―13― 間違えてしまった

 試行回数たぶん500回目くらい。


「もう、いやだぁ……」


 そう言って、俺は泣いていた。

 完全に情緒不安定になって精神がおかしくなっていた。

 目の前には、最初の鎧ノ大熊バグベアが。

 精神が不安定だけど、それでもしゃがんで攻撃をかわす。


「なんで、俺ばっかり、こんな目にあわなきゃいけないんだよ。おかしいだろ!」


 そう言って、頭を掻きむしる。

 愚痴を吐きながらも、鎧ノ大熊バグベアの攻撃を次々とかわしていく。


「くそっ、ダルガのせいだ。あいつのせいで、俺はこんな地獄を味わわされているんだ」


 涙のせいで視界はぼけて、足取りもどこかおぼつかない。

 それでも、最初の鎧ノ大熊バグベアの攻撃をかわし続ける。

 何度も、何度も、何度も繰り返してきたせいか、こいつの攻撃なら目を閉じてもかわせるんじゃないかと、思えてきた。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそくそくそくそくそくそ……!!」


 怨嗟のつぶやきが無意識に零れていく。


「ダルガに会ったら、殺してやる。しかし、ただ殺すだけじゃない。一番惨い殺し方をしてやる。ありとあらゆる拷問を試してやる。あぁ、ダルガだけじゃない。村人全員殺してやる。あいつらも同罪だ。よくも、この俺をダンジョン奥地に追放しやがったな。くそがぁッ!!」


 叫んでも叫んでも精神が安定しない。

 さっきから指先は震えているし、瞳孔も震えているのか視界が安定しない。


「あ……」


 知らずして、宝箱の前までたどり着いていた。

 ほぼ無意識だったせいか、体が勝手に動いてここまで運んでくれたような錯覚をうける。


「てか、無理だろ」


 何度か挑戦して、三体目の鎧ノ大熊バグベアを倒すことに成功した。

 けれど、それで得たスキルポイントで〈筋力強化〉がレベル3になることはなかった。

 体力を温存しようと、無駄な動きを省いて、動きを洗練させてきた。それでも、三体倒すのがやっとだ。


「あぁ、でもいつまでもここにいるわけにはいかないしな……」


 もうやる気は失せていた。

 今回もどうせ無理なんだろうな……。


「あっ」


 そう言ったのにはわけがある。


「間違えてしまった」 


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 スキル〈挑発〉を獲得しました。


 △△△△△△△△△△△△△△△


 ぼーっとしながら押したせいか、〈筋力強化〉でなく、その左にあった〈挑発〉を押してしまった。


〈挑発〉って、モンスターの気を引くスキルだよな。

 パーティーのタンクと呼ばれる役職の人が〈挑発〉を使ってモンスターを引き寄せることで、他の人から守るのに使われるスキルだったと認識している。


「……こんなスキル使えるわけないじゃん」


 とっとと死んで、次に備えよう。

 まぁ、でも試しに使うだけ使ってみる。

 だから、次に襲ってくるであろう鎧ノ大熊バグベアAに対し、〈挑発〉を使う。


「ばーか」


 これで〈挑発〉が使えたのか?


「グガァッ!」


 明らか鎧ノ大熊バグベアAが怒号をあげて、その上、いつもよりも激しく突進してくる。

 どうやら、効果は発動しているようだ。


「よいっと」


 しゃがんでから「あっ」と思う。

 いつも癖で反射的にしゃがんでしまったが、どうせ今回は死ぬのが決まってるんだから、わざわざよけなくてもよかったな。


 ビュッ――と、鮮血が降り注いだ。

 見上げると、鎧ノ大熊バグベアAの爪が鎧ノ大熊バグベアBの喉深くに突き刺さっていた。


「あ……っ」


 思わず目を見開く。

 同士討ちを始めたわけではない。

 怒り狂ったせいで周りを冷静に見られなくなった鎧ノ大熊バグベアAが勢いまかせに殴った結果、その勢いのまま同族を殴ってしまったんだろう。

 殴られた鎧ノ大熊バグベアBは明らか致命傷を受けていた。

 俺が殴ったときよりも、ずっとダメージを受けているのは明らかだ。


「ばーか」


 もう一度、鎧ノ大熊バグベアAに対し、〈挑発〉を使う。

 すると、鎧ノ大熊バグベアAは果敢に突っ込んでくる。それを寸前のところでかわす。


 グサッ、鎧ノ大熊バグベアAの爪が鎧ノ大熊バグベアBに突き刺さっていた。

 そのまま鎧ノ大熊バグベアBは地面へと倒れる。

 すでに、息絶えていた。


「くっ、ははっ」


 自然に笑みがこぼれる。


「あっははははははははははっ」


 気がつけば、腹の底から笑っていた。

 あれだけ苦労して倒してきたというのに、〈挑発〉を使えば、こうもあっけなく殺すことができたのだ。

 これが笑わないでいられようか。


「あー、もしかして今までの努力全部無駄だったんか?」


 笑いが収まると、今度は自問を始めた。

〈挑発〉を使えば、こんなに簡単に倒せると知っていたら、最初から使っていたのにな。

〈筋力強化〉を選んで倒そうとした努力は、全部無駄だったのかもな……。

 なんか、すげー腹が立ってきた。

 まぁ、こいつら全員殺して憂さを晴らそう。


「かかってこいよ、雑魚ども」


 鎧ノ大熊バグベア全員に対して、俺は〈挑発〉を使っていた。


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