もう一人の、勇者と賢者
うん。良い武器だ。いや、ほんとに良い武器だよこれ。
間合いもコントロールしやすいし、重さと取り回しのバランスが良い。手元から離して『
ただ一つ、問題があるとすれば……
「なあ、タウラス。なんでお前、それだけ喰らってまだ無傷なんだ?」
「無傷じゃないのである! どこ見てるであるか!? ご覧の通り、ボコボコに殴られてズタボロなのである!」
これだけの攻撃を叩き込み続けている最上級悪魔が、まだ余裕そうなことくらいか。
たしかに、タウラスは外見だけなら血を流し、身につけているエプロンもずたずたに引き裂かれている。打ち込むたびに苦悶の声をあげている以上、痛みもあるはずである。
しかし、それだけだ。
砕き割ったはずの骨が、折れている様子がない。
頭に通したはずの衝撃で、ふらつく様子がない。
ダメージの回復ではない。ダメージの無効でもない。
にも関わらず、涼しい表情で動き続ける魔法の異質さが、際立っていた。
「うーむ……しかし、吾輩の商品をそんな風に、完璧に使いこなすところを見せつけられると……腹を立てるより先に称賛したくなるのである」
「どうも」
いくら悪魔の体が人間とはいくらか異なるとはいえ、剣で刺せば死ぬ。血を流しすぎれば死ぬ。頭に鉄球を浴びせ続ければ、やはり死ぬ。それが普通だ。
しかし、こいつはどうやら普通ではないらしい。
おれは鉄球を蹴り上げて肩に担ぎながら、形だけは笑みを浮かべてみせた。
「でもこれだけ使いこなしてもお前を倒せないってことは……やっぱこの商品、武器としてなんか欠陥があるんじゃないか?」
「断固、否定するのである。それは、紛れもなく吾輩自慢の自信作。吾輩、商談、接客、契約に関しては嘘を吐かない故に、商品のせいにされるのは心外極まるのである。そのデビルクラッシュディアブロバスターを使っても、お前が吾輩に勝てない理由は、単純明快」
まるで、先ほどの意趣返しのように。
ぺっと。やはり血の混じった唾を吐き捨てて、タウラスは告げた。
「吾輩が、お前が思っていたよりも強く……そしてお前が、吾輩が思っていたよりも弱かった。ただ、それだけのこと」
「……じゃあ、仕方ない。お前が倒れるまで、こいつを叩き込み続けることにするよ」
「いや、もう時間切れなのである」
「なに……?」
「商売とはつまるところ、アプローチの模索である。一つの方法を繰り返して辿り着くのが、必ずしも正解とは限らず……異なる方法で最良の結果を得られるのなら、それがベスト。吾輩はお前に勝つことは難しいかもしれない……しかし、別の方法なら選ぶことができるのである」
タウラスがこれ見よがしに見せつけてきた遠見の水晶には、倒れている騎士ちゃんと、それにすがりつく赤髪ちゃん。そして、意識を失ったまま動かない賢者ちゃんが写っていた。
人質である。
見事に、時間を稼がれていたらしい。
「あらためて問おう。まだ続けるつもりであるか?」
やられた。
これはちょっと、無理だ。
抵抗なんて、できるわけがない。
おれは鉄球を放り投げて、鎖から手を離した。
「商品の返却、誠に感謝するのである」
「お前、何が目的だ?」
「いや、吾輩は特に目的とかないのである」
「は?」
ちょびひげの悪魔は、淡々と自慢のそれを撫でながら言葉を続ける。
「べつに大した話ではないのである。吾輩、魔王軍の中では、はみ出しものであったが故に。大それた目的の類いは、何も持っていないのである。強いて言えば……この辺境の土地で静かに暮らすことが望みであろうか」
「……じゃあ、おれたちをこの村に招き入れたのは」
「だから、べつに吾輩は招いていないのである。さっきも言った通り、お前たちを呼び寄せたのは、ふざけた行商人の差し金。そもそも、お前は考えが足りないのである」
あの恨みに満ちた、どろどろとした悪意を向けてきた、ジェミニ・ゼクスとは、まるで違う。
愛する人を助けたい、という純粋な想いに満ちた、サジとも違う。
本当におれに必要な情報だけを説明するかのような。タウラスの口調は、そんな客観的な語り口に満ちていた。
「この村の住人が仮面をしている理由も。隠れ住んでいる理由も。不自然なほどに、物づくりが盛んな理由も。すべて、少し頭を働かせて考えれば、わかるはずである」
たんたん、と。タウラスが軽く手を叩くのと同時に。
まるで最初から出てくるタイミングを見計らっていたかのように、武器を手にした村民たちが、おれを取り囲んだ。
これだけ暴れて、なんの悲鳴もあがらず、人が出てこないのは少しおかしいと思っていたが……なるほど。最初から、村全体がぐるであったのなら、辻褄が合う。
ここに来た時に、白い花畑を見た時から、感じていた違和感。
こんなにも多くの造花を、ふんだんに使うことができる理由。武器や物品が、不自然に大量生産されている理由。
それらがもしも、ある魔法の力によって、大量に増やされているのだとしたら?
