第二章

―16― 外にだしてあげる

「やばいっ、やばいっ、やばい……っ!」


 ダンジョン内にて、俺はそう叫びながら走っていた。

 追ってくるのは、Aランクの魔物、首なしラバヘッドレスミュール

 炎をまとった頭のないラバ型の魔物だ。


 この階層には、多数の首なしラバヘッドレスミュールが彷徨っていたため、見つからないように慎重に移動していたが、ついに見つかってしまった。

 だから、全力で走って逃げていたが、正直追いつかれそうだ。


「あっ」


 そう呟いたときには、俺の体は体当たりにより、死んでいた。





「は……っ」


 時間が巻き戻ったことを把握するが、いつもと違う光景が広がっていた。

 今、まさに、俺は宝箱のあった部屋を出ようとしていた。


 以前なら、死ぬ度に、最初に出会った鎧ノ大熊バグベアに襲われる直前に戻っていた。

 どうやら、死に戻りするポイントが更新されたようだ。

 まぁ、また死ぬ度に、鎧ノ大熊バグベア相手に戦わなくていけないと思うと、心が折れそうだから、正直ありがたい。


 とはいえ、この新しい階層を攻略しないと次には進むことができない。

 また、新しい苦難が待っているんだろうな。





 試行回数およそ520回目。


 首なしラバヘッドレスミュールに何度も殺されながらも、俺はこの階層を懸命に、探索していて、わかったことがいくつかある。

 まず、上の階層や下の階層に行くための階段は見当たらなかった。

 その代わりにあったのが――


「転移陣だよな……」


 目の前には床に幾何学的な紋様があった。

 恐らく、踏めば、違う場所に飛ばされる転移陣に違いない。


「ここにも転移陣がある」


 転移陣の数は一つだけではなかった。


「全部で、三つの転移陣があるな」


 次に進むためには、この三つのうち、どれか一つの転移陣を踏む必要があるんだろうが、まいったな、どれが正解なのか見当もつかない。

 悩む必要はないだろ。

 間違えた転移陣を選んだら、どうせ死んで死に戻りするんだろうし。

 だから、俺は目の前の転移陣を躊躇なく踏んだ。


 飛ばされた先は一本道が続いていた。

 なので、ひたすら前に進む。


 すると、明らかダンジョンにそぐわない物がそこにはあった。


「女の子……?」


 といっても、ただ女の子がそこにいたわけではない。

 その女の子は眠っており、その周囲には外に出られないように結界に覆われている。その上、鎖のようなものが彼女の体に巻き付いていた。


「きれいだ……」


 思わずそう呟く。

 その少女は端正な顔立ちに、白い肌を持っていて、今まで見てきた女の子の中でも突出して美しかった。

 その少女は白いレースが目立つ服を身につけている。

 無意識のうちに、俺は手を伸ばしていた。

 パリン、とガラスが割れるよう音が響く。

 

「あっ」


 まさか、結界がこうも簡単に壊れると思わず半歩後ずさる。

 結界が壊れると同時、彼女はカクリと体を動かす。

 その上、彼女はゆっくりとまぶたを開けた。


「あぁ、あなたが私を起こしてくれたのね」


 どこかで聞いたことがある声だった。

 あぁ、そうだ。

 鎧ノ大熊バグベアに襲われる直前、俺にスキル〈セーブ&リセット〉を与えてくれた影もこんな声を出していた。


「お前が、俺にスキルをくれたのか」

「ええ、そうよ」


 彼女は肯定する。


「……何者なんだ?」

「アゲハ・ツバキ。封印された元勇者ってところかしら。あなたのお名前は?」


 封印された元勇者? なんだ、それは? と思いつつ、質問に答えた。


「キスカだ」

「キスカ。いい名前ね」


 そう言って、彼女は俺を見回すように観察する。


「ねぇ、少ししゃがんでほしいかも」

「はぁ」


 意図がわからずも、言われた通りそうする。


「んっ」


 目を見開く。

 気がつけば、彼女は俺に唇を重ねていた。


「おい、どういうつもりだ?」


 そう言いつつ、彼女を自分から引き離す。


「お礼のつもりだったけど、駄目だった?」


 彼女は小首を傾げる。

 駄目とか以前に、意味がわからん。


「なにがしたいんだ?」

「別に……。あぁ、そうだ。あなた、ダンジョンの外に出たいんでしょ?」

「それは、そうだが……」

「そう、だったら私についてきて。外に出してあげる」


 そう言って、彼女は前を歩き始める。

 正直、彼女の存在はどこか不気味だが、外に出られるっていうなら、願ってもないことだ。

 だから、俺は彼女を信じることにした。


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