黒輝の勇者VS第五の雄牛

 武器屋の店主が最上級悪魔だった、という思わぬオチで買い物が終わってしまったので、店の外に出る。


「うーん。良い武器だな、これ」


 タウラス・フェンフに押し売りされたデストロイクラッシャーオブ・ディアブロを振り回しながら、おれは思わず唸った。

 完全な不意打ちだったとはいえ、最上級悪魔の顔面に叩きつけて簡単に吹き飛ばすこのパワーは、なかなかに魅力的だ。

 ぴんと張ったチェーンを引き戻し、軽く回した鉄球の運動エネルギーをいなして、足元で蹴り上げる。うん、悪くない。野蛮な見かけ以上に取り回しもしやすく、間合いも威力も申し分ないと言えよう。


「あいたたた……まさか、売り物の一撃をこの身で体感することになろうとは。吾輩、大誤算なのである」


 訂正。威力に関しては、一考の余地がありそうだ。

 頭を抱えながら起き上がってきたちょび髭の武器屋店主を油断なく見据えつつ、おれはお買い上げの商品を構え直した。


「おいおい。これ、不良品じゃないか? あんまり効いてるように見えないんだけど」

「失礼なお客様である。吾輩の顔面にいきなり商品を叩きつけ、吹き飛ばした挙げ句、まさか威力不足のクレームを出してくるとは……いくらお客様は神様とはいえ、限度があるのである」

「そりゃ失敬。こちとら、神様じゃなくて勇者なもんでね」


 生憎、神様はもう聖職者さんで間に合ってるんだよなぁ。

 おれの返答を聞いたタウラスは「ふむ」と呟いて、わざとらしく顎をさすった。


「先ほども伝えた通り、吾輩たちは一度商談と浪漫を通じ合わせた仲である」

「なんか余計なもんが追加されてる気がするな」

「大人しく代金を支払ってお品物をお買い上げいただけるのなら、たとえ世界を救った宿敵の勇者でもただのお客様。このままお帰りいただくことも、やぶさかではないのであるが……」

「戦わずに済ませたい、と?」


 タウラスの提案を聞いて、おれの頭の中に思い浮かんだのは……ギャンブル好きのバカな最上級悪魔の横顔だった。

 赤髪ちゃんを利用したジェミニや、昔とまったく変わっていなかったどこぞの四天王第一位とわかり合う気はさらさらないし、今さらわかり合えるとも思わないが……サジと秘書子さんの関係を見て、もしかしたら最上級悪魔とも戦わずに済む道があるのではないか、と。そう考えてしまう自分がいないと言えば、嘘になる。


「……そうだな。おれたち全員、無事にこの村から帰してくれるのなら、おれもべつにお前と無理に戦う必要はないと思うよ」

「うーむ。全員、であるか。それはちょっと難しいのである」

「へえ。なんで難しいんだ?」

「お前たちをこの村に誘い込んだのは、あの行商人の策なのである。吾輩にとっては迷惑極まりない話ではあるが、あの男がシャナ・グランプレと魔王様の器を無事に帰すとは思えないのである」

「ほう。随分素直に話してくれるんだな」

「うむ。吾輩、お客様には常に真摯でありたい故」

「なるほど。お前、良い店長だよ、タウラス。商売人として、好感が持てる」

「勇者殿にお褒めいただけるとは、恐縮である」

「褒めたところで、申し訳ないんだが……」


 もうちょっと違う場所で違う出会いをしたかったなぁ、などと。叶わぬ願いをぼんやりと抱きながら。

 おれはクラッシュディアブロデストロイヤーを、躊躇なくタウラスに向けて叩きつけた。


「不良品に金を払う気はない……ってのが、おれの回答になるな」


 ぎしり、と。

 存分に破壊力と遠心力が載った鉄球を両腕で受け止めて、ちょび髭の最上級悪魔は心底残念そうな溜息を吐く。


「なるほど。悪質なクレーマーというわけであるか。それなら、仕方ないのである」


 みしり、と。

 明らかに隆起した腕の筋肉が、濃厚な魔の圧力を宿す。


「お客様でないのなら、お帰りいただくまでのこと……!」


 鉄球を弾き返した最上級悪魔は、その太い腕から重い掌底を地面に向けて繰り出した。


「唸れぃ! 『牛体投地ブルアドラティオー』ッ!!」


 一撃。

 ただの一撃で、衝撃がおれの足元まで伝播し、地面が崩壊した。

 跳躍して回避しつつ、鎖を引いて、鉄球を手元に戻す。

 今のがヤツの魔法だろうか? まだ種も仕掛けもわからないが、清々しいほどのパワータイプに思える。

 あのクソロリ四天王の『我武修羅アルマアスラ』のように、自己強化を類いの魔法か、あるいは……。


「まあ、殴って確かめてみるか」


 近接格闘がお望みなら、相手をしょう。

 鉄球を直上へ、高く高く放り投げ、両の手を空けて構える。

 タウラスは、迷わなかった。小細工なしの、真正面。

 突進してきたタウラスの拳と、おれの拳が衝突する。


「っ……マジか」


 純粋な驚きだった。

 ぶつけた拳が、重い。明らかに、こちらが力負けしている。


「ふむ。パワーで負けるのは、ひさびさであるか?」


 まるで大木にそのまま横殴りにされるかのような、右の殴打。それを左腕で受け流し、反射的に打撃を叩き込む。こちらは当然、師匠直伝の拳だ。もちろん、手応えはある。が、やはり効きが悪い。


