牛の名は。
とんでもない辺境の土地、おまけに外界から隔絶された閉鎖的な村ということで油断していたが、腐ってもおれは魔王を倒して世界を救った勇者である。顔を知っている人がいてもおかしくない。
「あー、びっくりした。イケメンすぎて、びっくりしたのである」
なんだよ。照れるじゃねえか。
「それにしても、なぜ勇者さまがこんなところに?」
「いやまぁ、なんとうか。いろいろお忍びで」
「なるほど! なにやら訳ありであるな!?」
「ええ。そんなところです。店長さんこそ、よくおれの顔、ご存知でしたね」
「それはもう! 吾輩、王都にいた頃からずっと勇者さまのお顔は存じ上げている故!」
ふっ、照れるな。まあ、おれの銅像は王都にたくさん立っているので、親しみを感じてくれるのもわかる。
「あれ? ていうか、店長さん、王国の首都の方からこっちに?」
「そうなのである。元々は吾輩、都で店をかまえていたのである」
それはまた、なんというか。
この土地と王国の首都がどれほど離れているかは言うまでもない。まるで追放されてしまったかのような身の上である。
「簡潔に言ってしまえば、商売に負けて追い落とされたのである」
違ったわ。本当に追放されてたわ。
「それはなんというか、災難でしたね」
「お気遣い痛み入るのである。しかし、今はこの土地で小さいながらも新しい店を構えることができて、満足しているのである」
ちょびひげを撫でながら、店長さんは朗らかに笑った。
くそ。笑顔はこわいけど、こんなに良い店長さんを追い落とすなんて許せない。一体どんな悪魔みたいな商売敵が……?
「とにかく吾輩の身の上話なんてどうでもいいのである。それよりも、勇者さま。どのようなお品物をお探しであるか? 吾輩でよろしければ、ぜひ品物選びをお手伝いさせていただきたく」
「あ、はい。そこそこの値段で長持ちしそうな片手剣を探しているんですけど」
「左様であるか。しかし、お値段的にはどの程度を目安に?」
「いやぁ。お恥ずかしい話なんですけど、おれ、あんまり持ち合わせがなくて。とりあえず行商人さんが建て替えてくださることになってるので、あんまり高いのはちょっと」
「むむ。勇者さまが懐具合をお気になさるとは。やはりなにやら訳ありのご様子。であればたしかに、あまり値の張るものはお薦めしにくいところ」
「いや、すいません」
買い物の前にふところの寂しさを自己申告するほど、情けない話もない。しかし、おれが頭を下げると、店長さんはその大きな体を小さく折り曲げて、おれよりも低く頭を下げた。
「どうか頭を上げていただきたく。吾輩、腐っても商売人である故。お客さまに頭を下げさせるわけにはいかないのである。なにより、高いものを売りつけるのではなく、お客さまの欲する商品を、適切な価格でご紹介するのが、吾輩に課せられた使命!」
「て、店長さん!」
なんて義理堅い、商売人の鏡なのだろう。おれは胸だけでなく、目頭まで熱くなってきたのを自覚した。
「そんなわけで吾輩のオススメはこちらの大剣になるのである。切れ味は良好。重さもそれなり。握りの造りが特に拘っていて、筋力に自信があるなら片手でも問題なく振るえるイチオシである」
「でも、お高いんでしょう?」
「それがなんとこちらの大剣。先ほど勇者さまがお手に取られていた片手剣と比べても、このお値段!」
「えっ安い」
正直片手剣と比べれば値段そのものは張るものの、そこまで大きな金額の差ではない。
「どうぞお手にとって確かめてほしいのである」
「あー良い。このグリップは良い。たしかに手に馴染む」
「どうぞ振ってほしいのである」
「あー良い。これくらい重量ある方が振ったとき気持ちいいんですよね」
「どうぞ試し切りしてほしいのである」
「あーすごく良い。やっぱこの骨ごと叩き割れる感じが、大剣の魅力ですよね」
差し出されたマネキンを一刀で切り捨てて、おれはかなり満足して息を吐いた。店長さんもオススメの大剣を握りしめるおれの姿を見て、うんうんと頷いている。
「よかったのである。勇者さまにならそう言っていただけると吾輩、信じていたのである!」
「良い! 良いんだけど」
「むむ。まだ何か問題が?」
「いやね、うちのパーティー、もう大剣使いの前衛いるんですよ。しかも二刀流」
「あー、なるほど。たしかに武器が被るのは、由々しき事態であるな」
「そうなんですよ。あと、これから結構歩くことを考慮すると、やっぱ大剣は重いし、ちょっとかさばるっていうか。もちろん店長さんのオススメですし、性能的には申し分なくて非常に気に入ったんですけど」
「いや、勇者さま。長く付き合う商品でまず最初に考えなければならないのは、使用環境である。そちらの大剣、たしかに吾輩イチオシの品ではあるものの、勇者さまのご事情を加味すればたしかに不適当。こちらは下げさせていただくのである」
「すいません」
「気にしないでほしいのである」
あの大剣は間違いなく良いものだったので、なんとも申し訳ない。
しかし、そうなるとやはり残された選択肢は、最初に立ち戻ってあの片手剣のどちらになるだろうか。
「勇者さま。そういうことなら。吾輩には次の用意があるのである」
「え、ほんとですか?」
「良い商売人は嘘を吐かないものである。次はこちら!」
店の奥から押されて出てきたのは大型のケース。勢いよく布のカバーが剥がされ、中身が顕になる。そこに収められていたのは、見たこともないような巨大で無骨な武器だった。
それは鎖が付いた鉄球であり、鉄球の先には鋭利なスパイクは備えられており、つまり……これは、なんだ?
