白の魔法の真実

「くそぉ、あのクソ聖職者めぇ……まさかあんな手を隠し持っていたなんて……覚えておけよ」


 川辺から己の身を引きずり出して、トリンキュロ・リムリリィは声を震わせた。滴り落ちる雫が、悔しさの涙を流すように、地面に点々と跡を刻む。


「驚愕だな。まさか、また負けたのか? トリンキュロ」

「負けてはいない! ただ、手持ちの魔法で倒し切れる組み立てができなかったから、退いただけだ! これは戦略的撤退だ!」

「詭弁だよ。それは客観的に捉えても、こちらの敗北だろう」


 濡鼠になっている元四天王第一位に向けて、最上級悪魔の一柱……リブラ・ツェーンは、手にしたタオルをその頭にかけた。


「疲労したか? お前にとって良い結果は得られなかったかもしれないが、時にはそういう失敗もあるだろう。いいから、早く体を拭け。風邪をひくといけないからな」

「……り、リブラぁ〜!」

「接触するな。俺も濡れてしまうだろう」


 リブラは、ばたつくトリンキュロの頭をごしごしと拭って水分を取った。


「翡翠の聖女があれほど力をつけていたのは、お前にとっても誤算だったか?」

「……うん。認めざるを得ないね。条件を整えれば、ボクと一騎打ちできる魔法使いだよ」

「的中だな。魔王様の予想と危惧が、現実になってしまった。翡翠と黄金は、我らの主が特に欲しがっていらっしゃった色だろう?」

「そうなんだけどね……そうなんだけどさぁ! だからといって、ボクが一時的に撤退するほど魔法の解釈を高めているとは思わないじゃん!?」

「強情だな。素直に負けました、と言え」

「あーっ! もう! こんなことならやっぱり、アリアの『紅氷求火エリュテイア』じゃなくて、グランプレの『白花繚乱ミオ・ブランシュ』を喰っておけばよかった……!」

「疑問がある」

「んー? 何が?」

「そのままの意味だ。賢者の色魔法も、騎士の魔法と一緒に奪っておけばよかっただろう? なぜそうしなかった?」

「あー、まあ……そりゃ、できればやるけどねぇ……でもほら、この『紅氷求火エリュテイア』もまあまあ便利といえば便利だし」

「答えになっていないな」


 濡れたワンピースドレスを脱ぎ捨てて『紅氷求火エリュテイア』で乾かしつつ、トリンキュロはその場でくるくると回りながらリブラを流し目で見た。


「魔法を模倣するってのは、そう簡単な話じゃあないんだよ。心を理解するのは、簡単なようで難しい。わかるかい、リブラ? 人間は一人一人、みんな違う生き物だからさ。アリアの『紅氷求火エリュテイア』はきっかけさえあれば喰えたけど『白花繚乱ミオ・ブランシュ』みたいな魔法はそうもいかないんだよ。ほら、結局ボクも、最後まで魔王様の『輝想天外テル・オール』は模倣できなかっただろう?」

「傲慢だな。その口ぶり、まるで魔王様の魔法と賢者の魔法が、同格だと言っているように聞こえるが」

「え? そうだよ」

「……なに?」

「あれぇ? 知らなかった? でも、魔王様が一番欲しがってた色魔法は、ずっと『白』だったじゃん? それが、そのまま答えだよ」


 軽く背伸びをしながら、小さな口もとが微笑んで歪む。


「シャナ・グランプレと『白花繚乱ミオ・ブランシュ』は、魔の頂きへ至る可能性を秘めている」


 言葉を止めた最上級悪魔に対して、トリンキュロ・リムリリィはその事実を事も無げに告げた。


「だってほら……黒の反対といえば、白だろう?」

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