シナヤとルーシェ①

「シナヤさんは、いつからこの村で村長さんをやっているんですか?」


 赤髪の少女の問いかけに、もう一人の勇者……シナヤ・ライバックは目を細めた。

 可憐に見えて、落ち着きのある少女だ。仲間と離れ離れになり、敵に捕縛されているこの状況でも、しっかりとした口調で質問の言葉を投げかけてくる。これが、魔王の器ということだろうか。


「あ、あとこのチキンソテーみたいなやつおかわりください。できればサラダとパンも。このスープもすごくおいしいですね! 誰が作ってるんですか!?」


 赤髪の少女のおかわり注文に、シナヤは冷や汗を浮かべた。

 可憐に見えて、おそろしい少女だ。自分を拉致監禁した首謀者と食卓を囲うという異常な状況でも、断固たる態度と意思で夕食のおかわりを要求してくる。これが、食べ盛りの少女の胃袋ということだろうか。


「とりあえず、パンのおかわり、持ってきた」

「わぁ! ありがとうございますルーシェさん!」


 もう一人の賢者……ルーシェ・リシャルは、パンをどっさりと入れたカゴをテーブルに置きながら、シナヤにそっと耳打ちした。


「シナヤ。あなたから見て、あの元魔王のお嬢さんの様子、どう?」

「正直に答えていいのか?」


 シナヤの表情が、鋭利な色を帯びる。


「もちろん」


 ルーシェも、静かに頷いた。


「よく食うし胸がでけぇ」

「ばか」

「いひゃい!?」


 ルーシェは無言のままシナヤの頬を両手で挟んでつねった。本当に、巨乳好きの馬鹿の返答であった。

 その様子を見て、話題の張本人の顔がぱっと華やぐ。


「あ! シナヤさんとルーシェさん! そうしてるとなんだか勇者さんと賢者さんみたいです!」

「赤髪さん。お願いですから、追い打ちをかけるのはやめてもらえませんか? そのバカップルと同列に扱われるとこっちは羞恥心でどうにかなりそうなんですよ」


 パンをちびちびとちぎりながら隣の五分の一程度のペースでなんとか食事を進めているシャナが、低い声で呻いた。

 シナヤの制裁を終えたルーシェが、くるりとそちらに向き直る。


「お隣と違って、世界を救った賢者殿は、あまり食事が進んでいないみたいだけど……やっぱり、こんな辺鄙な村で出される食べ物は、お口に合わない?」

「……まずいとは言ってないでしょう。隣が食べ過ぎなだけですよ。すいませんね、元から少食なもので」


 皮肉を交えてふっかけられた言葉に、シャナも皮肉を交えて応じる。

 ルーシェは、シャナの首からの下と、隣の赤髪の少女の首から下。要するに、胸部のあたりをじっとりと交互に見比べて、ぼそっと呟いた。


「……だからそんな貧相な身体のままなんだ」

「あぁん!?」

「賢者さん! テーブル叩かないください! こぼれます! スープとかこぼれます!」


 シャナはキレた。至極単純に身体的特徴を馬鹿にする行為に、キレた。

 隣の元魔王からの制止も一切無視して、テーブルを叩いて威嚇しながら、世界を救った賢者はゴリラのように叫ぶ。


「あなたも言うほどあるわけじゃないでしょうがっ!?」

「でも、あなたよりはあるもの」

「っぎぃ……!? そうですかねぇ!? 仮にそうだとしても、その分無駄な脂肪も脚や腰回りについてるように見えますがぁ!?」

「痩せぎすよりはマシ。私はべつに太ってないし、健康的な適正体重の範囲内」

「ああ言えばこう言うッ……!」

「まあ、落ち着けよ、シャナちゃん」


 女子同士……しかも元自分同士の争いほど、見ていてひどいものもない。

 シナヤは、二人を止めるために間に割って入った。


「知ってるか? 太ももはな……太いももだから太ももというんだ。女の子は……ちょっと肉付きが良いくらいの方がいい」

「あんたの好みを聞いてるんじゃねぇんですよっ!?」


 静かに告げられた性癖に、シャナはまたキレた。

 ルーシェは勝ち誇るように笑った。赤髪の少女はもうシャナを止めることを諦めて、おかわりのパンの二個目に手を付け始めていた。

 食卓は、混沌としていた。


「まったく……賑やかなのは結構なことであるが、騒がしすぎるのもいささか問題なのである。食事とは、日々の営み。楽しむものであると同時に、味わい、噛み締めるものである。吾輩が心を込めて手掛けた料理の数々、もう少し真摯に楽しんでもらいたいものであるな」


 と、そこにお盆にのせたお皿を持った最上級悪魔が現れる。

 純白のコックコートに、無駄に長い調理帽。首元には赤いスカーフが巻かれ、無駄に似合っている。

 タウラス・フェンフは、やはり無駄に完璧で丁寧なサーブの作法を見せつけながら、赤髪の少女の前に追加の料理の皿を置いた。


「え!? もしかしてこの料理って」

「ああ。きみのさっきの質問の、後者の方に先に答えようか。この料理は全部、タウラスが作ったものだよ。腕が良くてね。よく甘えさせてもらっている」

「そうなんですか!?」

「吾輩が趣向を凝らして作り上げた食事の数々。喜んでもらえば幸いである」

「はい! とってもおいしいです! おいしいので、まだまだ作ってください!」


 満面の笑みで、少女は言った。その笑顔の眩しさに、タウラスは膝を折った。

 これまで塩対応が常であったかつての主からの、惜しみない称賛の声。そして、なによりも……


「おお、その容赦のない食べっぷりと、食への飽くなき探求と執着……! 在りし日の魔王様のお姿が、思い出されるのである! 吾輩、大感動……!」

「?」

「主への判定基準、それでいいんですかあなたは……?」


 シャナの突っ込みは、華麗に聞き流して。

 器用に首を傾げながら口を動かしている赤髪の少女に一礼して、タウラスは踵を返した。


「シナヤ、ルーシェ。ここは任せたのである」

「おいおい、タウラス。一緒に食わなくていいのか?」

「ご飯のおかわりなら、他の人に作らせても……」

「いや、吾輩は魔王様のためにとっておきのデザートをつくってくるのである。貴様たちにも食わせてやるから、大人しく待っているのである」

「そりゃ楽しみだ。じゃあ、こっちはこっちで話しておくから、あとは頼むよ」

「うむ。ほっぺたが落ちそうなやつ食わせてやるゆえ、期待して待ってろなのである」


 踵を返して厨房に戻る最上級悪魔の足取りは、なによりも軽やかだった。

 やれやれ、と。一つ、息を吐いて、シナヤは追加されたステーキを丁寧に切り分けている赤髪の少女に向き直る。


「さっきの質問の、前者の方に答えようか。元魔王のお嬢さん。この村を作ったのはオレだ。ついでに、この村の長として、みなを取りまとめる役目もやらせてもらっている」

「じゃあ、シナヤさんがこの村の村長さんってことですか?」

「そうなるね」


 シナヤが村長をしている。

 かつて勇者だった男が、エルフたちの生き残りを匿う村の、長をしている。

 その事実に、シャナは表情を歪めて言い捨てた。


「……皮肉ですね」

「オレもそう思うよ」


 毒舌には淡白な返答。

 シナヤは、静かに言葉を紡いだ。


「じゃあ、少しだけ、昔の話を聞いてくれるかい? 元魔王のお嬢さん」


 生き残ってしまった、勇者の片割れは。

 静かに、その経緯を語り始めた。

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