「え、この武器は……なんです?」
「これは鎖付き打突投擲鉄球。俗に言ってしまえばモーニングスターフレイルと呼ばれる代物である」
「鎖付き打突投擲鉄球」
すごい。俗に言われてもまったくピンとこない。
いや、殴打用の武器であるモーニングスターはわかるし、鉄球に鎖をつけてぶん殴る構造であることはなんとなく理解はできるのだが、その非常識な巨大さと厳つさがいまいち現実感がないというか、脳が理解を拒むというか、見た目のインパクトがすごすぎて解説が頭に入ってこない。
「この鎖付き打突投擲鉄球、通称モーニングスターフレイルを、開発者である吾輩は『ディアブロデストロイヤースマッシャー』と名付けたのである。勇者さまにもぜひ手に取って、その破壊力を体験していただきたく!」
「すいません。何が何の何です?」
「鎖付き打突投擲鉄球がモーニングスターフレイルでディアブロデストロイヤースマッシャーなのである」
「なるほどわかりました」
なんかもう話していても埒が明かない感じなので、鎖付きモーニングデストロイヤーを、おれは手に取った。馬鹿みたいな重さかと思ったが、鉄球部分はぎりぎり片手で保持できないこともない。
「で、この投擲モーニングスマッシャーはどう使うんです?」
「その『フレイルデストロイヤースマッシャー・ディアブロ』は、間合いを保ちつつ、鎧の上からでも相手を叩き潰すことが可能な優れた武器なのである」
「名前変わってません?」
「また、鉄球部分には魔術の心得がある職人によって仕込まれた『ウィングウィンドなんちゃら』を採用しているのである」
「名前忘れてません?」
「これは使用者の魔力を吸い上げ、迅風系の魔術に変換。投擲と同時に推進装置として圧縮空気を噴出することで、速力と破壊力を得る、実に画期的なシステムなのである。ちょっとあちらに用意したターゲットに向けて投げてみてほしいのである」
「わかりました」
まあ、正直眉唾ものだが、試すだけならただである。鉄球フレイルデストロイヤーを振り回し、店長さんが用意してくれた鎧を着込んだマネキンのターゲットに向けて、投擲する。
次の瞬間、体全体が引っ張られるんじゃないかという感覚を伴って、鉄球がターゲットを粉々に破砕した。
「うお!?」
「ふふん。如何であるか?」
「すげえええ!」
おれは思わず、年甲斐もなく叫んだ。
後ろで腕を組み、店長さんはご満悦の様子である。
それにしても馬鹿げた武器である。たしかに破壊力は素晴らしいが、重いし持ち運びにくいし、多分取り回しも悪い。搭載されたギミックは革新的だが、全体的にバランスも悪く、武器として優れているとは思えない。まったくもってナンセンスだ。
おすすめしてくれた店長さんには悪いが、こんな武器は……
「これください」
「お買い上げありがとうございますなのである!」
うん。でも気に入ったから買おう。
ロマンしかないような武器だけど、しかし逆に言えばロマンだけはある。いや、一回こういうパワータイプの武器持ってみたかったんだよね。なんだかんだおれ、魔剣持つまでは剣が壊れまくっちゃって、拳とその辺のものを武器にする……みたいな勇者にあるまじき戦闘スタイルだったし。
破壊しか考えていません、みたいな野蛮なフォルムとコンセプトに、正直おれの心も一撃で打ち砕かれてしまった。
「いいですね。ディアブロデストロイヤースマッシャー」
「うれしいのである。勇者さまならディアブロデストロイヤースマッシャーの良さをわかってくれると信じていたのである」
ではこちらに購入のサインを、と。差し出されたペンを右手で受け取ったが、おれは例の呪いのせいで自分の名前も書けない。
「すいません。名義は行商人さんにしてもらっても?」
「もちろん構わないのである。じゃあ、とりあえず吾輩の名刺だけでも」
「ああ。これはすいません。返すものがないんですけど」
受け取った名刺を見る。
そこには簡素なデザインの文字で『店長・タウラス・フェンフ』と記されていた。
「タウラスさんですね」
「うむ。吾輩、タウラスである」
「そうですかそうですか」
おれは、名刺を凝視する。
おおよそ、一年ぶりだ。紙に書かれた文字を読むことができたのは。
現在のおれは、人の名前を呼ぶことも読むこともできない。が、この厄介極まる呪いには、たった一つだけ例外があることを、おれは以前の事件で知っている。金をせびられたサジの一件でも痛感している。
「タウラス。お前、悪魔だろ」
人間ではない、その人外の種族の名前だけは、おれは認識することができるのだ。
気まずい沈黙だった。
おれは、購入予定だった商品を手に取った。
ちょびひげの最上級悪魔は、意を決したように顔を上げて、言った。
「吾輩たちは、商談が成立した仲である」
「うん」
「通じるものがあったはずである」
「うん」
「見逃してほしいのである」
「ダメに決まってるだろ」
「ぐぁああああああああああああああああああああ!?」
おれが渾身の力で投擲したディアブロデビルデストロイヤーデビルスマッシャーが、間抜けな悪魔の顔面に突き刺さった。
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