勇者の買い物
「うーん。悩むなぁ」
剣を一本ずつ。両手に持ちながら、おれは唸った。
「どう思います? 行商人さん」
「へえ。どちらもお似合いだと思いやすよ」
「いやあ、褒めてもらうのはうれしいんですけど、やっぱ武器は実用性を第一に考えたいんですよね。見た目が好みだとテンションは上がるけど、使いやすさが一番大事っていうか」
「ははあ……ベテラン冒険者の拘りってやつですなあ」
「いや、まあそんな大した話でもないんですけどね」
薄暗い店内の中で、おれは引き続きその刀身を吟味する。
「どうですかい? この店の品物の質は、なかなかのもんでしょう?」
「いや、本当に。正直に言うと、期待以上でした」
どうせ急場凌ぎの装備だし、値段の張るものを選ぶと行商人さんに悪いし、なによりあんまり高いのに手を出すとあとから賢者ちゃんに怒られそうだったので、さっさと適当な剣でも一本選んでみんなと合流しようと思っていたのだが……行商人さんが連れてきてくれた店は、かなり品揃えがよかった。
こういうお店こそ、正しく穴場と呼ぶべきだろう。そう、地下だけに。
「質も良いですし、なにより数が揃ってるのがすごいですよね」
引き抜いた剣の刀身を、ランプの光に当ててみる。これでも長い間冒険してきたので、武器の目利きに関してはそれなりの自信があるつもりだ。この片手剣はかなり手頃な値段だが、田舎の武器屋であれば一番の目玉商品として店の奥に飾られていてもおかしくはないレベルである。
そんな品物が、何振りも。まるで量産品のように並べて立てかけられているのだから、こちらの感覚が狂いそうになるのも無理はない。というよりも、こうして実際に数が作られて売られているのだから、この村にとってはこの品質が最低基準の量産品なのだろうか?
さらに付け加えるなら、品物の状態もかなり良かった。せっかくの名剣も、錆びてしまえばただの鈍ら。適切な状態で維持されていなければ、その価値を大きく下げてしまう。その点、この店の刀剣はすべて顔が映り込むほどにピカピカと光り輝いていて、美しかった。本当に手入れがよく行き届いている。
「来てよかったです」
「ふふっ。そうでしょうそうでしょう。ここは俺みたいな常連の紹介がねえと来れない店なんでさぁ!」
行商人さんは得意気に胸を張る。それはますます、感謝しなければなるまい。
「ちょっと隣の店にも顔出してきて構いませんかね? 野暮用がありまして」
「はい。もちろん。こっちも腰据えて選びたいんで」
「そりゃよかった。じゃあ旦那、じっくり見ててくだせえ」
行商人さんがいなくなって、店内にはおれ一人になった。穴場の店みたいだし、他に客はいない。
「お客様、剣をお探しであるか?」
「あ、はい」
なので、一人になった客に店員がセールストークを仕掛けてくるのは、当然と言えた。
「そのあたりは特価品になるので、長く使うならこちらのコーナーのものをオススメするのであーる。刃渡りが控えめな片手剣はどうしてもこじんまりとした汎用的な造りになってしまうもの。もちろん当店の品はすべて良いモノばかりではあるが、吾輩としては、やはり職人の拘りが込められた刀剣を手に取っていただきたいのである」
「そうであるか」
「そうなのであーる。ん?」
「あ、すいません。なんでもないです」
なんだか、物凄く濃い店員さんがいた。口調にくせがありすぎて、思わず移ってしまったくらいだ。
しかも、見た目の体格はおれより二回りも大きい。顔のちょびひげが辛うじて親しみを感じるポイントではあるものの、正直ちょっと身構えてしまう厳つい面構えの店員さんである。
「吾輩、この店の店長を勤めているものである」
違ったわ。店員さんじゃなくて店長さんだったわ。
「これはご丁寧に。どうもどうも」
「いえいえこちらこそ。あの行商人が新しいお客様を連れてくるのはめずらしいのである」
「あ、そうなんですね」
「そうなのである。基本的にこんな排他的な雰囲気の村であろう? 商売に困っているわけではないのであるが……新しい顧客との出会いに恵まれない、というのはなんともさびしいものなのである」
口調こそ濃かったが、親しみが感じられる話し方だった。そういえば、この店長さんは仮面をしていない。厳つい素顔とちょっとかわいらしいちょびひげを晒している。
「店長さんは仮面は被らないんですか?」
「うむ。吾輩には必要ないものである故。なにより、顔を隠して接客をするのは、吾輩の主義に反するのである」
「そ、それはまぁ……」
大丈夫かこの人。この村の風習、全否定してる気がするんだけど。周りの人たちと上手くやっていけてるのか、心配になってきた。
「なにより、仮面を被っていては、商売で最も大切なものをお客様に届けられないのである」
「最も大切なもの?」
「スマイル、である」
にかっと。歯を見せて笑うちょびひげおじさんの笑顔は、それはもう眩しかった。眩しすぎて、多分子どもとかが見たら号泣するに違いない。まじで顔が怖い。
しかし、村の風習に逆らってまで己の接客スタイルを貫こうとするその姿勢。率直に言って、かなり好ましい。好きだ、と断言してもいい。
「じゃあ、おれもこの店の中では仮面を外させていただきますかね」
「むむっ! これは誠に恐縮なのである。吾輩の主義にお客様を付き合わせてしまってうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!?」
おれが仮面を外したその瞬間、店長さんは凄まじい勢いで後ずさった。息は荒く、自慢のちょびひげも心の乱れを示すように揺れている。
なに? おれの顔に何かついてた?
それとも、おれの素顔がイケメン過ぎたのだろうか?
「ゆ、勇者……ではなく、勇者さまぁ!? 勇者さまがなぜこんなところに!?」
「あ、はい。勇者です」
違ったわ。単純に顔バレしただけだったわ。
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