ブレない勇者
「それで?」
彼らはもうすぐ、魔法の代償によって消えてしまう。
だから代わりに、お前たちが死ね、と。
簡潔にそう告げてきた仮面の男を見上げて、おれは逆に問い返した。
「はいそうですかわかりました、おれたちが喜んで消えましょうって。おれがそんな風に折れると、本気で思ってんのか?」
それまで小うるさいほど滑らかに言葉を紡いでいた口が、はじめて押し黙った。おれの反応が、思っていたものとは違ったのだろう。
なんだこいつ。よく喋るわりに、予想外に言い返されると黙るのか。
とはいえ、馬鹿のよく回る口に封を黙らせてやるのは、気分がいい。
「つまんねえですねえ。もうちょっと動揺してくれても良さそうなものを」
やや、間を置いて。
本当につまらなそうに、仮面の男は言い捨てた。
「しかし、こっちとしちゃあ意外な返答だ。おやさしい勇者さまなら、喜んで自分の命を差し出してくださると思ってたんですがね」
「買い被ってくれているところ申し訳ないが、おれはそんな自己犠牲の精神に満ちたおきれいな善人じゃない」
「またまたァ。世界を救った勇者さまがご謙遜なさって」
へらへらと、元の調子を取り戻して、仮面の男は頭を下げる。
慇懃無礼もここまでくると、苛立ちを通り越して逆に清々しい。
「仮に、だ」
なので、おれは仮面の下から出てくる軽い言葉を無視して、話を前に進めることにした。
「あんたの言う『
「ほほぉう? その理由とやらを伺っても?」
「お前らが、一枚岩じゃないから」
あのちょびヒゲすっとぼけ悪魔……タウラスがどのような立ち位置にいるかは、とりあえず置いておくとして。
もう一人のオレともう一人の賢者ちゃん。そして、この仮面野郎は、おそらくただの協力関係にある。
何故なら、
「もう一人のおれが、本当におれたちを消すことだけを目的にしているなら、こんな風にわざわざ捕まえるようなことはしない。それこそ、毒を盛るなり、不意を突くなりして、最初から殺してるさ」
「どうでしょうなぁ? もしかしたら、旦那の知らないところで、賢者さまはもうお亡くなりになってるかもしれないですぜ?」
「それこそありえない」
「言い切りますなぁ」
「言い切るさ」
表情の見えない仮面を見返して、おれは言う。
「おれがおれであるのなら、賢者ちゃんを一人も殺さない方法を模索する。それだけだ」
また、会話の間が空く。
仮面の下の間抜けヅラが見えないのが、少し惜しいと思った。
「はぁあ……ブレねぇ、揺れねぇ、動かねぇ。いやぁ、認めますよ。旦那ァ。あんた、わっしの想像以上に、勇者だ。心がつえぇ」
はじめて、言葉以外のアクションがあった。
檻の間から伸びた手が、おれの頭を掴む。
強引に、乱暴に、髪を掴んだ握力がおれの頭を引き戻す。
どこまでも、純粋に。おれという個人を憎む感覚。
「旦那ぁ……あんた、本当に気持ち悪いな」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ」
そのまま出ていった背中を見送って、深く息を吐く。
「やれやれ。性格の悪いヤツの話相手は疲れるなぁ……」
物事には順序があり、行動には理由がある。
もう一人のおれが、どうしてこんなことをしているのか。その裏に誰がいて、何が狙いなのか。すべてとは言わないまでも、大まかにこの村の内情らしきものは掴めてきた。
まあ、欲を言えば……
「本人から直接話を聞ければ、それが一番楽なんだけどなぁ」
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