「タフだな、おい」

「頑丈な身体は、商売の資本である」


 軽口を叩きながら、互いに一歩も退かず。

 殴って、殴って、殴り続ける。

 おれの殴打を、もはや正面から喰らうことを前提にしながら、タウラスは止まらない。

 愚直に振るわれた拳を、ついにおれは顔面で浴びてしまった。


「かはっ……」

「吾輩、クリーンヒット」


 思わず、身体が揺らぐ。

 頭の中が、痺れるようだ。これは、さすがに痛い。あと数発もらったら、先にダウンするのはこちらだろう。

 まあ、しかし……ここは一発、甘んじてもらっておこう。

 背中から地面に倒れ込むようにして、脱力しながら、


「……ル。ジェミニ・ゼクス」


 おれは、血の混じった唾と共に、魔法の言葉を吐き出した。


「『哀矜懲双へメロザルド』」

「っ!?」


 視線の先には、おれが先ほど直上に放り投げた、自由落下する鉄球。

 おれの体と、鉄球が入れ替わる。

 取った真上の位置取りをそのまま活かして、まずは肘をタウラスの首筋に打ち込んだ。

 ぐらついた腹に二発。追加の打撃をお見舞いして、体重を載せた全力の蹴りを、腹に入れる。

 ようやく、巨体が揺れた。

 踏み留まろうとしたその脚に、鉄球から伸びる鎖を掴んで引き上げ、絡め取る。

 さすがに予想外だったのか、悪魔の目の色に驚愕が浮かぶ。

 手は緩めない。

 体勢を崩して、マウントを取った。右腕で鎖を引き絞りながら、左腕一本で、ちょび髭が目立つ顔面に殴打を浴びせ続ける。


「ぐっ……よくも吾輩のイケメンフェイスをっ! バコスコと!」


 みしり、と。締め上げた鎖が軋んで、いやな音が鳴る。

 拘束する鎖の方が保たないとは、やはり不良品か。


「『哀矜懲双へメロザルド』」

「んんっ!?」


 残念ながらクーリングオフしている暇はないので、最後の打撃で触れるのと合わせて、タウラスの巨体を視線の先の岩塊と入れ替える。

 これまで、いくつか戦闘を重ねてきてわかったことだが『哀矜懲双へメロザルド』による空間転移は、自分の位置取りを入れ替えて印象付けたあとに、相手を転移させてと、より効果的に作用する。

 棒立ちになって虚を突かれたタウラスの顔面に、再び鉄球を全力投球。跳ね返った勢いをそのまま殺さず、繰り返し繰り返し、浴びせ掛け続ける。


「ぐぅ……何度も舐めた真似を! 商品それの軌道は、もう見切ったのである!」

「おお、そうかい」


 巨体に似合わず、器用にもタウラスは首だけを曲げてこちらの鉄球の投擲を避けたので、


「『哀矜懲双へメロザルド』」


 今度は、避けられた鉄球とおれの位置を、入れ替える。

 信じられないものを見るような目で、こちらを見下ろすタウラスの顎を下から突き上げて、抉り砕く一発。脇腹から内蔵を押し潰すように二発。腹の真正面を打ち抜いて、三発目。


「ぐっ……ぬおおおおお!」


 さすがに、反撃の拳が襲ってくる。

 上体を低くして、避けるのと同時。

 おれと位置を入れ替えた鉄球が、投擲した勢いをそのままに、遅れてタウラスの顔面に直撃した。


「ふごっ……!?」

「良い武器だよ。ほんとに」


 空中で揺れる鎖の尾を掴み、魔力を込める。

 迅風系の魔術が仕込まれている、という商品説明の通り、噴出した圧縮空気によって、鉄球は加速。直撃したそれは、武器屋店主兼最上級悪魔の巨体を、吹き飛ばして岸壁に叩きつけた。


「ぐぉおおおおおおおおあああ!?」


 ついでに、今までで最もいい感じの悲鳴が上がる。

 再び手元に引き戻した鉄球を足で地面に押し留めて、おれは一息を吐いた。


「これが、おれのブレイブディアブロバスターの力だ」

「……ま、また名前を勝手に変えてるのである……」

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