゃダメなのか?』

『それでも問題はないか……。キスカに任せてもいいか?』

『恐らく、問題ないと思うが』

『だったら、任せよう。いや、ほら、ノクは見るからに交渉が下手だろ? だから、ノクしか協力者がいなかったときは、無理矢理奪うという選択肢しかなかったが、キスカが手伝ってくれるなら、色々とできることが増えそうだな』


 ノクは常に無言だからな。そんなやつに交渉は無理だろう。


『てか、勇者エリギオンから聖剣を無理矢理奪うって、けっこう難しくないか? それをできる剣士ノクって、強いんだな』


 確か……剣士ノクのランクはなんだっけ?

 あぁ、そうだ、教えてもらえなかったんだ。

 けど、勇者エリギオンのランクは最高峰のマスターだから、勇者エリギオンのほうが強いのは明らかだ。


『まぁ、あいつは我が用意した最強の手駒だからな』

『そうなのか……』

『あいつの職業は暗殺者だ。不意を突いて殺すことにおいてなら、あいつに並ぶものはいない』


 ということは暗殺者ノクか。

 スキル〈暗殺者〉は相当、修練を積まないと獲得できないスキルだった気がする。


『でも、剣士だって名乗っていたぞ』

『暗殺者が自分の手の内を簡単に晒すわけがないだろ。とりあえず、下級職を名乗るんだよ』


 まぁ、そう言われたら、そうだよな。

 ニャウも賢者のくせして、最初は魔術師と名乗っていたし、安易に上級職をひけらかさないのが当たり前なのかもしれない。


『そもそも、暗殺者ノクのランクがいくつなんだ?』


 ふと、気になったので聞いてみる。

 勇者エリギオンのランクは最高峰のマスターかつ序列7位。他の勇者一行のランクはダイヤモンドと上から2番目。

 ちなみに、俺は上から三つ目のプラチナだ。


『マスター』

『え?』

『マスターで序列6位。暗殺者ノクは勇者よりも強い』


 マジか……。

 思わず言葉を失ってしまった。





 暗殺者ノクのいる場所までアゲハが誘導してくれた。

 この近くに勇者エリギオンはいるらしい。


「どうも、ノクさん」


 暗殺者ノクがいるので、声をかける。けど、彼はコクリと無言で頷くだけだった。

 なんか、怖い。

 マスターだと思うと、なおさら怖い。ホント、なにを考えているんだろう、この人は。


『それじゃあ、勇者エリギオンのいる場所まで向かえ。最初、キスカが交渉して、失敗したら、ノクが奪う。すでに作戦の内容はノクに伝えている。向かえ』

『あぁ、わかった』


 というわけで、勇者エリギオンがいる場所まで向かう。


「やぁ、キスカくんじゃないか。無事でよかったよ。それと、ノクさんも一緒にいたようだね」


 勇者エリギオンは俺のことを見つけると、親しみのこもった声で話しかけてきた。


「はい、ノクさんとは偶然合流できまして。勇者エリギオン様もご無事なようで何よりです」


 と、俺も応対する。

 さて、どうやって勇者エリギオンの持つ〈聖剣ハーゲンティア〉を穏便に渡してもらおうか。

 何度もループしたおかげで、勇者エリギオンの性格はある程度把握している。それを活かすときだな。


「それじゃあ、早速キスカくんにダンジョンを案内してもらおうかな」

「その前に、勇者様にひとつお願いがあるのですが」

「お願いって、一体なんだい?」

「聖剣ハーゲンティアを少しの間、預からせていただけませんか?」

「……どういうことかな?」

「実は、その聖剣にはある封印が施されています。だから、真の力を解放させたいと思うのです」


 封印されているのは、本当は人間だが、そんなこと言ったところで信じてくれないだろうし、真の力が封印されているってことにしておこう。


「封印だと? そんな話聞いたことがないが」

「ですが、事実です。もちろん、封印を解いたらすぐに返します」

「君がその封印を解くというのかい?」


 そう言った勇者エリギオンは警戒した目つきで俺のことを見る。

 警戒されるのは当然だ。

 こんな突拍子もない話を信じるほうがおかしい。

 とはいえ、説得させる材料ならすでに用意してある。


「いえ、封印を解くのは俺ではありません。こちらにいる剣士ノクが封印を解きます」


 そう言うと、勇者エリギオンは瞠目する。


「本当なのかい。ノクさん?」


 そう彼が尋ねると暗殺者ノクはコクリと頷いた。


「わかった。ノクさんが保証するというなら、一旦預けよう」

 

 勇者エリギオンは〈聖剣ハーゲンティア〉を暗殺者ノクに手渡す。

 ひとまず、これで交渉は成功だ。

 俺の言葉なら信用を得るのは難しいが、マスターである暗殺者ノクの言葉なら、信用してくれるだろうと思ったわけだが、うまいこと成功してくれたようだ。


 それから暗殺者ノクは〈聖剣ハーゲンティア〉を丁寧に地面に置くと、ローブの中からなにやら取り出す。

 それは、一見宝石のようでいて、その宝石の中に複雑な模様が刻まれていることに気がつく。

 その宝石がなんなのか、俺にわからなかった。

 ただ、暗殺者ノクは宝石を手にしながら、ぼそぼそと呟く。

 途端、宝石が目映い光を放ち始めた。

 その宝石は吸い込まれるように〈聖剣ハーゲンティア〉に吸い込まれていくと、〈聖剣ハーゲンティア〉も光り始める。

 その光は徐々に強くなっていき、果てには視界が光で埋め尽くされなにも見えなくなる。

 まぶしさから逃れるため、しばらく腕で目を塞ぐ必要があった。

 そして、気がつけば、光は止んでいた。


「やっと、外に出ることができたぁー」


 声が聞こえる。

 聞き慣れた声だ。


「これで、ようやっと勇者の仕事ができるね」


 目の前にいたのは、勇者アゲハ以外の何者でもなかった。 


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