村民たちが、一斉に仮面を外す。
不自然に顔の上半分を覆い隠すその仮面にも、最初から答えがあった。
「……とんでもないところに、来ちまったなぁ」
人間とは違う、その尖った特徴的な耳を見渡して、おれは思わず呟いた。
そう。最初から人間なんて、一人もいなかった。
ここは、エルフの村だ。
いや……一人も人間がいない、というのは、正確ではないか。
「こんにちは」
声が聞こえた。
エルフの村人たちが、道を開けるように左右に分かれて、膝を折る。
作られた道を、白いローブを羽織った女の子が、ゆったりと歩いて来る。
とてもきれいな子だった。
口元に指を添えて、わざとらしく小首を傾げる様すら、可愛らしく見えて。
「お兄ちゃん、誰?」
息を呑む。全身が、硬直する。
服装が違う。髪型が違う。口調が違う。
けれども、同じだと、確信する。
それは、あの日、あの森で……おれが一番最初に出会ったあの子の言葉だ。
お兄ちゃん、なんて。もう賢者ちゃんには、呼ばれることすらない。
「……なんてね。うん、ひさしぶりに会うと、いじわるを言いたくなっちゃって、よくないね。」
「……聞かなくても、わかるだろ」
「うん、そうだね。もう昔とは違う。今のお兄ちゃんは、世界を救った勇者様だもんね」
懐かしむように、昔と変わらない翡翠色の瞳が細まる。
「何年ぶりになるのかな?」
「……さあ?」
「私のこと、覚えてる?」
「忘れるわけがない」
くすくすくす、と。喉の奥で鈴を転がすような高い笑い声が鳴った。
そういう笑い方をする子だとは知らなかった。
責めているわけではない。好きとか嫌いとか、そういう話でもない。
ただ、そういう笑い方をするようになったこの子を、おれは知らなかった。
「……村長はきみが?」
「ううん? 違うよ。お兄ちゃんも、もう気づいてるんでしょう?」
もう一人。
全身を純白の鎧に固めた男が、賢者ちゃんを抱きかかえて歩いて来る。
「そちらのパーティーは、もう制圧した。抵抗しないで、大人しくついてきてもらえると助かるよ。勇者さま」
自分とまったく同じ顔の男に、同じ響きの声音で『勇者さま』と呼ばれるのは、はじめての経験だった。
「……やあ、どうも。ひさしぶり」
「ああ。元気そうで何よりだよ」
髪の長さも、体つきも、肌の色も、微妙に異なる。
ただ、それがおれであることは、顔を見ればすぐにわかった。
なので、おれは、おれと同じ顔をしたそいつに、聞いてみた。
「なあ、お前……まだおれと同じパンツ履いてんの?」
本当に、すごく下らない質問だった。けれど何故か、おれの顔したそいつは、少し嬉しそうに口元を釣り上げた。
「そんなわけないだろ。もうとっくの昔に捨てたわあんなもん」
あまりにも馬鹿馬鹿しい質問ではあったけれど、それが明確な答えだ。
コイツは、おれであっておれじゃない。
「オレはお前だが、勇者じゃない」
「私はあの子。でも賢者じゃない」
二人はおれを見詰めて、はっきりと告げた。
「……ああ。知ってるよ」
思わず、自嘲めいた笑いを漏らしそうになる。
世界を救い終わってから、一年と少し。
でも、世界を救い終わってから一年と少しも経ったそのあとで。
「わかるだろ? 覚えてるだろ? 世界を救った勇者さま」
「私たちは、まだ未完成だった賢者の魔法で増やされて、生き抜いてきた……あなたたちのコピーだよ」
あの日、救えなかった過去が、おれに追いついてきたのだ。
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